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不法滞在宇宙人  作者: 出汁殻ニボシ
不法滞在宇宙人
14/30

【うろ夏の陣・8月13日】奥歯太郎

宇宙人は卵生か否か。

こんな議論が持ち上がったのは、網戸に引っかかった蝉がようやく黙り込む、八月の夜中のことである。


「息子は息災だろうか」

寝所に生えていた茸をかじりながら院部が呟いたこの一言に、驚愕のあまり私は振り向きざまに首の筋を痛めて捻転し、千草は勢い余って粉末青汁の袋を引き裂き辺りに緑色の煙幕を張り、三人を夕食に誘おうと二○三号室を訪れていた永武さんは秘宝中の秘宝であるはずのビデオをばらばらと取り落とした。

考えてみれば、院部について私が知っていることは、精々不可思議な兵器を所持していること、ベテルギウス星系から来たと自称していることくらいなもので、だから彼に息子があっても、何らおかしくはないのだが、しかし。

「君、息子さんがいたのか」

「お前、家族なんていたのか」

「院部さんの他にも、まだ同じようなのがいるんですか」

次々と飛び出す失礼な質問に、院部は泰然と頷く。

「うむ、奥歯に仕込んだ家族装置を作動させることによって生まれ出てし秀才でしてな、まあ桃や垢からまろび出る地球人などとは、まず比べようもない鬼才でありまする」

たちまち胡散臭くなってきた。

ビデオを拾い上げると、永武さんは裸炬燵の空いた一辺に腰を下ろす。

「息子さんのお名前はなんだい」

「ふん、青少年の教育に悪影響を及ぼしかねない貴様なんぞに、我が一粒種の個人情報を漏洩するものかね」

だいぶ嫌われてるな、と呟いて、私がいれたお茶を永武さんが啜ると、今度は千草が身を乗り出して、

「まさか、家族を打ち捨てて来た訳じゃあないでしょうね」

素早く説教の姿勢をとる彼女を見て、慌てたのは私である。

千草は癇癖が強いから、院部が叱られている時に近くにいようものなら、「監督不行き届き」ということで、私までもが説教の対象にされてしまうのである。

これが部屋に三人しかいない時ならば、食糧不足などの理由をつけて外出すれば良いのだが、永武さんという客人がいる以上、自分だけ逃げ出すわけには行かない。しばし考えた末、私は無理矢理口を挟んだ。

「そうだ、お前の息子は今、一体何処にいるんだ」

「さあてね、大気圏突入時に耐熱材もろとも切り離したから、少なくとも地球へは流れ着いているはずだが」

「そんなことをして、奥さんは止めなかったんですか」

義憤やら吃驚やらのないまぜになった表情を浮かべる彼女に、院部は呆けた面をして、逆に問い返す。

「なぜそこで関係のない奥方がしゃしゃり出てくる?」

暫時沈黙が辺りを支配し、ややあって永武さんが私と千草を手招きした。そそくさと近寄ると、彼は声を潜める。

「息子さんについて、これ以上は聞かない方がいいんじゃあないか、なんだか彼、バツ一っぽいし」

「わかりませんよ、そもそもあいつに嫁さんは必要ないのかも――単体生殖で増えるとか」

「でも、奥さんの存在は認めているんですよ」

「事実婚とかかもしれないねえ」

「地球人とは役割が違う、というのはどうでしょう。つまり、男の人が育児の全てを引き受けているのかも」

「だとしたら、なおのこと愛情のない親になるけど」

「ライオンは千仭の谷に我が子を」

「院部にそんな親心があるかなあ」

「我もそう思うぜよ」

奇妙に不愉快な声にぎょっとして振り返ると、いつの間にか当の本人が私の肩にべったりと張り付いている。

「阿呆な相談をしていやがりますなあ、このスケベニンゲンども」

私は無言で彼を引きはがすと、変に軽いその体を押し入れに放り込み、心張り棒を取り出した。




三人で夕食を摂った帰り、千草と別れてアパートの階段に足をかけたところで、二○三号室の電気が点いていることに気付いた。

院部に反省を促すよう、消灯して出たはずなのに、と呟くと、先に階段を登っていた永武さんが振り返り、

「多分、彼だけ置いて食べに行ったのに拗ねて、反抗しているつもりなんじゃあないかな」

早くそのお土産を持って行ってあげなよ、と私が吊り下げている牛丼を指差すと、ニ階へ一段飛ばしに駆け上がる。

そんなものか、と納得しながら二○三号室の戸を開くと、四畳半の隅で、院部が武器庫を前に蠢いている。

炬燵の上に牛丼を置くと、わずかに鼻(のような部位)をひくつかせて、こちらに向き直った。

「おお、キャトルミューティられた家畜の屍肉汁飯ではないか」

嬉々として割り箸を手に取り、無心に丼と取り組む彼の横に座り込んで、ふと武器庫の方を見ると、以前よりも大分量が減っている。

嫌な予感がして彼の腰辺りに目を移すと、小学生の頃、あの自由帳にぶちまけた落書きの集大成のような兵器が、いくつもぶら下げられていた。


「大戦は間近である」

いつの間にか丼を空にした彼は、私の方を見ずに、能面のような表情で淡々と喋りだした。

「敵はうろな西方の深山に支配下の軍勢を置いている。町内に群発していた小競り合いは、目くらまし、とまでは言わないが、有力者の殲滅に本腰を入れていた訳ではあるまい。一両日中に敵軍旅は、必ずや市中に駒を進めるはずである」

やにわに背中に冷たいものが走って、私は院部から距離をとった。尚も無表情のまま、何かの通達を読み上げるかのように、彼は不気味な冷静さを漂わせている。

「並大抵の戦闘ではあるまい。彼奴らがこちらに迫っているのは、隷属か、あるいは例外のない死のみ、それも徹底的に蹂躙し尽くした上でのそれだ。敗北は終わりではなく、暴虐と殺戮の始まりとなるだろう。勝たねばならぬ。友のために。この町のために。なにより」

ぐいと立ち上がると、裸電球に箸の先を突きつけて、彼は声高に叫んだ。

「この我の尊厳のために!今に見ていたまへ、天狗仮面率いる我が軍の目前に彗星と共に飛来してエドモンドさんを驚かせつつ地球上の大気を持って行き太陽に突っ込んで地球を救った後徒歩でやってきた我の全自動ニキビ潰し器の威力を見よ!」

彼の目にはいつの間にか阿呆な光が宿っている。思うところがあって、炬燵の上をよく探すと、案の定、茸の石突きが丼の近くに転がっていた。

恐らく先程までの妙に迫力ある言動は、私の目を盗んで食した茸による戯言だろう。

そうと分かると、彼の無表情にまんまと引き込まれた自分に腹が立って、私はダンボールからカリキュラ・マシーンを取り出すと、尚も喋り続ける院部の頭にヘルメットを叩きつけ、リモコンの上部に吹き出ている黄褐色の出っ張りを、力任せに押し込んだ。

途端、糸が切れたようにくしゃと四畳半に崩れ落ちると、院部は身も世もなく泣き始める。

近寄った私の手を払い除け、パーカーの裾で盛大に鼻をかんでから、きっとわたしを睨むと、

「なによ、三人だけで夜ご飯にいっちゃって、あなた、部屋とYシャツと私と仕事と、一体どれが大事なのよ」

そう吐き捨てて、泣きながら押し入れに駆け込んだのを確認すると、私は再び心張り棒を手にとった。




粘菌帝国との国交を断絶し、炬燵の上を片付けていると、雑に折りたたまれた一枚のチラシが目に入った。脱水症状のミミズのごとく捻じ曲がった筆致は、紛れもなく院部のものである。

なんの気なしにそれを広げると、真ん中の付近に、酷く判別し難い文字で、何かがくしゃくしゃと書き込まれている。

「天狗仮面」「傘」「前き」「後き」という単語以外は殆ど読み取れなかったが、一際濃い筆跡記された「うろな町防衛夏の陣」の文字を見て、私はふとベランダから見える西の山に目を向けた。

妄想は、もちろん全くの事実無根なものもあるが、大抵は核となるような何かがあって、そこに肉付けされて形作られると言う。

そこまで考えて、私は強く頭を振った。

馬鹿馬鹿しい。少々深刻な面持ちをしたくらいで、あの自称宇宙人の言葉を信用してたまるか。

「妖怪なんぞいない」

そう口に出してチラシを元に戻すと、床に落ちていた問題集を拾い、ベランダに近寄った。

山は、暗く澱んだままである。

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