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不法滞在宇宙人  作者: 出汁殻ニボシ
不法滞在宇宙人
5/30

巻き戻し

千草が線香花火に夢中になっている間、私はヘビ花火のないことに文句を垂れる院部の相手をしていた。

折衷案として私が持っていた花火のいくつかを渡すと、あっという間に機嫌を直して千草の横に座り込み、

「我の方が本数も種類も多いですぞ」

随分とみみっちい自慢をするものだと笑っていたら、実に不満げな顔をした彼女が近づいてきて、結局私は残りの花火をすべて献上することになった。

やることがなくなってしまい、仕方なく暗記した助動詞でも諳んじようと、藍色の空を見上げたのだが、かなり最初の方で躓き、あとに続く言葉もなんだか疑わしく思えてきて、もういっそ部屋に帰って寝てしまおうかと考えていると、一○一号室の前から永武さんが私を呼んでいる。

「お祭りっぽい雰囲気を出したくてね」とはにかんで彼が差し出したものは、小洒落た皿の上で香ばしく湯気の立つ焼きそばであった。

常日頃から小麦粉と油の組み合わせを食べ続けてきた私は、失礼ながらうんざりしていたが、彼女はこの食事をたいそう気に入った様子で、青海苔が頬に張り付くことにも構わず、あっという間に二皿を平らげてから、周りの視線に気付いて、恥ずかしげに二度空咳をすると、

「成長期なんです」と言い訳をして、更にもう一皿をぺろりと食べてしまった。


最後の花火をバケツの中に突っ込んでしまうと、私たち四人はなんとなく黙しがちになって、後片付けの最中にも話す声は聞こえなかった。

これではいかんと、彼女は後始末の終わった我々を二○三号室に集合させ、怖い話大会の開会を宣言した。

とはいえ、院部が怪談を知っているわけもなく、千草は主催者権限などといって、早くも聞く態勢に入っている。仕方なく永武さんとじゃんけんをして、勝った彼の方から話を始めることになった。


これは僕の友人が、更に人から聞いた話だから、信憑性は薄いが、と前置きすると、彼は余った蝋燭に火を点け、部屋の電気を消すとぐっと顔を寄せた。

簡単にまとめると、ある男がレンタルビデオ屋から一本のビデオを借りて再生したところ、期待していた映像ではなく、何故か彼の住むアパートの近所が画面に映し出された。なんだこれはとそのまま見続けていると、やがて彼のアパートが画面に現れる。

途端、撮影者が走り出したようで、映像が上下に揺れ、彼の部屋のある二階の角部屋に向かって、恐ろしい勢いで進んでゆく。

その瞬間、彼の耳にこちらへと向かってくる足音が聞こえ、彼は慌ててビデオを取り出しにかかる。

足音が階段を上りきったあたりでようやく取り出すことに成功した彼は、安心すると同時に好奇心が湧き上がり、玄関から顔だけ出して廊下を見ると、そこには赤く錆び付いた包丁が落ちていた、というのが、永武さんの話した内容である。

話としてはよくあるパターンのものであるが、窓から吹き込む生暖かい風、二階の角部屋にいるという今現在の状況、何より、蝋燭の灯りをじっと見つめながら、わざと声を低くするわけでもなく淡々と語るその口調がどうにも恐ろしく、いつの間にか我々三人はぴったりと一箇所にあつまって震えていた。

特に怯えていた院部を引き剥がすと、蝋燭を手元に寄せて、

「じゃあ、次は僕の番ですね」

既に涙目になっているけども、主催者としての意地からか、彼女はぐっとこちらをねめつけた。


私が話そうとしていたのは、話の途中で音を立てたりする、いわゆる驚かすための怪談で、大まかな流れとしては、殺人事件に巻き込まれた一家の中で、奇跡的にただ一人生き残った口の聞けない少年に、事件を調査する警察官が、床を一回叩いたら「はい」、二回なら「いいえ」という約束をして、容疑者の写真を見せてゆく。疑いの濃い者から見せるが、どれも違うらしく、気まぐれに家族の写真を見せ始めたあたりで、彼の感情が昂ぶり始め、姉、父と続いて母親の写真を見せた瞬間。

そのこで言葉を切り、強く床を叩いて聞き手を驚かす、というものである。物語の山場に入り、私は一層声を低くして、気づかれないように床を叩く構えをとる。

「『ほら、やっぱり違うだろ、もうこんなことはやめたほうが』と言いつつも、好奇心を抑えることができず、刑事さんは父親の写真を」

喰い気味に二度床を叩く。院部と千草は手を取り合って震え、永武さんですらじっとりと汗をかいている。

演出は十分である。私は内心ほくそえみながら、しかし外見上は深く静まりかえったまま、

「彼の反応の激しさに、刑事さんは震え上がりました、嫌な予感はするけども、真相を確かめなければならない、彼は最後に残った母親の写真に手をかけて、『それじゃあ、これは』」




世に広く流布するいわゆる怖い話ならば、ここで唯一の光源であった蝋燭が、霊的な力によってかき消され、暗闇の中で血も凍るような恐怖体験をするのが常道である。

しかし、どういうわけか我々には、その正反対のことが起こった。


そろそろ寿命だと思っていた裸電球が、出し抜けに煌々と輝きだしたのである。それも、いつものような弱々しい光ではなく、部屋の隅で安眠していた節足動物を叩き起してしまう様な強烈な輝きである。

それと同時に、恐ろしくかび臭い冷風が顔の横を通り抜けて、振り返れば、エアコンがとんでもない音を立てて風を吹き出している。

たまにスルメを焼くのに使っていたホットプレートが、立ち上がった拍子にバランスを崩した院部の手を焼き、テレビまでもが凄まじい勢いでチャンネルを切り替えるのだが、デジタル放送に対応していないために、どの局を映しても砂嵐ばかりで、それがまた恐ろしい。

「電源を」いよいよ激しくなる電化製品の反乱のさなか、どうにか威厳を取り戻そうと千草はがむしゃらに叫んだ。

「コードを引っこ抜いてください。それで止まるはずです」

「テレビとホットプレートのは抜いてあります」騒ぎ立てるエアコンに負けない音量で、私は叫び返した。待機電力というものの存在を知ってから、私は基本すべての電化製品のコンセントを抜いたままにしている。無論、地球のためではなく、私の懐のためである。

「アパートに引いている電気を使ったら電気代が発生するんだから、今勝手に付いてるテレビとかにお金はかからないよな」

永武さんが妙に現実的な事を口走っている間に、電球はさらに輝きを増し、目をつむっていても突き刺さるような痛みを感じるほどになってきた。

こりゃいかんと叫ぶが早いか、彼は千草を押し入れに突っ込むと、続いて院部と私の手をとってその中に飛び込むと、内側から戸を閉めた。

瞬間、なにかが弾けたような音がして、暗闇に包まれたのと同時に、すべての音が止んだ。

しばらくの間、得体の知れない恐怖のために、押入れから出ることを躊躇っていたが、「お、茸が生えていらっしゃる」と言う院部の一言で、なんだか足の裏がむず痒くなってきて、私たちは慌てて四畳半に転がり出た。

どうやら電球は破裂してしまったようで、焦げ臭い匂いが辺りに立ち込めている。蝋燭の炎もクーラーの冷風で消えてしまったようで、先程まで強い光にさらされていたこともあり、部屋は全くの闇の内にあった。

手探りで玄関までの安全を確認すると、私たちはとりあえず千草を祖父の元へ帰してから、二○二号室へと避難した。




翌朝、いつもの様に日が射し込むよりも早く目を覚ますと、薄型テレビの前に永武さんが座り込んでいる。そういえば、昨日は結局二○二号室に泊めてもらったんだっけ、と動き始めた脳を抱えて、なんの気なしに彼の肩ごしに画面を眺めて、途端、眠気が吹っ飛んだ。

コケティッシュな美女がその艶かしい肢体を画面いっぱいに惜しげもなく晒しているではないか。呆気にとられて長々と画面を見つめたあと、我に返って永武さんの肩を揺すった。

「朝っぱらからどうしたんですか」

「やあ、よく眠れたかい」

そう言って振り向いた彼の顔は、自分は全く眠れていないよ、と雄弁に語っていた。

厚ぼったく腫れ上がった目はひどく充血していて、くまさえこさえている。

「昨日のあれ、僕の方にも何かあったらしくてね」

彼を紹介するとき、私は彼をビデオマニアだといったが、実はそこには少々間違いがある。

彼のコレクションは、VHSやDVDなどの映像媒体の違いを問わず集められたものなのである。私は彼が客の一人に、映画のフィルムらしきものを手渡したシーンすら見たことがある。

だが、今永武さんが視聴しているのは、正真正銘のビデオテープであった。しかも、巻き戻しをかけている途中らしい。

「今のDVDとかはさ、プレーヤーに入れたら勝手に先頭から再生してくれたりするじゃあないか。でもビデオテープはそうじゃないんだ、終わりまで見たら、必ず巻き戻さなくちゃならない」

なんのことかと首をひねっていると、彼は疲弊しきった笑顔でこう言った。

「僕は人にコレクションを渡す時、いつも最初から見ることができるように、全部巻戻しておくんだ。まあ当然なんだけどさ」


それが、全部再生された状態になっていたんだ。

彼のその言葉に、私は生唾を飲み込んだ。

「つまり、誰かがあの時にビデオを見ていた、と」

「確認できただけでも、既に三桁を超す数のビデオをね」

私たちが押し黙っていたのは、何も巻き戻し終わったビデオが通常再々されて、画面の中の女性が生まれたままの姿になってゆくのが目に入っていたからだけではなかったのである。




自室に散らばっていた電球の破片を取り除き、新しいものに付け替えてから部屋に戻ると、永武さんはまだ巻き戻し作業を続けていた。

爆睡する院部の横で、私は巻き戻しの終わったビデオを元の位置に戻す作業に入ったが、日が昇ってきたあたりで、

「なんだか君の顔にモザイクがかかって見える」

と呟いて永武さんは横倒しになり、夢の世界へと没入してしまった。ベッドから院部を蹴落としてその上に彼を引っ張りあげると、私は純粋な親切心からビデオの巻き戻し作業を引き継いだ。

しばらくすると院部が起きて、少しのあいだは桃色の映像に夢中になっていたが、もともと地球人の裸には興味がなかったのか、二本目を巻戻しているあいだに飽きたと言い出して、しきりに私の肩を揺らし始めた。

「もうあさげの時間だぜ、早く湯を沸かそうぞ」

「うるさい、僕はどうしてもこの仕事を終えなけりゃならんのだ」

もはや空腹も気にならないほど、私は作業に没頭していたのである。二、三度ちょっかいを出してから、効果無しと部屋の隅に引き下がった院部を目の端で見ると、これで邪魔者はいなくなったと確信して、私はテレビの前に根を張った。

どれくらいの時間が経っただろうか。再び肩に手が置かれたので、私はそれを乱暴に払い除けた。

大方、院部だろう、そろそろ構ってやらなければ、勝手に外出するかもしれん、と思って、次の作品を取るために手を伸ばした。

ふと目の端に、まだ角でいじけている彼の姿を捉え、強烈に悪寒がして、振り返ると小柄なシルエットが朝日を後ろに仁王立ちしていた。

折しも、その時私が握っていたのは、幼い少女たちが互いに戯れる様子を撮影した作品であった。

ここで赤面でもしてくれれば、私にもまだ救いがあったのだが、彼女は顔色ひとつ変えず、けれども実に嬉しそうな笑顔で「なるほど」とだけ言った。




その日から、私は昼の散歩に付き合わされるようになった。

三人で街を歩いていると、院部も千草も、実に嬉しそうな笑顔を見せる。

「さあ、今日はあの喫茶店に入ってみましょう。明日はあっちのお店に、明後日はこっちのです。安心してください、夏休みの予定は、しっかり全部埋めてありますから」

「ひょう、たまらないぜい」


私は最近、本気で引越しを考えている。その為には資金が不可欠である。バイトなどをして、これ以上時間を浪費出来ない以上、日々の生活費を削るしか道はない。

その決意を固めた日、私は水だけで過ごし、翌日の昼、空腹のあまり目眩を起こして倒れ、また一日を無駄に過ごした。

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