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不法滞在宇宙人  作者: 出汁殻ニボシ
不法滞在宇宙人
3/30

エイリアン・ビデオ

件の夜以降、私は深夜と早朝の外出を控えている。無論、あのエイリアンに出会うのを避けるためである。

人によっては一生見ることのない宇宙人に再び出くわすことを信じて怯えているとは、臆病にも程がある、と友人は言う。

しかし私は外よりも遥かに出会う確率が低いであろう室内で、数ヶ月間一日も欠かさず宇宙人を目撃しているのである。確率だけで言えば、私は外出した瞬間隕石に頭を撃ち抜かれて死んでもおかしくない。いわんや宇宙人など、何時何処で出会っても不思議ではないだろう。




いくら偽仙人が如き生活を営んでいる私でも、書を捨てて町へ出なければ食事が摂れない。若い身空で即身仏になりたがる訳もなく、結局ここ数日、私は昼頃にアパートを出るようにしている。

そうなると問題になってくるのが院部の扱いである。外出の度にクイズによる決闘を挑んでくる彼に対し、私は今でも無敗を誇っているのだが、ここに夏休みに突入したせいか最近やたらと来訪するようになった鸚屋千草が絡むと、実に厄介なことになる。

弱いのである。出題する側にしても、回答する側にまわっても、彼女は絶望的に弱い。そのせいで院部の外出回数は飛躍的に増え、彼はとうとう朝日の道に飽きたと言い出した。

商店街を歩きたいと駄々をこねる彼に我々は頭を抱え、散々呻吟して無駄な時間を過ごした挙句、私の荷物の中からフード付きのパーカーを引っ張り出してきて彼に着せ、顔を覆い隠すようにフードを被せた。暑い暑いと文句を垂れる院部を外まで連れ出し、両脇を私と彼女で固めると、我々は真昼の商店街に繰り出したのである。

散歩の首尾は上々であった。すなわち、自販機のシステムを理解できなかった院部が飛び蹴りをかまそうとする等、両手の指だけでは足りない数のトラブルを除けば、の話である。

アパートに到着した時には、二人共疲労困憊の局地にあって、既に放心状態であった。


以来、院部は彼女と二人で出かけるようになった。

何が楽しいのか、彼女は十二時半丁度に二○三号室の戸を叩くのである。院部は蒸し風呂のような部屋の中で厚ぼったいパーカーを被って、嬉々として散歩に出かけるのである。

二人は大抵、六時前には帰ってきた。それまでに私は関係代名詞と格闘し、町の銭湯で垢を落してからカップ麺を買って帰るのである。いわば昼の見張りを彼女が、朝晩の見張りを私が担当している状態であった。

アパート、銭湯、コンビニの三点からなる三角形の線上のみを移動する点Pの如き生活を送る私にとって、帰宅した院部の話だけが、うろな町との接点であった。いうなれば、院部という窓から、私はうろな町の細かな様子を眺めていたのである。

しかし、この窓が話すことがまた、本人同様どうにも胡散臭いのである。

何から何まで瓜二つな双子や、ツチノコを探すために山に分けいる男性の話などはまだ信じられる。しかし、人語を解し言葉を喋るハムスターと美少女のセットを目撃しただの、天狗面をかぶったヒーローを見ただのと話し出すと、私は眉に唾をつけざるを得ない。

「恐らくあのハム野郎は、下にいる少女を使役する寄生型宇宙生物に違いありませんぜ」

そうか、などと適当に相槌を打ちながら、しかし私は最初から彼の話を信じてはいないのである。

「喋るハムスターに天狗面のヒーローか」口に出してから、そのファンタジックな響きに、私は一人寂しく笑った。

本当にいるのなら、どんなにか素敵だろうか。少なくとも浪人と宇宙人なんて組み合わせよりも、格段に豊かな生活を送っているのだろう。

そんなものがいるはずもないが、と断言する私に、ではお前の目の前でカップ麺をすする宇宙人はどうなのだ、と問う人もいるであろう。

その質問に対し、私は男らしく目をつぶる。




院部が散歩に出かけるようになってから数日後の昼下がり、二人を玄関先で見送ってから自室に戻ろうとしたところで、隣室のたまりにたまっていたチラシ類が悉く消え失せているのに気付いて、私は胸を躍らせた。

コーポ鸚屋の二○二号室に住む青年、永武 伊介(ながたけ いすけ)は知る人ぞ知るビデオマニアである。一体何を撮影したビデオなのかは流石に伏せさせていただくが、青年期における男性の胸をいたくときめかせるものである、といえば大抵の人にはお分かりいただけるだろう。

その所有量たるや生半可なものではなく、ふとしたきっかけで崩れ落ちたそれの下敷きになって身動きが取れなくなり、彼は危うく命を落としかけた経験すらあるのである。

回覧板を届けに来た私がその窮地から彼を助け出して以来、私は「永武秘宝館コーポ鸚屋支店名誉会員」に任命され、無償で二○二号室にある数多のビデオを視聴できる権利を有している。

永武さんの生活は謎に包まれている。というのも、彼は二ヶ月に一回、たった三、四日だけ二○二号室に滞在するのである。家賃はしっかり払っているらしく、鸚屋家から文句を言われたことは一度も無いようだが、うろな町にいない間、彼は一体何処で何をしているのか。

「全国に百八つ存在する我が秘宝館をまわって旅をしているのだよ」と永武さんは涼しげな顔で答えるが、真偽のほどは定かではない。

彼の公的な職業もまた不明である。わざわざ公的な、とつけたのは、彼が生活費その他諸々を、そのコレクションの賃借で得ている節があるからである。

彼が二○二号室に滞留する数日の間、コーポ鸚屋には深夜の来訪者が後を絶たない。別に看板を掲げているわけでもないのに、続々と男性が集まってくるのである。夜明けと共に男たちは無言で去り始め、まるで朝日に溶けてしまったかのように人のいなくなった二○二号室の前で永武さんは爽やかに笑い、起床してきた私に食事を奢ろうとするのである。無論丁重にお断りさせていただくと、ならば今日手に入った極上のブツを見ていかないかと持ちかけてくる。

私は人の好意を足蹴にはできない性格であるから、渋々(嫌々行くのである。いやらしい心など欠片もありはしない)彼の部屋に足を運ぶのである。

チラシがなくなっているということは、永武さんが帰ってきたのだ。

私は一切の邪心なくそのことを喜んで、一片の下心も抱かず彼にカップ麺を献上しようと思い立ち、二○三号室に駆け足で戻った。




世の中には色々な詐欺があるものだね、持っていないビザの更新を要求するチラシがあった、と前置きして、永武さんはやにわに真顔になり、

「実は今、例の組織に追われてるんだ。しばらくはこの場所に腰を下ろすことにするよ」

彼の私的な収集品を狙う不逞の輩は多い。「大日本桃色調査委員会」もそのひとつである。

独身の変態中年親爺だけで構成されるこの組織は、自らのコレクションを一般に広く公開する彼とは対象的に、収奪した品を委員会内部で独占し続ける悪辣非道な団体で、永武さんがおのがコレクションを全国各地に点在する秘宝館の支店に保存しているのも、彼らに対抗するためだという。

もちろん全ては嘘っぱちである。少なくとも、私はそう信じている。怪しからぬビデオを取引したり、突然上記のような突拍子のないことを言ったりしない限り、永武さんは文句のつけようのない好青年である。

真夏にも関わらずひんやりと薄暗い二○二号室の中で、彼は新たに加わった作品の確認作業を続けている。

「悪いんだけど、今夜からまた常連の皆さんと取引があるんだ。一見さんの相手だけでいいから、手伝ってくれないかい」

バイト代ははずむから、と申し訳なさそうに微笑む彼に、私は満面の笑みを浮かべ、任せてくださいと答えた。

「バイト代なんていいですよ、水臭い。隣同士なんだから、遠慮しないでください」

「そういう訳には行かない。ちゃんとした働きには、それ相応の賃金を払うよ」

気持ちはありがたいけどね、と笑って、彼は懐から白い覆面を取り出して頭からかぶると、晴れやかな声を上げて私の肩を叩いた。

「さあ、開店準備に入るぞ、もう少しだけ手伝ってくれ」

額にマル秘と書かれたそのマスクが、永武秘宝館の制服なのである。

顔を隠したおかげか、より一層生き生きとラベルのチェックを行う彼の姿を鸚屋千草が見たら、きっと一発で気に入るだろうなと、私は一人で首肯していた。

パッセロさんの「くるみるく」より、降矢くるみと降矢みるくの双子ちゃんを。

ここもとさんの「うろな町でツチノコを探し隊」より、川崎省吾さんを。

裏山おもてさんの「うろなの虹草」より、ひなたちゃんとハム太さんを。

三衣千月さんの「うろな天狗の仮面の秘密」より、天狗仮面こと琴科平太郎さんを、それぞれ少しだけお借りしました。

何か不都合な点などありましたら、ご連絡ください。

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