首無し騎士とゾンビが籠球に興じる話。
黒騎士の手の中で『ぼおる』が踊る。くるくると、回る。
ぼおるの素材は、丸い石に羊毛糸を巻きつけたものだ。
地面に落とすと、『どすん』と鳴く。
「命の惜しくない者はかかってこいっ!! 誰か、勇気ある者はいないのか!? キサマら、それでも魔族かっ!!」
黒騎士の乗った、二頭の首なし馬の引く『戦車』(大八車をイメージして頂ければ。)が、『ばすけっとこーと』を駆ける。
ゾンビマスター配下の、揃いの水兵服をまとった、背の高さも太り具合も、性別も種族も様々のゾンビたちが、蹴散らされていく。
さながら戦場である。ーー否、ここは戦場なのだ。
これが魔族たちの行う大規模戦闘訓練、『キュウギ』ーー。
血袋(人間の捕虜)たちは戦慄した。怖い。怖過ぎる。
そのまま敵陣に乗り込む黒騎士。
小柄な少女が笛を吹いて叫ぶ。
「ぢゅらはんさん! とらべりんぐ! とらべりんぐですッ!! ぼおるを抱えて三歩以上あるいてはいけないのです!」
「ワシはさきほどから微動だにしておらぬ! 疾駆しておるのはワシの可愛い馬どもじゃ!」
「……な、なら、仕方ないですね。そして、敵陣に駆け込んだら、籠に向かってぼおるを投げてください」
「承知! ぬぅああぁぁあ!!!」
黒騎士の投げた剛球は、頭上に籠を掲げ持った血袋の老人を粉砕した。頭部が砕け、羊毛が真っ赤に染まった。
「ぬあ? 審判! これはどう見る!?」
「れっどかーどです! ぢゅらはんさんは退場してください!」
小柄な少女に言われ、肩を落としてすごすごと退場する、彼女の倍ほども背丈のある鎧騎士。
◆
「『魔王様激ラブ!』は難しいのぅ。力加減が重要じゃ」
「左様、左様。籠を持つ血袋を粉砕してしまっては むとくてんですからな」
「うむ。まこと、人間どもは珍妙な訓練を行っておる」
ぼやく黒騎士こと、首なし騎士のデュラハン。
さて、次の試合である。
「せいやぁっ!!」
ゾンビマスターの繰り出す豪速の蹴りを、黒騎士はすんでのところでかわす。そしてーー
「パスじゃっ! 受け取れ、ちっこいの!」
「わかったの!」
競技に参加しているエルフの亜種、『子供たち』のひとりが、黒騎士の投げたモノを受け取る。
……ずしりと思いソレを手にし。
彼は、イヤな予感に自らの手にしたモノを見つめた。
見て、しまった。
ニヤリと笑う、兜をつけたヒゲ男の首。
「ぎょええええ、なの! こんなもの受け取れないのッ!!」
投げる。
放物線を描いて飛ぶ、ソレ。
血袋が掲げ持つ籠に、すっぽりと収まる、ソレ。
「ゴォオオオオオル!!!」
誰かが、叫んだ。叫びはうねりとなって、『ばすけっとこーと』を広がってゆく。
「……は、入っちゃったの」
呆然と呟く、『子供』。
「よくやった! ちっこいの! 今夜は宴会じゃあああっ!!」
「く、首はアリなの、なの?」
「ぢゅらはんさんチーム、一点です。ぞんびますたーさんたちも、頑張ってください!」
ユキコの声援に、少しだけ頬をーーあ、蛆ついてるーー緩めるゾンビマスター。彼女は皆のアイドルである。
首はアリだ。審判のその判断に、円陣を組んで相談する、ゾンビ衆。おそろいの、紺と白の水兵服が目にすがすがしい。
「よぉおおおしッ! デュラハンどもに勝つぞ! お前ら!」
「おおぉおおおおおッ!!!」
気勢を上げるゾンビ勢。
◆
ーーここは、戦場である。
首なし馬の二頭立て戦車で疾駆し、人間どもの首を刈り取りーー
「シュートっ!!」
首を取られた(文字通り)ゾンビが、首から下のボディを使って不満を表明する中、デュラハンは刈り取ったゾンビ首を複数、いちどきに籠に投げ入れた。
「ゴォオオオオオル!!! デュラハン様、豪快なダンク・シュートです! ゾンビマスターチーム、これは追いつけないっ!?」
これほど首なし騎士向きのすぽーつもあるまい。ゾンビマスターは焦っていた。このままでは、賞品ーー魔王様のキスは、デュラハンのものである。
彼には妻がいる。だが、魔王様のキスは別腹だ。ノーカウントだ。浮気には数えない。
ゾンビマスターは、苦渋の決断を迫られていた。魔王様の栄誉のキスか、敗者に課せられるトイレ掃除か。
ーー否、答えなど、とうに出ているーー。
「……諸君らの首、このゾンビマスターに預けてはもらえぬか」
「ゾンビマスター様!」「ゾンビマスター様ッ!!」
ゾンビたちは泣き、むせび、そして首を、文字通りにゾンビマスターに預ける。
負けられない、この試合。
部下たちの首がかかっている。
「シアイを再開します。第一軍団の皆さんは、こーとに入ってください」
審判ーー人間の少女ユキコが告げる。
ゾンビマスターには勝算があった。
右手で持っていた首を左手に、左手に移し替えた首を再び右手に。
「……クッ、首を、首をよこせぇええええッ!!」
叫ぶ、デュラハン。
彼の大剣が、ゾンビマスターの胴をなぐ。
「ぱす だっ!」
彼が複数の首を投げた先には。
「美奈子ぉおおお!!!」
「はいっ! あなたッ」
セイレーンの呪力が、空中に水流を召喚する。
水流は首たちを受け止め、そして恥血袋の掲げる籠へと、あやまたず入っていった。
「ゴォオオオオオル!!! 実に36首! ゾンビマスターチーム、大逆転! 大逆転です! まさか敵方の首ではなく自分たちの首を利用するとは! まさしく発想の勝利!!」
ノリの良い観客のひとりが、そう叫んだ。
審判は、何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。このシアイを監督していて、キゼツするのは何度目だろう。
次にユキコが意識を取り戻したのはウンディーネ様の膝の上。頭をもふもふされていた。ちょっと気持ちよかった。
おとぅちゃん、おかぁちゃん、たっちぃ。
まだそちらには帰れないみたいです。
おしまい。
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