きなこ棒の怪人
千草の家から持ってきたコップに、人数分のお茶を注いでしまうと、私は手持ち無沙汰になってしまった。
実に妙な状況である。
たった数日前まで、二人か、精々三人までしか人を招き入れることなく、その門を無闇に固く閉ざしてきたこの部屋に、私と何ら面識のない四人の小学生が、居心地悪そうに座っているのである。
同級生である千草が「ちょっとお菓子を取ってきます」と言って、一階へと去ってしまった今、彼らの目前に、押し入れを背にして座っているのは、ひょろひょろと背の高い針金のような時代遅れの書生と、かろうじて哺乳類に見えなくもないこともない、スーツ場折の謎生物だけである。
異様な気不味さが辺りを席巻し、たちまちの内に耐えられなくなった私は、止せば良いのに立ち上がると、仰々しく口を開いた。
「ロズウェル事件を筆頭に、世界にはUFO及び宇宙人の実在を唱える証言で溢れている。ストーンヘンジ、地上絵、ミステリーサークル等の不可解な遺跡は、全て宇宙人からのメッセージであると主張するやからも少なくない。なるほど、現代人には理解できないこの神秘的なオブジェクトを、地球外生命体からの言葉として解釈しようとする気持ちも、全く分からないではない。
が、しかし。犬の散歩じゃああるまいし、母星を離れ宇宙空間に飛び出すという行為には、多大なる労苦がかかるはずである。目を閉じれば寒空の下、貧困に喘ぐ宇宙人一家の姿が見えるようだ。
「お願いです、その鍋だけは、それがなければ私は、この子達に芋を煮てやることも出来ないのです」
どうやら宇宙船鋳造のために、星じゅうの鉄を回収する令が下されたようである。不安げに震える二人の息子の前で、足にかじりつく宇宙母親を憎々しげに蹴り飛ばし、宇宙官憲は無慈悲に言い放つのである。
「やかましい。宇宙船製造のために、鋳造できるものは全て回収となったのだ。御星のためと思えば、空腹がなんだというのだ」
宇宙軍靴を鳴らして立ち去る宇宙官憲の背後で、横たわる宇宙母親に駆け寄るのは宇宙息子たちである。
「母ちゃん、もういいんだ、無理をしないでおくれ。芋なら生でだって食えるじゃあないか」
「そうとも、僕たちはただ、母ちゃんが無事でさえいてくれれば、それでいいんだよ」
泥に汚れ、すっかり痩せこけてしまった我が子の姿を見て、情けないやらいじらしいやら様々な情感に胸を突かれ、宇宙母親は汚れた筵の上で我が子を抱きしめて泣くのである。生臭く赤い夕日の傍を、木枯らしが吹き荒ぶ。
とまあ、このような状況であったかどうかはさておいて、宇宙へ飛び出すということには、莫大なリスクが存在するのである。仮に地球へ何かしらのメッセージを送るという目的があったのならば、普通それは確実に果たされなければならないはずである。失敗は絶対に許されないのだ。
が、しかし、メッセージが伝えられた遥かな昔から現在に至るまで、地球人類は誰一人としてその正確な意図を汲み取れていないではないか。宇宙人一家に厳しい冬を送らせたとは言え、惑星間飛行を成し遂げるほどの科学技術を持つ宇宙人が、なぜ我々にも理解できる程度のメッセージを作成できないというのだ。これではあの親子があまりにも報われないではないか。
つまり、彼らのメッセージを未だ理解できない、この一点によって、「ミステリーサークル宇宙人からのメッセージ説」は破綻しているのである。
そもそも、生物が知的生命体に進化し、それが宇宙飛行を可能にするまでに科学技術を発達させて偶然地球に狙いを定める、という確率が、一体どれほど低いと思っているのだ。宝くじなど問題にもならない。
こんな出来事が起こるくらいなら、僕にだってあの日時間がなくてつい適当に埋めちまった英語の記号選択問題がたまたま全問正解していて無事大学に合格することが出来ましたなどというご都合主義的な奇跡が起こったって不思議じゃあないだろうに、今現在の僕の姿はどうだ、何一つ良いところのない腐れ浪人ではないか。一体どうしてこんなことになったんだ。責任者を呼べ。僕の十代最後の夏を返せよ!
失礼、話が脱線してしまった。つまり、私が言いたいのは、宇宙人なんてものは存在しないが故に、隣に座っている、この、この……こいつは、宇宙人なんかではない、ということなのだよ。わかっていただけたかね、諸君」
大演説を終えた私が炬燵の傍に腰を下ろすと、場の空気はいよいよ耐え難いものになってきた。
少年たちは互いに顔を見合わせ、狂人を見る時の目をして私を遠巻きにし、しきりに何かを議論している。
恐らく今し方ぶち上げた宇宙人非実在論の、その恐るべき信憑性のなさについて話し合っているのだろう。無理もないことである。何せ、提唱者自身が一番この説を信用していない。もやしの如き貧学生がつい一時間前にでっち上げた説など、誰が信じるだろうか。
けれども、そのことを悟られる訳にはいかない。彼らにはなんとしてでも「院部は宇宙人じゃない」と納得して帰ってもらわなければならないのである。
憮然とした表情のまま黙っていると、居た堪れなくなったのか、少年の一人がおずおずと手を挙げた。
千種の情報と私の記憶が正しければ、彼はタツキと呼ばれていた少年である。
「ええと、それじゃあ院部さんは、一体何者なんですか?」
タツキ少年がそう言うと、横に座っていた少年たちまでもがにわかに活気付き、たちまちいくつもの質問が飛んできた。
「そうだよ、オクダ屋ん時も、自分から宇宙人だって言ってたくせに!」
「だいたい、なんでこの人の家に千草がいるんだよ!」
「そもそもあんたは誰なんだ!」
「まあ待ちたまえ、諸君。一つ一つ説明するから」
いつの間にか帰ってきた千草から濡れ煎餅を受け取ると、私は姿勢を正して彼らに向き直る。
「僕は井筆菜っていうしがない浪人でね、訳あってこの院部と、一つの部屋をわけあって暮らしている。鸚屋さんは、このアパートを貸出してる人の孫娘で、たまに家賃とかを取りに来るんだ」
「金井君と相田君には、いつだったか同じクラスになった時に自己紹介で、おじいちゃんのことを話したでしょう」
突然名前を呼ばれて、びくりと飛び上がったふたりは、口を揃えて不満げに「そんな前のことは覚えてない」と言った。
人の話はちゃんと聞くものですよ、と説教腰になる彼女を、口を尖らせて睨む彼らの反応からして、どうやら千草は小学校でもある程度説教をしているようである。最も、私や院部に並ぶほどの猛者はいないだろうが。
「ですから、私と院部さんとは、特に関係のあるわけではないのです」
「それから僕と彼女も、家主と住民という以外の接点は何一つない、赤の他人なのだよ」
こんな不審者と繋がりがあるのはまずかろう、と彼女の言葉に私は便乗したのだが、何故か千草はひどく傷ついたような目をして、私を強く睨みつけた。どうやら、また何か彼女の希望通りにならなかったようである。
彼らが帰った後に垂れるであろう説教のことを思い、大分憂鬱になりながら、私は院部の方に向き直る。
「そして、問題のこいつの正体だが、実は彼は」
瞬時ためらい、私は千草を盗み見た。彼女は素早く「や」「れ」と口を動かし、私は捨鉢な思いになって、院部の正体を口にする。
「彼は派遣ピエロなんだよ」
耳慣れない言葉に戸惑う少年たちの思考的空白を突くように、私は早口に捲し立て始める。
「早い話が芸人さ。呼び出しがあったらいつでも何処でもすぐに駆けつけて、阿呆な格好と滑稽な行動でお客さんを笑わせるんだ。普段からこんな顔をしているのは、いつ呼ばれてもいいように、というプロフェッショナルな精神からで、もちろん本当はもっと普通の顔をしていて」
「ええい、まちやがれい、このあんにゃもんにゃ!先刻から黙っていりゃあ、真の紳士たるこの我を、芸人だの道化師だのと好き勝手に言いおって、挙げ句の果てには我が誇り高き顔面にまでケチをつけるとは、紳士協定に基づき、その根性を叩き直してやらん!」
激昂して掴みかかろうとする院部を何とか避け、よろめく彼の頭に、用意しておいたカリキュラ・マシーンを引っ被せると、私は手元のリモコンを力任せに押し込んだ。
途端、耳をつんざくようなけたたましい笑い声が部屋中に響き渡る。
壁にしなだれかかり、腹を抑えて爆笑する彼の横に立つと、私は怯えている様子の少年たちに声をかけた。
「このように、あっという間もなく表情を変えて見せるのが、プロのピエロの技なのだよ」
実に無理のある話である。昼前、発案者たる千草から「彼の正体についてはこういうように」と指示を受けた際にも、私はしばらく考え込んだ後、
「めちゃくちゃに不自然じゃあないですか?」
「それをうまく誤魔化すのが、伸太郎さんの役目です」
不信感に満ち溢れた彼らの目を見る限り、上手に騙せたとは到底思えない。これ以上下手に釈明を続けると、いずれ化けの皮が剥がれてしまうだろう。急がねば。
私は手早く院部を押し入れに蹴り込むと、精一杯愛想よく微笑んで揉み手した。
「さあ、本日はここまで、子供はもう家に帰る時間だ」
「まだ一時間も経ってないですよ!」
「真昼間じゃんか!」
「第一、まだオクダ屋で言ってたことを、証明してもらってないぜ!」
その「証明」をされると困るのである。どうにか四人を返そうとするのだが、日陰育ちの悲しさよ、追い返すどころか、逆に私の方が押入れ前まで追い詰められてしまった。
しどろもどろの返答をしているうちに、後ろからひょいと手が伸びてきて、リモコンが奪われてしまった。
ぎょっとして振り返ると、白々とした細腕が押入れの中に消えてゆく。
程なくして笑い声が途絶え、リモコンとヘルメットを抱えて押入れから出てきたのは院部である。もう感情は操作されていないのにも関わらず、その顔には不穏な笑みを浮かべている。
「この度の無礼蛮行の数々、もはや耐え忍びべからざりけるッ、こうなれば意地でも証明して見せようぞ!」
「院部さんッ、ダメです!」
慌てて飛びかかった私と千草を、「お触り厳禁!」と叫びながら、およそ人類には真似できない奇怪な動きで避けると、戸を塞ぐように三和土に立ち、院部はヘルメットの中に手を突っ込んだ。
「ジェントルマンどもめ、この証拠を思う存分眺めやがれッ!」
私は思わず瞑目した。今に少年たちの悲鳴があたりに響き渡るに違いない、そして明日から私は、変態宇宙人を匿った罪で某国宇宙航空局に幽閉され、死ぬまでよく分からない装置を回転させられ続けることになるのだ。
故郷の父母は泣くだろう。友人は院部の事を知っているから、恐らく私と院部の仲を必要以上に強調するであろう。何せ隠れて恋人を作っていたような卑劣漢である。信用が置けない。
考えうる全ての人生終了パターンを三巡もした後、私はゆっくりと目を開いた。
いつまで経っても声が聞こえてこない。それどころか、先程まであれほど猜疑心に満ちていた彼らの目付きが、今は驚嘆の光に彩られている。
「本当に先っぽが赤いんだ」
不穏な呟きに腰を抜かしかけながら、なんとか玄関近くまで這いよって見ると、院部が持っていたものは、先端が赤く塗られた爪楊枝であった。
「何だ、持ってるなら早く見せてくれればよかったのによう」
ユウキと呼ばれていた少年がそう言うと、院部は重々しく頷く。
「ふん、何故だか知らんが、こいつらが邪魔をしやがるのでな」
阿呆な奴よのう、と私の方を顎でしゃくって見せ、彼はせせら笑ったが、当の本人達は訳の分からないまま、ただ顔を見合わせるばかりであった。
「駄菓子の当たりだと?」
まだ日の高い内に少年たちを外へ送り出し、二○三号室へと戻る途中、院部は「証明」である赤い爪楊枝のことを、そう話した。
「あの駄菓子屋にゃ、怪しげな粉末をまぶした蠱惑的な商品がありましででげすね」
「オクダ屋で売ってる、きなこ棒のことですね。固まった水飴に爪楊枝を差して、きな粉をまぶしたお菓子です」
つまり、こういうことであった。
オクダ屋人気商品のひとつ、きなこ棒にはある一つの噂があった。
「当たり付きというのは購買意欲向上のための真っ赤な嘘で、本当はあたりなど存在しない」というのが、それである。
とにかく当たりが出なかった。オクダ屋は歴史のある商店であるから、大概の当たり付きお菓子は、例えば「昨日A君が当たりを引いたんだってよう」という小学生独自のネットワークからの情報や、今や立派な髭親父になった少年たちが酒のつまみに話す「そういやBの奴、昔あのお菓子のあたりを引いたことがあったっけなあ」等の思い出話による、当たりの報告があるのだが、しかしきなこ棒に限っては、その当たりを引いたという話が巷間に登ることはなかったのである。
永遠に当たりの出ない駄菓子は、何時からか神格化され、「一人一日ひとつまで」「箱買いという無粋な行為は禁止」という暗黙の了解が出来上がるほどに時の過ぎたある日、オクダ屋の入り口に、黒々とした影を落とす者がいた。
ある少年は、彼を長身痩躯の骨ばった怪人にして、常に一点の汚れもない漆黒のマントを羽織っていたといい、またある男は、華奢な少年の体に、あまりにも不釣り合いな皺だらけの老人の顔をした狂人にして、いつも薄汚れたパーカーを目深に被っていた、という。
容姿は語る者によって定まらず、ただその行為だけが共通していた。
音も立てずに店内へ滑り込んだ男は、ほかの商品には目もくれずに、きなこ棒の入った箱の前に立つと、そこで初めて店内を一瞥するのである。
男が出没するのは、決まってオクダ屋のかきいれ時――平日ならば夕暮れ時、土日祝日ならば正午前等――ちょうど、駄菓子屋の主な客層である小学生たちの終業後、即ち、彼らが修学の義務から解き放たれた、言うなれば日常と非日常の交錯する時間帯であるという。
賭けをしないか。
彼の肉声についてもまた、聞く者皆自ずから襟を正す荘厳なるものであった、いやその不審な外貌に違わず、思わず耳を塞ぎたくなるような濁声であった等、その証言は多岐に渡るが、不思議なことにその内容は、どの証言も一言一句同じである。
簡単な賭けさ、今からきなこ棒を一本だけ引く。もし当たりを引いたら、ここに居る全員でその当たりの一本分の代金を、代わりに払って欲しい。その代わり、はずれだった場合は、皆にきなこ棒を一本ずつ贈呈しよう。
男にとってあまりにも不利なこの申し出に、店内の客がとる行動もまた、例外なくひとつだけである。
「面白そうだ、良いとも、賭けに乗ろう」
先に記したように、男が現れるのは常に盛況時であり、従ってオクダ屋にはその時、少なくとも五、六人、多い時には十人以上の小学生が集まっているのである。
多少高級感があるとは言え、きなこ棒は駄菓子であり、その値は三桁にも満たない。もし全員で割り勘ということになったとしても、各人が払う金額は十円以上にはならないのである。
更に、男が賭けの対象として選んだものは、開業以来誰一人としてあたりを引いたことのないと言われる、あのきなこ棒である。棚から落ちてくるきなこ棒を待つような心持ちで、客たちは賭けに乗る。
こうして相手の合意を確認したところで、男はマントを、あるいはパーカーを翻し、きなこ棒の入った箱に向き直る。
当たるはずもない。客の誰しもがそう思っていた。創業から現在に至るまで、恐らく何千本と買われ、それでいて決して当たりの出ることのなかった唯一の駄菓子。
イカサマでもしない限り引き当てることは不可能だが、レジスターの真横に設置された箱の中のそれを、女傑の店主オクダ氏の眼前で、取り替えたり、あるいは塗装したりなどの偽証行為によって当たりにすることなど、出来るものではない。
様々な感情の入り混じった視線の中で、しかし男の所作には一つの乱れもない。
賭けなど最初から始めていないかの如く、気のない動作で箱の中の一本を選ぶと、値段を払わない内に、きな粉のこぼれないよう素早く口の中に爪楊枝を運び、これを嚥下した。
無造作にカウンターの上へと爪楊枝を置き、男は口元に笑みを浮かべる。
当たるはずがない。繰り返すようだが、誰もがそう信じていた。
「おめでとうよ、坊」
オクダ氏の口角が上がった。
「当たりだよ」
爪楊枝を確認すべく、我先にと争うようにしてレジに集まる客たちを尻目に、先端の赤い爪楊枝を、周囲に見えるよう拾い上げて、男は二本目のきなこ棒をくわえ、現れた時と同じく、音も立てずに店を去るのである。
さながら真夏の陽炎が生み出した白昼夢に呑まれたかの如く、客たちはただ呆然とするばかりで、「当たりの爪楊枝って、勝手に持って帰っていいのか」などという無粋なことを言い出すものは、一人もいなかったという。
こうして虚実の隙間に消え去った男を、人々は畏怖の意を込めて「きなこ棒の怪人」と呼んだ。
「それがお前だ、というのか」
「まあ、そげなことになりますな」
昼間中でも奇妙に薄暗い二○三号室で、押入れの奥に爪楊枝を仕舞いながら、院部は頷く。
「今朝も小腹が空きやがったので、千草の見てない隙を突いて、あの粉を舐めに参上したところ、そこに現れ出てたるは、あの少年使節団よ」
そこにのこのことやってきた院部が、彼らの話す「きなこ棒の怪人」の都市伝説を耳にしてしまったのが、そもそもの発端であった。
少年たちは正体不明の怪人に、正体不明であるが故の魅力を、言わばダークヒーロー的な幻想を抱いていたのだが、それを聞いた院部はどういう訳か憤慨、「己こそがきなこ棒の怪人である」と主張し、オクダ屋内で演説をぶち上げ、彼らと舌戦を繰り広げることになったのである。
数分も経たずして劣勢に追い込まれた彼は、そこで「なんとなくかっこいいから」という理由で、粘菌王国の最深部にあの赤い爪楊枝をしまっていたことを思い出し、「論より証拠」論を用いて、正午に二○三号室へ来るよう、宣戦布告をしたのである。
つまり、少年たちがこのアパートまでやってきたのは、院部が宇宙人であるか否か、ではなく、彼が「きなこ棒の怪人」であるか否か、ということを確認するためだったのである。
「全てはあの青汁ガールの誤解が招いた悲劇だったのでござい」
真相のあまりの馬鹿馬鹿しさ故か、あるいは自らの情けない勘違いのためか、四人を送り出したあと、千草は部屋に籠ったまま出てこない。
今現在の懐具合は大分さみしいが、機嫌を直してもらうためにも、後で彼女には貢ぎ物を捧げなければなるまい。駄菓子などはどうだろうか、等と考え込む私の前で、院部はいつもの如くへっぽこ妖怪の如き顔をして、私をじろじろと眺めている。
その内に、ひとつ疑問に思うことがあって、私は顔を上げた。
「なあ、お前は結局「きなこ棒の怪人」ではあった訳だが、しかし一体どうやって当たりを見極めていたんだ」
「だから常日頃から言うように、まず罪深き猿の一匹が、愚かにも二足歩行を始めたのがそもそもの話であってでげすな」
「そんなことはどうだっていい」
最近、院部は何か不都合なことがあると、すぐに話をはぐらかすようになった。もとより、彼の言葉は殆どが嘘っぱちではあったが、しかしここまであからさまな誤魔化し方をするようになったのは、ごく最近のことである。何か裏があるのかもしれない。気をつけなければ。
三衣 千月さんの『うろなの小さな夏休み』より、引き続き金井大作君、相田慎也君、真島祐希君、皆上竜希の四人をお借りしました。
何か不都合な点などございましたら、ご連絡ください。