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不法滞在宇宙人  作者: 出汁殻ニボシ
不法滞在宇宙人
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【うろ夏の陣・8月5日】妖怪と宇宙人

ある日の昼下がり、十二時を過ぎても一向に叩かれないドアの前で、忠犬の如く座り込んでいる院部を脇に避け、私は住民共用の雪隠へと向かった。

鍵のかかっていないのを確認して、取っ手に手をかけた瞬間、内側から勢いよくドアが開き、私は鼻頭を強かにうちつけて暫し悶絶した。中から出てきた千草は、何やら考え事をしていたらしく、それにも気付かったようで、廊下にしゃがみこむ私を見て、「そんなところにると、ほかの人の迷惑になりますよ」と口を尖らせた。

抗議しようと立ち上がった時には既に遅く、彼女はいそいそと一○一号室に戻ってゆくところであった。

仏頂面で用を足し、二○三号室に戻ってノブを捻った途端、今度はドアに横っ面を嫌というほど引っぱたかれ、私は再びうずくまった。

「今ぞ冒険の時!」

雄叫びを上げて外に飛び出した院部の足を掴むと、私はぐいと腕を引いた。




「侵略宇宙人だと」

私のその言葉に、溢れ出る鼻血をちり紙で拭いながら院部は答える。

「おそらくやつは私有軍団を持つ宇宙人は配下の謎生物は町内に放ち侵略活動を行なっているに違いなし」

私は目頭をもんでため息をつくと、院部の目を見据えて、

「お前は何処から来たんだっけか」

「ベテルギウス星系の小さな星から、山を飛び谷を越え僕らの町にやって来たと言い張る一匹の奇態な生物とは我のことである」

「そんなに遠いところから、一体どうやってここにたどり着いたんだっけ」

「無限不可能性ドライブを搭載した宇宙船がロブスターのせいで地中海に没してからは徒歩のみでやってまいりました」

地中海から日本までの直線距離を考え、私は再度ため息をついた。やはり、腹が立ったからといって、彼を廊下に引き倒したのはやり過ぎだった。ショックのせいか、今日の妄想は一段とひどい。

「それで、その侵略宇宙人は何が目的なんだよ」

「ふむ、大方この町に潜む多くの宇宙人たちを同胞に加え、来るべき宇宙戦争に備えるためであるぞ」

「うろな町に、お前以外の宇宙人がいるのか」

「猫型、狐型、天狗型など選り取りみどりではないか、それすらも知らんのかね」

いつかに目撃したという天狗のお面をしたヒーローが、いつの間にか宇宙人に変化していることに気づいて、私は苦笑した。たぶん、彼の中では変なものが全て宇宙人に変換されているのだろう。

これ以上彼の与太話に付き合うのも面倒臭くなって、私は勉強机に向かうと、イディオムの問題集に手をつけ始めた。

「であるからして、次なるスター・ウォーズのために情報を収集するために町へ繰り出すために、この縄を早くほどいてくれ」

「駄目だ」

しばらくの間憤慨して、彼と柱を結びつけている縄跳びに噛み付いていたが、到底噛み切れる分かるとものではないと、院部は横になって不貞寝を始めた。

クイズによる決闘制度が定められる以前、私は外出の度にいつも彼を柱に縛り付けてから出かけていたのである。この歳になってボーイスカウトの経験が役に立つとは思わず、当時の私は「教官もまさか教え子が宇宙人を監禁するために、解け難いロープの結び方を使うことになるとは、夢にも思わなかっただろうな」と阿呆なことを考えながら、コンビニへの道をのんびり歩いていたのである。


長文問題と格闘していると、遠慮なくドアを叩く音がして、私が玄関に向かうよりも早く、千草が四畳半に足を踏み入れていた。

囚人の如き様子の院部を横目でちらと見て「そんなことしてて、楽しいのですか」と言ってから、彼女は私の顔を見上げる。いつものパターンである。

「珍しいですね、散歩の時間に遅れるなんて」

「実は院部さんの正体について重大な発見をしたのです。考えをまとめるのに、少し時間がかかってしまいました」

小脇に抱えた「妖怪図鑑」という本を炬燵の上に広げると、押し花の栞が挟んであるページを開き、奇妙な人間らしき者の図を指した。

「なんと、院部さんは妖怪ぬらりひょんだったのです!」

何度か図と院部を見比べた後、私は千草の方に向き直った。

「今回はまあ、なかなか似てる方じゃあないですか」


千草が彼の正体について、新説を携えて二○三号室に飛び込んでくるのは、これが初めてではない。

ひょうすべ、チュパカブラ、モスマン、時には恐竜人間等のUMAとの衝撃的な共通点を発見する度、興奮した様子で私の元に駆け込んで来るのだが、残念ながら、どの説にも確たる証拠がなく、未だに彼の正体は不明なままである。

今回のぬらりひょんも、胡散臭さという点では文句なしなのだが、彼の頭はこんなに長くはないし、妖怪の長だと言われるほどの威厳も、浪人生に簡単に縛り上げられてしまうくらいであるから、どうやら無さそうである。

そもそも私は、妖怪やUMAの類をあまり信じてはいないのである。ならばこいつは何者なのか、と問われると黙り込むしかないのではあるが。

「やっぱり、宇宙人とか、そういう方向の生き物だと思いますよ、僕は」

「UMAと宇宙人の違いがよくわかりませんが、伸太郎さんは。妖怪否定派なのですか」

否定派というか、と言い淀んで、逃げるように窓から山の方を眺める。

巒気漂う彼の山中に、遥かな昔から蠢く魑魅魍魎の姿を想像して、私はぶるっと一つ胴震いをした。

「いなければいいな、と思ってますよ。本当にいるとしたら、なんだか恐ろしいじゃあないですか」

信じてはいるのですね、と笑う千草の後ろで、死にかけの青虫のようにうごうごする院部を見ると、熱した水飴の中にいるかのような暑気の立ち込める部屋だというのに、なんだか得体の知れない寒気がして、私は無理矢理日本史に取り掛かり、平将門の首塚にまつわる祟りの話を知って、一人震え上がった。

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