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不法滞在宇宙人  作者: 出汁殻ニボシ
不法滞在宇宙人
13/30

院部元帥、大将鸚屋

今でこそ密林の如き湿気の立ち込める部屋で、ガタの来ている机に向かい、源平北条その他ありとあらゆる歴史的偉人を「ややこしい名前しやがって」と理不尽に呪うような生活を送っているが、こんな私にも、ほんの一時だけではあるが、バラ色の人生と呼んで差し支えない時期があった。


小学二年生の頃のことである。当時から、体を動かすことを蛇蝎のごとく嫌っていた私は、その日の昼休みも、自分の机で自由帳に妄想をぶちまけていた。

内容はもう覚えていないが、その時のことを思い出すたびに、「勇者」とか「魔王」などの単語が記憶の網に引っかかるから、恐らくはそういう類の、他愛のない冒険譚だったのだろう。

幼い私が、背中を丸めて自分の世界に浸っていると、猫背気味のその背に手が乗せられた。

ぎょっとして振り返ると、馴染みのないクラスメイトが、やけに爽やかな笑顔を浮かべて立っている。

「何書いてんの?」

当時の私は、自分に回ってきた学級日誌に、躊躇いなく犬の糞を踏んでしまったことなどを書き、次の生徒がそれを呼んで笑うところを想像して、胸をわくわくさせる程度の自尊心の持ち主であったから、その時も、他人に自分の作品を見せることに対して、恐怖よりもその自尊心が先に出て、「あまり面白くはないよ」といやらしい自虐を口にしながら、彼にノートを渡したのである。

三十枚組の自由帳の、表紙の裏にまで無理矢理綴られていた無軌道な私の物語を、彼は休み時間が終わるまで一心不乱に読みふけり、次の授業が始まるから、そろそろ返せよ、という私の言葉にようやく顔を上げると、小学生とは思えない厳粛な面持ちで、私の呆けた面を見据えた。

「これの続きはないのか」


以来、私たちは親友になった。それから数日の間、私の人生は幸福に満ちていた。

私が何かを書く度に、彼は様々に意見したが、別けても彼が気に入っていたのは、悪の宇宙人が地球を侵略しにくる、という筋書きの話であった。

こちらの方はよく覚えている。上空を飛来する謎の円盤から家族を守るために、急いで帰宅した主人公が、自分の部屋で見たものは、不思議な武装をした善玉宇宙人であった。

「地球を守るためにやってきた」と語る彼と協力して、主人公は家中にはびこる宇宙植物を切り捨て、街中をうろつく宇宙犬と宇宙猫をやっつけ、学校を支配していた宇宙教頭と一騎打ちをし、最終的に円盤と融合した宇宙校長に戦いを挑むのである。

「いっそ悪玉でもいいから、宇宙人に会ってみたいもんだね」

そう言って二人笑いあった日の教室に差し込む夕日を、私は今でも鮮明に思い出せる。

今となっては、もう笑えない懐古談である。




「つまり、挙国一致して事の対策に当たらなければ、我々の滅亡は必至であり、ただちに国連に対して我々の絶滅危惧種指定を要求する!」

「案外、お前一人だけなら、絶滅危惧種になれるかもしれんな」

ホットプレートの上の玉葱をひっくり返して、私はぬるま湯のような水道水を飲んだ。夜の八時を過ぎた頃である。

黒ずんだ炬燵の上にガラクタ入りのダンボールを置いて、院部はその中の一つを振り回していた。

「これから諸君には、我が国庫から武器を渡すが、しかし忘るるな、これらはあくまでも貸し与えられたものであることを、肝に銘じておきたまへよ」

「なんなんですか、これは」

彼の分の青汁を淹れ終えた千草は、手渡された武器をしげしげと眺めていた。銃のような形をしてはいるが、引き金どころか銃身すら見当たらないそれを、彼はひょいと持ち上げて、一瞥した後彼女の方に投げ返す。

「水虫菌噴射銃ですがな。そこの突起物を握ると、ここんところから宇宙水虫菌がまろびでるという代物で、この菌がまたえげつねえ野郎でして、なんと靴の上からでも侵食してきやがる。ええい、あの怪傑一本足満足男め。今度会う日にゃ、こいつをぶっつけて血が出るほどに掻き毟らせてやるものを!」

聞いているだけで靴下を脱ぎ捨て、己の足の指の間を確認したくなる説明を口にし、彼は地団駄を踏んだ。

けれども千草はすまし顔のまま、丁寧に銃を湯呑の横に置いて、ちらりと私に横目を向ける。

「まさか、こんな状態の院部さんを、外出させたりしていないでしょうね」

「そりゃあ、もう」


彼がアパートを抜け出して登山に繰り出したことを、私は彼女に隠していた。

今日だけでも、食生活のずさんさについて、既に二時間ほど説教を受けているのである。これ以上は、私の精神的健康を損なう恐れがある。

誤魔化すように顔の前で手を振って、私は焼けた玉葱を皿に移すと、新品の割り箸を添えて彼女に薦めた。

「とかく、侵略宇宙人打破には、細かな役割分担が必要不可欠である。そこで、我々三人の階級を勝手に定めたから、これに従って、上のものには絶対服従せよ」

そう言って、懐から商店街でもらったチラシを取り出すと、彼は裏側に書いてある文字を読み上げる。

「すなわち、我元帥、大将鸚屋、我大佐、井筆菜軍曹、鸚屋伍長と、二等兵が井筆菜である」

「悪いんだけど、もう一回言ってくれないか」

ずきずきと痛み出した頭を抱えて、私はゆっくりとそう言った。院部は侮蔑の眼差しを私に向けると、再びチラシに目を落とす。

「すなわち、我元帥、大将井筆菜、我大佐、鸚屋軍曹、井筆菜伍長と来て、井筆菜が二等兵である」

「さっきと役職が違うみたいですが」

「うむ、戦乱の世は下克上であるからして、極めて自然なことであろう」

ぬけぬけとそう言い放つと、彼は苦虫をすりおろしたものでも見るような目つきで、湯呑になみなみと注がれた青汁を睨んだ。

「であるからして、こんなものは飲用しない、元帥命令であるぞ」

「上のものが飲まなきゃ、下の人たちに示しがつかないでしょう」

さぁ、と迫れられてたじろぐ院部を眺めながら、私はふと、ダンボールの中に転がっている、黒い球体に目を留めた。

他の武器が、子供の落書きじみたハリボテ具合であるのに、それ一つだけはなんの飾りもつていない、ただの球であったのが気になったのである。

手にとってみると、ずしりと重い。

これも他の物と同じように、ニキビ発生光線照射装置とか、そういう下らないものなのだろうか、と一人考えていると、どうにか青汁を飲み下した院部が、今にも死にそうな顔で、私の足元に這い寄ってきた。

「なあ、これは一体、どういう武器なんだ」

「ふん、つまらないモノを引き当てなすったな」

腕を奇怪に捻じ曲げてどうにか立ち上がると、彼は口をへの字に曲げて、それを手に取る。

「この武器庫の中でも屈指の役立たずでごぜいますよ、コンチクショウは。ブラックホール生成爆弾なのですがね」

まるで明日の天気のことでも話しているかのような軽い口調でそう言って、青ざめた私をよそに、炬燵の上に上体を投げ出す。


「起爆すると周囲の物質を取り込んで増殖、大体三分くらいで自重による崩壊を起こしブラックホールに成り上がるのでやんすが、いかんせん起爆装置を実家の雪隠に置き忘れてしまいなすりまして。何、二階から目薬のごとく落下させる程度の衝撃で、簡単にスイッチは入りやがるのでげすが、スターシップを沈めてしまった今日この頃、そんなことをしても逃げきれんのですがな」

何せ一気に膨張するものだから、太陽系くらいは楽々とのみこんでしまいやがる、と笑って、院部はその爆弾を、ぽんと私の方に放った。

泡を食ってそれを腹で受け止め、「ぐえ」と呻いてうずくまる私を、今度は千草が侮蔑を込めた目で見つめる。

「そんな物凄い爆弾が、こんな四畳半の押し入れに眠っている訳がないじゃあないですか」

もっともな意見ではあるが、しかし、彼が今までに持ち出した武器類は、能力こそ阿呆なものばかりではあったが、その殆どが正常に作動しているのである。

全自動電動耳掃除機然り、洗脳兵器カリキュラ・マシーン然り。可能性だけで言えば、この球体を侮り、受け止めなかった場合、私は人類で初めてブラックホールに飲まれて死んだ人間になっていたかもしれないのである。

何の名誉もありゃしない。仮にその名誉をここに讃える奇特な人物がいようとも、その人だって三分後には同じ運命をたどることになるのである。


彼女に院部の武器の危険性を早口に説明すると、私は痛む腹を押さえながら、爆弾を抱えながらおそるおそる立ち上がった。

「とにかく、そうと分かった以上、こいつを何処か安全な場所に移さなきゃ」

未だに半信半疑の表情を浮かべる千草は、しかし私の不気味なまでの必死さに気圧されたのか、やや引き気味に私の顔を見つめると、小さな手を差し出した。

「では、丁度良い所がありますから、それを私に預けていただけますか」




明くる日、千草の祖父である孫吉さんに家賃を収めるべく、私は朝の早いうちに、一○一号室の戸を叩いた。

顔を出した彼は、私を見ると露骨に嫌そうな表情をして、けれども、背後から愛孫が可愛らしい声で「伸太郎さん、ちょっと来ていただけますか」と言うのを聞くと、不承不承の態度で、私を内に引き入れた。

千草の「院部団蔵ヒトガタ説」を拝聴し、孫吉さんに家賃を支払って、さて帰るか、と腰を上げた時、ふと神棚が目に入った。私は思わずそこまで近寄ると、手を合わせて真剣に願掛けをした。

気が付くと、孫吉さんが後ろに立っていて、私の祈る姿を珍しいものでも見るかのように眺めている。

「最近の若いもんは、精々受験の直前にしか祈らんからな」

私は神棚を見上げて、曖昧に笑った。

別に私とて、急に信仰に目覚めたわけではない。第一、この祈祷は、御利益を願ってのものではないのである。むしろ、神罰を避けるための祈りと言った方が正確かもしれない。

一体どう誤魔化したのかは分からないが、しかし、いくら誰も触ろうとしないとは言え、彼女も罰当たりなことをするものだ。

神棚に鎮座するブラックホール生成爆弾を見上げて、私は今一度、心の底から我が身の安全を祈った。

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