由紀子をもふもふしたくば。前編
「由紀子ぉぉおおおっ!!!」
土魔将ノームの妻、ガイアは、八頭身美女である。鳥取名物、ひと玉7000円の大栄西瓜みたいなでっかい胸が、ユキコさんの頭の上でたゆんたゆんしている、そんな美女である。分かるか、男子諸君。たゆんたゆんだ。たゆんたゆんする胸など、そんじょそこらに転がっているわけではない。崇めろ。崇め敬え。祭り、称え、後世に伝えるのだ。土魔将・猛将ノームの妻は、たゆんたゆんのムネを持つ八頭身美女であった、と。どうか、忘れないでくれ。たゆんたゆんの胸を。彼女がたゆんたゆんであることを。そして、覚えておいてくれ。そんなたゆんたゆんの胸を、あの髭じじい、イケメンオヤジのノームが独占しているという事実を。
さて、そのたゆんたゆんの胸、もとい、視点を顔に移そう。
ーー激怒である。
「好き嫌いは良くないって、いつも言っているでしょうッ!! どうして肉を残すの、肉を!! そんなことじゃ、立派な魔族になれませんよ!!」
なれなくていい。故郷の鳥取砂丘が懐かしい。親友の顔を、声を。両親や他の友人たちのことが一瞬脳裏をよぎり、ふっと微笑みーー
気付けば、こめかみをぐりぐりされていた。
「いだぁっ!? いだ、いだいでず。ごめんなざい、ガイアさん。次は食べます、次はきっと残さず食べますからぁっ!?」
「そんなこと言って! この間も残したでしょう! 魔王様が直々に下さった新鮮なお肉なのよ! 食べないなんて罰が当たります」
「だ、だってぞのぼにぐ」
涙目で、ユキコは弁解する。
「新鮮な人間の肉よ。どうして食べないの。体にも良いって、いつも言っているじゃない」
だからである。
だから食べないのである。
土魔将ノームとガイアの娘、ユキコはーー人間であった。
◆
「はーぅうう。ガイアさんは優しいけど、起こると怖いのです・・・」
ボヤきながら由紀子は、ノーム砦の中を散策する。
ーーいい、天気である。
澄み切った空と、つかめそうな白い雲。頬を拭き過ぎる風は心地よく、自然、足取りも軽くなる。
「--う?」
その途中。大人の背ほどの高さのある壁に上り、向こう側を凝視している少年たちに出会った。
「何を、しているのです?」
「うっ、わ!?」
落ちた。
浅黒い肌と尖った耳。きらめく金属みたいな銀色の髪をした少年は、壁から落ちた。
連れである、コボルドーー犬が二足歩行している姿を想像していただければいいーーの少年が、壁の上から見ている。
「大丈夫? ギンカ」
「大丈夫じゃねえっ!? こら、てめえ、よくも驚かしてくれたな!」
「は、はひっ!! ごめんなさいなのです!!」
頭をぴょこんと下げて謝罪する由紀子に、少年は、友人と顔を見合わせーー拭き出す。
「--っははは! 魔族なら普通、もっと堂々としてるモンだろ。そんなんだから、ニンフは見下されるんだよ!」
「に、妊婦・・・??」
妊婦を見下すとは、けしからん文化だ。人間の風上にも置けない。由紀子は憤慨した。
「妊婦さんは大切にしないといけません! おがぁちゃんも言っていました! 列車で会ったら、席をゆずってあげなければなりません!」
「レッシャ・・・? ニンプ?」
「・・・このひと、何か勘違いしているみたいだね」
小さな丸メガネをかけたコボルドは、メガネの鼻の位置を直しつつ、つぶやいた。
◆
彼らが見ていたのは、魔王軍は第一軍団、水魔将ウンディーネの軍の、軍事訓練であった。
「きょうはやらねーのかな、アレ」
「いつもじゃないみたい。魔王様が見ているときだけなのかな・・・?」
「アレ、とは何なのです?」
壁の上に3人で首をそろえて、平らに地面を均した訓練場を覗く。
ギンカと呼ばれていたダークエルフの少年が小馬鹿にしたふうに言う。
「キューギだかいう訓練だよ」
「最近、新しく導入されたんだ」
コボルドが付け加える。
「はあ・・・」
アレですか。内心でげんなりしつつ、頷く由紀子。
アレはーー危険です。
◆
「おらおらぁっ! そんなんじゃボクは止められないぞッ」
『ぼおる』を『どりぶる』しつつ、由紀子とコボルドーーシロという名前だーーの間を駆け抜けてゆくダークエルフの少年。
「・・・で、ここで敵の首を取って」
ニヤリと笑う、少年二人。
「「しゅーとっ!!」」
(あぁぁああ)
頭を抑える由紀子。めまいがした。ダメだ、この子たち。将来が心配なのです。