表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

真実の愛(笑)の行方について

作者: 冬瀬
掲載日:2026/05/20




「ナディア・クロウェル。君との婚約は破棄させてもらう!」

「ええ。わかりました」

「……………………はっ?」

「どうぞ、そちらの男爵令嬢とお幸せに。真実の愛とやらがいつまで続くのかは存じ上げませんが、価値観の合うもの同士お似合いではなくて?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ――」


王立学園の卒業式にて。

婚約破棄を言いつけられた公爵令嬢は、凛とした笑みを浮かべていた。

婚約破棄を言いつけた第一王子は式に出席していた国王からその場で王位継承権を剥奪され、代わりに第二王子が公爵令嬢の手を取り大団円。

会場から追い出されたのは、婚約者どころか親にも見限られた第一王子と、彼に付き添う愚かな男爵令嬢だった。



――しかし、断罪劇の主役たちは知らなかった。



「……それで? 本当によかったんですか?」

「当然。僕は王座になんて興味はない。さっさと弟に譲るつもりだった」

「そうじゃなくてナディア様のことですよ。本気で好いていらっしゃったのでは?」

「さあ? 君がそう思うなら、そうなのかもしれないね?」



そのすべては、悪役たちによって最初から仕組まれていたことを。




 ◆◆◆




(……相変わらず、食えない人だな)


男爵令嬢ヴェロニカ・グレイスは、隣の青年を見てため息を吐く。


彼の名前は、ルイス・フィア・ラザフォード。

改め、ただのルイス。


つい先ほど勘当されたので、彼はもうこの国の貴族ではない。

会場から離れて周囲に誰もいないのを確認し、馬車を待つ中。もう演技をする必要がないと判断するや否や、まるで別人のように振る舞うルイスは、愚かな第一王子になんて見えない。


事実、彼は馬鹿ではない。


恋に溺れて婚約者を蔑ろにし、勉学も残念な第一王子をやっていたルイスだが、別にヴェロニカを愛している訳でもなければ、おそらく主席を争えるくらいには頭もいい。


ただ、王座につきたくないからという理由で何年もの間、自分を偽っていたというだけで。


「……とりあえず約束は果たしました。私は男爵家に顔出しに行きますけど、ルイス様はどうされるんですか?」

「――ああ。考えてなかったな」

「………………は??」


前言撤回。

この人は馬鹿なのかもしれない。

ヴェロニカは絶句する。


「じょ、冗談ですよね?」

「いいや? 婚約を破棄することで頭がいっぱいで、後のことは考えていなかった」


ルイスは苦笑して肩をすくめた。

慣れない人が見たら、きっと目が釘付けになる微笑を浮かべる彼に、ヴェロニカは頭痛がした。

演技を辞めたときから違和感があったが、すべてをやり切ったからといって無防備すぎやしないか?


「しっかりしてください。勘当されたとはいえ、あなたの継承を望む派閥はまだいるんですよ?」


「大丈夫だよ。王からも祝福されなかった僕の婚約と違って、あのふたりならすぐに結婚してアレンが王位を継ぐ。それに、第三王子のハロルドもいるしね」


「…………」


すっかり気の抜けてしまっているルイスに、ヴェロニカは言葉が出てこない。

勘当されたとはいえ、こんな状態で放っておいたら、よからぬ輩につけ込まれるのではないか??

そうしたら、今までの努力が水の泡だ。

彼には最後まで、愚かな第一王子として舞台から退場してもらわないといけないのに。


「僕のことは気にしなくていいよ。こっちはこっちでなんとかするから」

「……なんとかって……。行く宛はあるんですか? 今後の資金は?」

「うーん。知っての通り、愚かな第一王子に気を許せる仲間はいないから。……僕、顔だけはいいらしいし、そういう仕事なら簡単に見つかるんじゃない?」

「………………………………」

「はは。冗談だよ」


笑っているが、全く冗談に聞こえない。

ヴェロニカはぐっと拳を握った。

ルイスとはビジネスパートナーとして、学園に編入してからの一年間、ほとんど毎日のように顔を合わせていた。

だから、彼が本当は王子である自分を毛嫌いしていることも、政略結婚の相手が弟と惹かれあっているから身を引こうとしたことも知っている。

――自分の母親は、政略結婚で国王との仲が冷え切っていたことを、ずっと気にしていることも。


「はぁあああ……」


ヴェロニカは盛大に溜息をついた。

額に手を当てて、くしゃくしゃ前髪をかき乱す。

こんなに大きな溜息を人前でついたことはないと思う。


「……えっと。何か君を困らせるようなことを言ったかな?」


そんなヴェロニカの姿に、ルイスは眉尻を下げて首を傾げた。


「……ま、すか」

「ん?」


俯いたまま話出した声は届かず、ルイスが身を屈める。

演技を止めたルイスの振る舞いは、いちいち鼻につくというか。調子が狂うというか。

貴族の御坊ちゃまに情なんて湧かないと思っていたのに、このままここで別れたら、この元王子は何をしでかすか分からない危うさがあって、無性にいらつく。

――こんな腑抜けではなかっただろうが、あなたは。


「一緒に来ますか! 生活の目処がつくまで!!」

「………………え?」


苛立ちのまま、ヴェロニカは言った。

その提案は予想外のものだったらしく、ルイスは目をまん丸にしてヴェロニカを見つめる。


「というか、来てください。こんな腑抜けた状態で放っておいて何かあったら、私の報酬が帳消しになる」

「え。……え?」


腹を括ったヴェロニカが勢いよく話を進めるのを目の当たりにしたルイスは、理解が追いつかないらしく呆けた。


「あ。馬車きました。乗りますよ」

「……っ!?」


答えも聞かずにルイスの手を取ったヴェロニカは、無理やり馬車に彼を押し込む。


「ま、待って。僕のことはもう――」

「勘違いしないでくださいね。これはビジネスの延長です。もちろん、報酬はもらいますよ。たっぷり利子つけて返してもらうんで、働けるようになったらさっさと返してください」

「……!」


先に馬車に押し込んだルイスは目下のヴェロニカに瞠目した。


「それとも、本当に夜の仕事でもするつもりですか? 言っときますけど、今のあなたが城下に放り出されたらロクな仕事になんてつけませんからね?」

「…………」


じっとルイスの瞳を見つめる。

繰り返すが、ルイスは馬鹿ではない。

たとえ王家育ちの御坊ちゃまだろうと、このまま味方もなく街に放り出されたら、自分の身が危ういことくらい分かっているはずだ。


「――馬車、降りますか?」

「………………おり、ない……」

「なら、大人しく私の言うこと聞いといてください」


最終確認を終えて、ヴェロニカは御者に行き先を告げると自身も馬車に乗り込む。


「…………」

「なんですか。言いたいことがあるなら、見てないではっきり言ってください」

「……ごめん。その、君って演技してた時とは全然違って、本当は結構男前な性格なんだなと思って……少し、驚いた」

「あなたほどではないと思います」


ばっさり言い切るヴェロニカに、ルイスはきょとんと目を丸くした後、口元に手を当ててくつくつ笑い出す。


「ふ、ははっ……! そうだよね。そうだった。僕が言えたようなことじゃなかったね……!」


急に笑い出したルイスは、いよいよおかしくなってしまったのではないかとヴェロニカの頬は引き攣る。

ただ――。


(……この人、こんな風に笑えたんだな)


無邪気な少年のような笑い方を、止めようとは思わなかった。



 ◆◆◆



男爵家に到着すると、ヴェロニカはひとりで馬車を降りた。

「ちょっと挨拶してくるので、しばらく待っていてください」とだけ伝えて、数十分後。


「――もう、お養父さまなんて知らないわ!! わたしはルイス様と真実の愛を貫きます!!」


と、大きな声で一芝居打ちながら屋敷を追い出されたヴェロニカは、使用人に投げつけられたトランクを拾うと待たせていた馬車に飛び乗る。


「出してください! どこか遠くに!!」

「えっ。ど、どこかと言われましても……」

「なら、この分のお金で行けるところまで!」

「は、はい……。わかりました……」


御者に無茶振りを言い放ち、馬車が動き出して男爵家が遠のくのを見てから、ヴェロニカは一息つく。


「……さてと」

「はは……。君が切り替えるところ、なかなか慣れないな」


顔つきが変わって冷静に口を開いたヴェロニカに、それまで黙っていたルイスが肩をすくめた。

そうは言われても、いつまでも芝居をしていても仕方ない。

ヴェロニカはお構いなしに、トランクとは別に外套の下に隠し持っていた荷物を取り出す。


「とりあえず、これ着てください。あと、靴も履き替えて」

「……わあ。あんな短い時間だったのに、準備がいいね……?」

「こうなることも、あのご当主はお見通しだったんじゃないですか。知りませんけど」

「ふぅん……。君を見つけるくらいだから、きっとすごく切れる人なんだね。公では弱小貴族なのに」


ヴェロニカが男爵家に顔を出したのは、雇い主から残りの報酬を受け取るため。

言わずもがな、その雇い主とはグレイス男爵のことであり、ヴェロニカは彼から別れさせ屋として雇われて学園に潜入していたところだった。

無所属を騙っているが、ばりばりの第二王子派閥。

それがグレイス家だ。

弱小貴族なんて言われているが、今回の成功報酬の額を見る限り、底は見えない。敵に回したくない家である。


「もう仕事は終わりましたから関わることもありませんよ」

「あっさりしてるね。一応、養父だったんでしょう?」

「そういう設定だったってだけです。私に親はいません」

「……そっか」


向かい側に座ったルイスは、膝の上に服と外套を置いたまま。

一向に着替え出さないのを見て、ヴェロニカは告げる。


「服の文句は受け付けませんからね。今後は質素な暮らしになるんで、嫌ならとっととまともな働き口見つけることをお勧めします」

「城でも君が思うほど立派な暮らしはしてないから大丈夫だよ」

「そうですか。なら、さっさと着替えてください」

「……えっと。ここで?」


トランクの中身を確認していたヴェロニカは、そこでようやく顔を上げた。

見上げた先で見たルイスは、その整った顔に戸惑いを浮かべている。

どうやら、自分の前で着替えることに躊躇しているらしい。


「安心してください。あなたの身体に興味ないんで」

「…………うん。分かった。君がぜんぜん気にしてないってことは」


ルイスは少し呆れた眼差しをした後、服に手をかけるとあっという間に着替えを終えた。


「制服はどうしようか?」

「後で処分します。畳んでバッグにしまって置いてください。靴は荷物になるんで、適当に捨てましょう」

「わかった」


大きめのショルダーバッグに服をつめたのを確認して、ヴェロニカは報酬を分けたお金とナイフを差し出す。


「少しですけどお金と、護身用のナイフです」

「……いいの? 僕にこんなもの持たせて」

「男の人と二人きりになる時点で割とアウトですから今更ですね、その質問」


自分の力を過信しているつもりはない。

ルイスを連れて行くと決めた時点で、それに伴うリスクへの覚悟は終えている。

しれっと言ってのけるヴェロニカに、ルイスはハッと息を呑んだが馬車の揺れで彼女がそれに気づくことはない。


「――よし、と。それじゃあ、しばらく真実の愛ごっこして監視を撒きつつ、新居に移動しますか」


トランクを閉めて、ヴェロニカは車窓を眺める。


「……監視、やっぱりいるか……」

「まあ、当然ちゃあ当然でしょうね。あなたを連れて歩くなら、しばらく観光でもしたらいいと当主様に言われました。その分のお金もつけてくれたので、ほくほくです」


顔が曇るルイスとは打って変わって、ヴェロニカはふふんと鼻を鳴らして上機嫌。


「ルイス様はどこか行きたいところあります?」

「…………僕の、行きたいところ……?」

「はい。ひとつやふたつあるでしょう」

「……考えたこと、なかったな……」


これから楽しい卒業旅行だと言うのに浮かない返事をされて、ヴェロニカは小首を傾げる。


「なら、思いついた時に言ってください。それまでは遠慮なく、わたしの行きたいところに付き合ってもらうんで」


女の一人旅だと面倒もあるから、これは思わぬ収穫だった。

使えるものは利用させてもらう。何より、その旅行で使うお金は自分が稼いだお金だ。決定権はこちらにある。嫌でも付き合ってもらおう。

せっかく観光するなら、楽しまなければ損。

たとえ元王子を連れ歩かなければいけなくとも、彼は話が通じない男ではない。関係は良くもないが悪くもないので、ギブアンドテイクでうまくやりたいところだ。


(まあ、なんとかなるでしょう。お金はたんまり稼いだし)


――そんなわけで。

元第一王子のルイスと、孤児のヴェロニカ。

決して交わるはずがなかったふたりの、共同生活が幕を開けた。




 ◆◆◆




「とりあえず身分は隠しましょう。色々面倒なんで。綺麗な金髪も目立つんで、染めてもらっていいですか?」

「名前もそのままだと気付かれそうですね。あんまり変えても反応できないと思うので、これからルイって呼んでいいですか?」

「――ルイ! 見てください、海ですよ! 新鮮な魚介類が美味しいって聞いたので、絶対食べたいです!」

「すみません、宿の空いてる部屋が一部屋しかなかったみたいで。一緒でいいですよね?」

「ルイって、結構甘いもの好きなんですね。わたしのも一口食べますか?」


「………………」


屈託なく笑ってクレープを差し出すヴェロニカに、ルイスはグッと息を呑む。


(…………なんだ、これ……)


ヴェロニカにくっついて回るようになってから、はや二週間。

彼女と一緒にいると初めてのことばかりで、毎日が楽しかった。

もう自分には何も残っていないと思っていたのに、ころころと表情を変えて旅行を満喫しているヴェロニカを見ているのは面白くて。

最近では、そんな彼女に笑いかけられると、心臓がバクバク鳴るのだから困ったものだった。


「ルイ?」

「……あ、うん。えっと……。それじゃあ、もらおうかな?」


つぶらな瞳で表情を窺われて、ルイは我に返る。


「ルイのはクリームたっぷりですけど、こっちのチョコレートとバナナの組み合わせも最高ですよ」


そう言ってヴェロニカは自分のクレープを、ルイの口元まで差し出す。

このまま食べろ、ということなのだろうが、食べかけを人に食べさせてもらうなんて経験はなく、思わずじっとクレープを見つめる。


「……? 食べないんですか?」

「い、いただきます」


先ほどから反応が鈍いルイスにヴェロニカが不思議そうな顔をしているのが分かるから、ルイスは心を決めると片手を添えてクレープにかぶりついた。


「……うん。こっちも美味しいね」

「でしょう!」

「……っ、」


そして、感想を伝えれば満面の笑みが返ってくるのだから、勘弁してほしい。

食べたものをごくりと飲み込んで、ルイスは口を拭う素振りとともにヴェロニカから顔を背ける。


――可愛い。


どういう訳か、ヴェロニカがものすごく可愛く見えて仕方ない。

演技をやめた彼女は、猫をかぶるのをやめたはずなのに、あの時より俄然可愛く見えるのは何故だ。


ルイスはちらりと隣でクレープを頬張っているヴェロニカを盗み見る。


小柄な娘だ。

ふわふわした茶色の髪に、緑色の大きな瞳。

小さな口をめいいっぱい広げて、クレープを食べているのに、その噛み跡はルイスのそれよりぜんぜん小さい。


見た目は小動物を思わせるのに、その性格は男前。

決断力があり、この旅行も彼女がぐいぐい引っ張ってくれている。

時々、ルイスを異性として全く意識していない行動には悩まされるが、信用してもらえているとも取れる。


どこにも味方がいなかったルイスにとって、一緒にいてこんなに楽しいと思える人は、ヴェロニカが初めてだった。


「そろそろ新居に移動しようと思ってるんですけど、その前に寄りたい場所とかありますか?」

「……特にないかな」

「そうですか? なら、さっそく今日出発しちゃいますけど」

「うん。大丈夫」


――まだ、一緒にいたい。

離れようと思えば今すぐ離れることもできるのに、ルイスはそうすることができなかった。



 ◆◆◆



「……! さっすが、当主様。わたしの希望そのまんまだ!」


列車と馬車を乗り継ぎ数日。

王都から遠く東に離れた中都市のはずれ。

地図を頼りにたどり着いたのは、豊かな自然に囲まれた庭付きの家だった。


昔からの夢だった自分の家。


ヴェロニカは木でできた門を開けると、まっすぐ玄関扉に向かう。

渡されていた鍵を差し込み、ドキドキしながら扉を開けて。

ルイスが一緒なことも忘れて、家の中を大冒険。

決して広いとは言えない家だが、二階もあるし、木の温かみも感じるいい内装だ。必要な家具はすべて揃って、ここを報酬に与えてくれた男爵には改めて感謝しなければならない。


「ルイはここの部屋を使って――って、あれ……?」


興奮冷めやらぬまま後ろを振り向き、ようやくそこでルイスがいないことに気がついたヴェロニカは慌てて彼の姿を探す。


「あ、いた。そんなところで何してるんですか? はやく中に入ったらいいのに」

「……入って、いいの?」

「? 何当たり前のこと言ってるんですか?」


訳がわからないことを言い出すルイスに、ヴェロニカは怪訝な眼差しを送った。


「お、お邪魔します……」


はやく入れと玄関を開けて待っていれば、恐る恐るといった様子でルイスが入ってくる。


「中は結構綺麗なんですけど、とりあえず軽く掃除からですね。二階の空いてる部屋使ってください」

「う、うん」


借りてきた猫みたいだ。

落ち着かない様子で家の中を見渡しているルイスに、ヴェロニカはふっと笑う。


「ちゃんとした仕事が見つかって生活ができるようになるまで、ここがあなたの帰るところなんですから、おもてなしなんてしませんからね?」


客人扱いする気はない。

今日からルイスもこの家の住人だ。しっかり働いてもらう。

そんな意味を込めて放った言葉に、ルイスは大きく目を見開く。


「……僕の、帰る、ところ……」


馬鹿な王子を演じるのを止めてからも、彼が人の顔色を窺って表情を作っているのは気がついていた。

その顔の良さを活かして八方美人に笑顔を振りまいているルイスが、呆然として呟くのを聞いてヴェロニカは思う。


(……本当に、心を許せる味方がいなかったんだろうな……)


第二王子、第三王子と違って、政略結婚の間に生まれたルイス。

旅の途中で、彼の身体に鞭で打たれたような傷や刃物でついた傷がいくつもあるのを目撃してしまってから、ルイスが城でどんな扱いを受けていたのか察した。

貴族、それも王族となれば、さぞ裕福な暮らしをしているのだろうと思っていたのに、ルイスはどんな安宿だろうと、質素な食事だろうと、粗悪な荷馬車だろうと、苛立ちを態度に出すことも文句を言うことも一度としてなかった。


「――はい、これ。合鍵です」

「……っ、っ!」


同情、なのかもしれない。

しかし、それでも、ルイスと一緒に旅するのは嫌じゃなかったのは事実だ。


「なくさないでくださいね。勝手に持ち出したまんま消えたら怒りますからね」

「……ぅ、ん。うん。必ず。絶対に、なくさない」


渡した合鍵を握りしめるルイスは泣きそうに見えた。


(……今日の夕食は適当に済ませるつもりだったけど、ちょっと頑張ろうかな)


長時間の移動で身体は疲れていたが、ルイスがあまりにも嬉しそうにするものだから、気が変わった。

今日は新しい家の入居祝い。

あまり凝ったものは作れないが、先ほどキッチンをのぞいたら調理器具も調味料もびっしり揃っていたので、買ってきた肉を贅沢にまるごと焼いてしまおう。



 ◆◆◆



「うん。我ながらいい出来です。おしゃれなランチョンマットでもあればもっと良かったんですが、それはまた今度ですね」


机に並んだ料理に、ルイスは目を瞬く。


「すごい……。君は料理もできるの?」

「昔、厨房で働いてた時があったので簡単なものならある程度作れますよ」


そうは言うが、かなりの出来栄えだ。

じっくり焼かれたステーキにマッシュポテト、庭のカボチャで作ったポタージュ、チーズとキノコが載せられたバケット。

庭に生えていた花も飾って、どこから出てきたのかワインまで準備されている。


「ごめん。僕、ぜんぜん手伝えなくて。君も疲れてるのに」

「そこは、ありがとうって言うところですよ。せっかく入居祝いに張り切って作ったんですから、謝らないでください」


言いながら席に座ったヴェロニカに、ルイスは胸が締め付けられる。

彼女はさりげなくやっているらしいが、ルイスにとっては全部特別だった。


「ほら、冷める前に食べましょう。料理は出来立てが一番美味しいんですから」


立ちっぱなしのルイスに、ヴェロニカは平然と告げる。せっせとワインをグラスに注ぐのを見て、ルイスも神妙に席についた。


「……あり、がとう……」

「どーいたしまして」


そうして、遅れながらも小さく礼を言えば。

にっとはにかんで笑うヴェロニカと目が合う。


――ああ、ダメだ。これは。

好きにならない方がおかしいだろう、こんなの。


胸を締め付ける感情の答えが出て、ルイスは頭を抱えた。

まさか演技ではなく本当に彼女のことを好きになってしまうなんて、夢にも思っていなかった。


「それじゃあ、わたしたちの新居に乾杯!」

「――乾杯……」


掲げたグラスの中でワインが揺れる。

ヴェロニカは自分を異性としてまったく意識していないのに、この気持ちを知られでもしたら――。

きっと、怖がられる。一緒にはいられない。


「市場に寄ってから来たのは正解でした。ステーキにはリンゴのソースも用意してみたので、使ってみてください」


ヴェロニカは大きなステーキを切り分けると、マッシュポテトも添えてルイスの皿に載せる。


「……いただきます」

「どーぞ」


ルイスはステーキを食べた。

いつもはただの肉塊としか思わないはずのステーキは、スパイスが効いて食欲を刺激した。


ルイスはスープを飲んだ。

城で出されていた残り物のような冷え切ったスープとは違って、カボチャの甘さがしっかり感じられるほっこりする味がした。


ルイスはバケットを食べた。

パンなんて腹が膨れればなんでもいいと思っていた。

まだトロリとチーズが溶けてキノコと絡み合うバケットは、サクサクであっという間にひとつ平らげた。


「……おいしい。全部、今まで食べてきた物の中で一番美味しい」

「大袈裟ですよ。でもまあ、口に合ったみたいでよかったです」


本当のことなのに――。

ヴェロニカは照れたように笑って、自分もバケットをかじった。

ルイスが二口で食べ終わるそれを、小さな口でもぐもぐ食べている姿が、どうしようもなく愛しい。


(……ああ、もう。どうしろって言うんだ……)


ルイスはワインを飲んだ。

この程度では全く酔えないことを初めて恨んだ。



 ◆◆◆



「ヴェロニカ。どこか行くの? 街に出るなら僕も一緒に行く。すぐ支度してくるから待ってて」

「おはよう。簡単だけど、朝ごはん作ってみたんだ。上手くできてるかな?」

「あっぶない……! 力仕事は僕に任せて。高いところの作業も!」

「ただいま。頼まれてた分、買ってきたよ。パンを買ったらクッキーもおまけしてもらえたらから一緒に食べよう。僕、お茶淹れるよ」


ルイスとの共同生活は、びっくりするくらい順調だった。

ヴェロニカが困っていればすぐに手を貸してくれるし、家事もどんどん覚えて自ら進んでこなしてくれる。

王子だったことを忘れてしまうくらいには、ルイスはこの生活に馴染んでいた。


「ルイが淹れるお茶、すごく美味しいです。誰かに教わったんですか?」

「本当? 執事が淹れてたのを思い出して淹れてみたんだけど、そう言ってもらえるならちゃんと教わっておけばよかったな」

「……いえ。今のままで、充分美味しいですよ。クッキーもありがとうございます」

「はは……。全部君のお金で買ってるんだけどね……」


ルイスは、一度見ればだいたいなんでもできる。

こんなところで田舎暮らししているには、あまりにも勿体無い人材だ。

しかし、髪の色を染めて眼鏡をかけてみたところでルイスの顔の良さは隠せず、職を探そうにも悪目立ちするのを恐れてなかなか仕事が決まらないのが現状だ。


「……人前に出なくてもいい仕事があると嬉しいんだけどな……」


ぽつりと溢れた本音らしき独り言を聞きながら、ヴェロニカは紅茶をひとくち。

旅行中もひとりにすると、かなりの高確率で女性に話しかけられていたし、街で買い物していてもチラチラ視線が向いているのを知っているから、簡単に「とりあえず働いてみてから考えては?」とは言えない。


「――そういえば来月、街でお祭りがあるらしいですね」


思い詰めた様子のルイスに、ヴェロニカは話題を変える。


「それなら僕も聞いたよ。花祭りって言うんだって」

「商店街がお花でいっぱいになるらしいですよ。屋台も並ぶそうなんで、もしよかったら行きませんか?」

「!! 行きたい!」


思ったより食い付きがいい。

誘ってみてよかった。


(せっかくのお祭りだし、ルイの服も新しく買いに行こうかな。……わたしに遠慮して、必要最低限しかお金使ってないみたいだし)


あまり贅沢ばかりはできないが、たまには気分転換も必要だろう。


「ルイ。また来週、買い物に付き合ってもらえませんか?」

「もちろん。荷物持ちなら任せて」




 ◆◆◆




「よし。これも買いましょう」

「ま、待って。服を選んでくれるのは嬉しいけど、今ある分でも充分足りてるよ!」


古着屋で次々に服を購入するヴェロニカに、ルイスは慌てた。

どこかの貴族や豪商から回ってきた新品同然の古着は、流れ物。気に入ったものはその時買わなければ無くなってしまう。

しかし、そんなに買わなくても、今着る分には困っていない。


「せっかく今度お祭りがあるんですから、たまにはおしゃれしましょうよ。あ、これなんかも似合うと思いますよ?」


さらっと言って、ヴェロニカは手に取った服をルイスに当てがう。


「男の人の服を選ぶのって初めてなんですけど、ルイは顔がいいからなんでも似合って選ぶのが楽しいですね」

「〜〜っ!」


ふむふむとスタイリングを確認して楽しんでいるヴェロニカに、ルイスは行き場のない手をどうすることもできない。


「じゃ、じゃあ、僕も君の服、選んでいい……?」

「え。わたしのですか?」

「うん」

「うーん。買うつもりなかったんですけど、ルイがそう言うなら選んでもらいましょうか」


ルイスの服だけ買って終わりにしようとしていたと知って、無意識に拳を握る。

――本当は、自分が服を贈ってあげたかった。

無職のヒモ状態であることが、こんなに無力だなんて知らなかった。

しかし、仕事が見つかれば、あの家を出て行かないといけない。

板挟みだ。


「服を買ったら休憩しましょうね。喉乾いちゃいました」

「そうだね。どこか座れるところを探そうか?」

「さっきフルーツジュースを絞ってる露店があったので、あっちのベンチで飲みましょう」


すでに目星をつけていたらしいヴェロニカに頷くと、ルイスはヴェロニカの服探しに舵を切る。


「――これとか、どうかな?」


吊るされた服をかき分けて見つけたのは、花の刺繍が施されたワンピース。


「……わ! いいですね。ルイは目利きもできちゃうんですか? ちょっと丈が長いですけど、家に帰ったら直して着ます!」


ヴェロニカが喜んでいる姿を、もっとみたい。

きらきら目を輝かせる彼女に、ルイスの心は揺れる。


「それじゃあ、私は飲み物買ってくるので、ルイはベンチで待っててくれますか? 荷物もたくさんあるし」

「……わかった」


服を買い終えると、ルイスはヴェロニカと別れた。

ベンチに座ってひとつ溜息を付き、どうしたものかと頭を悩ませる。


――それから、どれだけ時間が経っただろう。


「……遅くないか……?」


考え事をしていたから時間の感覚が狂ったのだろうか。ヴェロニカが一向にベンチに来ない。

まさか場所を間違えたかと思って周囲を見渡すが、彼女の姿は見えなかった。


「…………」


嫌な予感がした。

ルイスはベンチの脇に出ていた屋台に荷物を預けさせてもらうと、ヴェロニカが買いに行ったはずの露店に走る。


「すみません。ここに茶髪に緑の目をした女性が、ジュースをふたつ買いに来ませんでしたか?」

「ん? それなら、さっきそんなお嬢さんがいたよ。確か向こうに歩いていったと思うけど」

「……っ、ありがとうございます」


ヴェロニカはすでに買い物を終えていた。

しかし、ここに来るまでにすれ違っていない。


焦る心を押し殺し、ルイスはヴェロニカの姿を探した。


「ヴェロニカ! ヴェロニカ!!」


人目を憚らず、彼女の名前を呼ぶが返事はない。


「お、お兄さん。もしかして、緑の目の女の子を探してるかい?」

「! はい、そうです……!」

「その子、さっきそこの道で誰かに引き止められてたんだ。様子がおかしいみたいだったからアタシも止めようとしたんだけど、連れて行かれちまって!」


通行人から聞いた話に、血の気が引いた。

ルイスは指さされた道に走る。

薄暗い小径には、フルーツジュースの瓶が転がっていた。

――誰かに、連れ去られた。

ルイスは状況を理解して、息を殺す。

音を立てないように小径を進み、耳を澄ませる。


「まさかこんなところで会うとはなぁ、三十番。オレたちを売っておいて、よくもまあ幸せそうに暮らせたもんだ」


そして、聞こえた。


「お前が孤児院を売ったあと、オレ達がどうなったと思ってんだ? 見ろよ、この火傷。本当に死んだ方がマシだったぜ。育ててやった恩も忘れて仇で返されるなんてなぁ?」

「……は、な……せっ」


物陰からのぞいたそこには、火傷の跡がひどい男が壁に押し付けるようにしてヴェロニカの首を片手で絞めていた。

苦しそうに顔を歪めたヴェロニカが見えて、ルイスの中で何かが音を立てて切れる。

気が付いた時には、男の頭を蹴り飛ばしていた。


「がはっ……!?」


倒れ込んだ男に乗り掛かると、すぐに締め技をかける。

失神したのを確認するまで、ルイスは手を緩めなかった。


「……ル、イ……。ごほっ……」

「っ、ヴェロニカ!」


地面に座り込んだヴェロニカの声を聞いて、ルイスは自分のベルトで男を縛ったあと、彼女の元に駆け寄る。


「来るのが遅くなってごめんっ。もう大丈夫だから……!」


咳き込むヴェロニカの背中をさすっていれば、彼女の手が震えているのが分かった。


「すぐここを離れよう」


ルイスはヴェロニカを抱き上げる。


「――おい。いるんだろ。処分しておけ」


そして、ルイスは誰もいない小径で声を張った。


「それと忠告だ。今後、彼女の身に何かあったら、僕は王の首を取りに行く。どんな手を使っても、絶対に」


たとえ継承権を失っても監視役が外れることはないくらい、ルイスも分かっていた。

まだ生かされているのは、自身に利用価値が残っているからということも。


「あと仕事の件だけど、僕たちの安全確保を条件になら応じると伝えておけ」


それだけ言い残すと、ルイスは歩き出す。


「……ルイ……」

「…………ごめん」


しっかり話を聞いていたヴェロニカの心配そうな瞳と目が合う。

助けられてばかりで、守ることができない自分をこれほど失望したことはない。


ルイスはヴェロニカを抱えたまま荷物を回収し、馬車を呼んで家に帰る。


「すみません……。わたしのせいで、色々と……」

「君のせいじゃない」


家についてソファに座ったヴェロニカは、暗い顔で謝罪を口にする。

その首にあざができているのを見て、ルイスの胸中は黒く染まる。


「さっきの男は、わたしが育った孤児院の幹部で……。子どもを売って悪どいことをしていたのを、わたしが外に漏らして助けを呼んだのを恨まれてまして……。まさかあんなところで会うとは思ってなくて、油断してました……」

「……そっか……」


深くは聞けない。嫌な記憶だろうから。

ルイスはお茶を淹れると、ヴェロニカの前にカップを置いた。

これが本当に偶然起きた事件なのかどうか、事実は分からない。ただ、元第一王子という身分が切っても切れないことは、よくよく分かった。そのせいでヴェロニカにまで危険が及ぶかもしれないということも。


「もう二度とこんな目には遭わせない」

「……っ、それは!」

「僕のことなら気にしなくていい。大丈夫だから」

「駄目です。せっかく城を抜け出せたのに、わたしのせいでまたルイが利用されなきゃいけないなんて!」


ヴェロニカは、ルイスの服を掴んだ。


「お金ならあります。本気で逃げれば、あなたひとりだったら誰にもバレずに身を隠して暮らせるはずです。だから――」

「ごめんね。それはできない。君と会えなくなるのは嫌だから」

「………………へ?」


唖然とした彼女と目が合うが、これ以上は弱っているヴェロニカに今伝えることはできない。


「今日はもう休もう。今、お風呂の準備してくる」


ルイスは腰を上げると浴室に逃げた。




「……あぶ、なかった……。全部口に出るところだった……」


水を溜めながら、ルイスは独りごちる。

――君のことが好きだから、ずっと一緒にいたい、なんて。

自分のせいで危ない目に遭ったかもしれない彼女に、伝えられるはずがなかった。




 ◆◆◆





「ヴェロニカ。僕、しばらくここを留守にするよ」

「え?」


首のあざも綺麗に消えた頃。

朝食の席でルイスから放たれた言葉に、ヴェロニカは手を止めた。


「三、四日くらいだと思う。そう長くはかからない」

「……それって、王家と取引するってことですか」


尋ねれば、ルイスは無言のままパンを口に入れる。

それが肯定を指していることは明白で、ヴェロニカは絶句した。


「な、なんで……! あんなに王家と縁を切りたがってたのに!」

「結局、切っても切れない縁はあるって分かったから。だったら、その縁を利用したほうがいいと思っただけだよ」

「……でも」

「大丈夫。心配しないで、上手くやる自信はある。それに、そろそろ僕も仕事がほしいんだ」


不敵に笑って見せるルイスに、ヴェロニカは閉口する。


「花祭りまでには、絶対に帰ってくるから。一緒に行こう」


ルイスの決意は固かった。

朝食を食べて皿を洗ったかと思えば、彼はすぐに荷物をまとめて出発の支度を整える。


「それじゃあ、いってくる」

「……いってらっしゃい」


いつの間にか習慣になった挨拶をして、ルイスは家を出て行った。





ひとりになった家は、とても静かだ。


朝起きてリビングに降りても、おはようが聞こえない。

庭に作った畑に水を撒く作業を手伝ってくれる人はいない。

せっかく手の込んだ食事を作っても、美味しいと言って嬉しそうに食べてくれる人はいない。

買い出しから帰っても、家は真っ暗で、おかえりと言ってはもらえない。


最初の三日は耐えられた。

しかし、四日、五日と日が過ぎて、ヴェロニカはだんだん不安になった。


「……このまま、帰って来なかったら……」


ぽつりと呟いた自分の言葉が、静かな部屋に染み込んでいく。

もともとルイスとの共同生活は、彼が自立できるまでのものだった。

その後はたんまり入った報酬で、スローライフをひとりでエンジョイする予定でいた。


それなのに、なんだ、この感情は。


夢だった自分の家。

庭で野菜を育てて、空いた時間は本を読んで、ちょっと凝った料理を作って。

自分のためにたっぷり時間を使えて、好きな時間に起きて好きな時間に寝て。

何も不満なんてないはずなのに。

自分が望んだ生活のはずなのに、楽しくない。


この前まで、毎日あんなに笑って過ごしていたはずなのに、自分ひとりだけのために作る料理が、こんなに楽しくも美味しくもないとは知らなかった。


どうして楽しくないのかなんて、その理由はもう分かっている。


『ヴェロニカ。これ、すごく美味しい!』

『おかえり。君がおすすめしてくれた本、読み終わったんだけどよかったよ。特に最後の章の独白、感情がのってて読み込んじゃった』

『見てみて、ヴェロニカ! 君の名前と同じ花を譲ってもらったんだ! 玄関で育ててもいいかな?』

『おやすみ、ヴェロニカ。今日もいい夢を』


全部、ルイスと一緒だったから、楽しかった。

彼が答えてくれるから、色んなことを意欲的にできた。


「…………もう終わっちゃいましたよ、花祭り。一緒に行くって言ったじゃないですか……」


ふたり分作った夕食を前に、ヴェロニカは唇を噛み締める。


真実の愛を騙って始まったルイスとの関係。

はっきり言って真実の愛なんて馬鹿にしていたのに、まさか、こんな形でしっぺ返しを食うなんて思わなかった。


すっかり冷めてしまった食事を前に、ヴェロニカは頭を伏せる。

いくら待っても、ルイスは帰って来ない。

じわりと滲んだ涙を腕で擦ってなかったことにすると、ヴェロニカの重くなった瞼は次第に閉じていく――。


そして。




「――ニカ。ヴェロニカ!」




次にヴェロニカの目を覚ましたのは、自分の名前を呼ぶ声。

追って肩を揺すられているのが分かって意識が覚醒すると、そこにはここ数日ずっと待っていた人がいる。


「ごめん。夕食、作って待っててくれてたんだね」


ダイニングテーブルで寝ていたヴェロニカの横に膝を付いた美丈夫が、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


――ルイスが、帰ってきた。


そう頭で理解するより先に、身体が動いていた。


「っ、!? ヴェ、ヴェロニカ!?」


ヴェロニカは、すぐ横にいるルイスを抱きしめる。

急に頭を抱えるように抱きつかれたルイスからは、戸惑いの声が上がったが、ヴェロニカは抱きしめる腕を強くする。


「……もう、帰って、来ないのかと……」

「ごめん。本当に、ごめん! 約束も守れないどころか、連絡も出せなくて! 想定外のことが重なって、どうしても帰れなくなって……。早く帰りたくて馬を飛ばしてきたんだけどっ……」


必死に謝るルイスから汗の匂いがして、ヴェロニカは腕を緩めた。

少し頬を赤く染めたルイスをよく見れば、目の下にクマができているし、服に汗が滲んでいる。

きっと、寝る間を惜しんで帰ってきてくれたのだ。ここに。


それが、どうしようもなく嬉しくて、ヴェロニカはルイスの頬を両手で挟んだ。



「……おかえりなさい。…………寂しかった」


言葉にすれば、胸につかえていた感情がストンと落ちた。

この人に会えなくて、寂しかった。

またここに帰ってきてくれて、嬉しい。


じわっと涙腺が刺激されて泣きそうになるのを耐えながら綻ぶヴェロニカに、ルイスは目を見開く。



「――好きだ」



好きな人にそんな顔をされて、ルイスは黙っていられなかった。

頬に添えられた手を握り、真正面から直球で告げる。


「他の誰にも触らせたくない。僕だけの帰る場所でいてほしい。ずっと僕の隣で笑っていてほしい。愛し合うのは君とがいい」


緊張で、手が震える。

真実の愛がなんだ。そんなもの何の価値もないし、そもそも愛されずに生まれてきた自分には関係がないと。そう思っていた。

ヴェロニカを好きになるまでは。



「これからも、ずっと一緒にいさせてください」



心臓がばくばくと音を立てる。

数秒が、永遠のように感じた。



「――はい。わたしも、おかえりと言うのはあなたがいい」


くしゃりと笑ったその顔をみたらもう、ルイスは止まれなかった。

手を伸ばし、顔を寄せる。

すぐそこに迫った緑の瞳は目を閉じた。



――これが真実の愛と言うならば、たとえ一生馬鹿にされても構うものか。



本気でそう思った。


読了ありがとうございます!

よかったらご評価よろしくお願いします!

別件ですが宣伝失礼します!


◆5/18発売◆

「悲劇のヒロインな義姉には、結婚して幸せになってもらおうと思います」ガガガブックスf様

→シンデレラの三女ポジション、マルカ様が虐げられている義姉のために暗躍する話です! Web版から半分ほど加筆しました。ざまぁ要素増えてるかと思いますので、ぜひ!

挿絵(By みてみん)


◆5/20よりコミック・シーモアさま先行配信◆

「聖女付きメイドは、憧れの騎士に溺愛される」

→こちらは、コミカライズがスタートしました。

 小説は電子のみです。脇役なふたりが主人たちに振り回されながらも距離を縮めていく、素敵な漫画に仕上げていただいております!


お手にとっていただけましたら光栄です。

それでは!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
真実の愛は結果だと思うんだよなぁ 死別なりどうにもならない状態での別離で壊れる時までの結果でその愛は真実だったかどうかが決まるのに、愛どころか恋の段階で真実の愛かどうかなんてわからないと思う
続きはないんですか……!!?? 家で主夫してるのもなんかいいけど、そこから暗躍してくれてもいいかな…とかね。 追放された二人の駆け落ち逃避行、いいですね…燃えますね…!!
この2人には幸せになって欲しいですね(そのうち王家との繋がりは断つ方向で)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ