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第8話『あぁ、まったく無念だな。』

降り始めた雨は台風の影響か、山に居るからか、突然の土砂降りになった。


打ち付ける様な雨の中を僕たちは車に向かって急いでいたのだが、不意に陽菜は何かを見つけたのか、進行方向では無い方を見ながら立ち尽くしている。


「陽菜! どうしたんだい? 風邪を引いてしまうよ!」


「……あいつだ」


「陽菜?」


「天野が、居た!!」


「陽菜!」


陽菜は土砂降りの中を走り、さらには陽菜の声を聞いて光佑やひかりも走り出してしまう。


そして僕もまた、このまま車に向かう事など出来ず、三人を追いかけて雨の中走るのだった。


このままどこまで向かうのか考えながら走っていた僕だったが、陽菜はそれほど遠くへ向かうつもりは無かった様で、川がすぐ近くに見えるやや小高い場所で立ち止まるのだった。


「お揃いで。こんな山奥にどうしたんだ?」


「……天野」


その男は土砂降りの中だというのに、何も気にした様子も見せず、雨に打たれながら笑っている。


「まるで仇敵を見るような目だな。俺のお陰でお前らは今楽しく過ごしてんだろ?」


男はまず光佑に目を向けた。


「東雲翼の願いで、生き永らえて」


それからひかりへと視線を移す。


「未来を手にし、大切な物の命を助け」


最後に陽菜へと視線を合わせた。


「同じ夢を持つ者と本来は存在しなかったはずの未来を生きる」


天野という男の言葉に陽菜が僅かに震えたのを見て、僕はこの男が敵であると判断した。


世界とか世間とかは関係ない。陽菜の事を傷つけようと考えるのならば、僕の敵だ。


「それくらいにして貰おうか。天野さんとやら」


「ん? お前は」


「僕かい? 僕はジョージ・ウィルソン。この世界で最も偉大な役者だ」


「ほぅ。お前がそうか。なるほど運命とは奇妙な物だな。いや……それすらも神の描いたシナリオか?」


「何のことだ?」


「お前には関係ない話さ。ただ、そうだな。お前たちがここへ来てしまった事で運命は大きく変わろうとしている様だぞ」


「……なに?」


男はニヤリと邪悪な笑みを浮かべると真っすぐに指を川に向かって差した。


僕もその指の動きに従って視線を動かし、それを見つけて目を見開いた。


そして、すぐに丘から駆け下りて川へと向かう。


「ジョージさん!?」


後ろから光佑の声が聞こえてくるが、それに返事をしている余裕は無かった。


僕は既に膝のあたりまで水位が上昇している川に足を突っ込んで、下流に向かって流されそうになりながらも、必死に中洲へと向かう。


そして、何とかたどり着いた僕は、そこで立ち尽くし泣いている先ほど出会った少女の元へと歩み寄った。


「こんな、ところで、どうしたんだい? 小さなお姫様」


「あ、あ、お花のおじちゃん!」


独りで不安だったのだろう。僕に抱き着いて涙を流す。


そんなさなちゃんの背を撫でながら僕は急速に水位を増してゆく川に向かって再び足を踏み出した。


先ほどは膝だったというのに、既に太ももの辺りまで水位は増しており、すぐにでも避難しなければいけない状況だ。


川の向こう側では陽菜やひかりが叫んでおり、光佑は電話をしながら何処かへ向かい走ってゆく所だった。


声は聞こえない。


それだけ打ち付ける雨が強いからだ。


もはや耳には恐怖に震えるさなちゃんの泣き声と、雨音しか聞こえなかった。


それでも、僕は中洲へ来た時と同じ様に一歩、また一歩と確実に川の中を進みながら岸へと向かって歩み続ける。


こんな事もあろうかと。という訳では無いが、鍛えておいて良かったと思う。


余裕はないが、これだけ水位が増えている状況であっても、僕は確実に岸へ向かって歩けているのだから。


しかし……川の中頃に達した頃、僕は一気に膨れ上がった水位に足を取られ、流されそうになってしまう。


先ほどまで太ももの半分くらいだった水位は一気にあがり、僕のお腹くらいまで来ていたのだ。


正直、ここで踏ん張る事が精一杯で、先へ進む事が難しい。


かと言って、このままここに居ては助かるものも助からないだろう。


僕は覚悟を決めて、この子だけでも助けようとまた岸へと戻ろうとした。


そんな時、岸から雨音を切り裂く様に鋭い声と共に、僕の目の前に一本のロープが届く。


「ジョージさん!! それに捕まって下さい!!」


「光佑か! 助かる!」


僕は右手でロープを掴みながら左手でさなちゃんを支え、ロープを手繰りながら、岸へと再び歩き出した。


しかし、そんな悠長な事をしている時間は、既に無かった。


溢れ、荒ぶる川の水は僕の体にぶつかって跳ね、僕の全身を、そして恐怖に震えるさなちゃんを濡らしてゆく。


このまま立っている事すら難しい状況になってしまった。


「……これは、困ったね」


「ジョージさん!!」


光佑は自身の体にロープを巻き付けて、これで引っ張ると叫んでいる。


しかし、この勢いでは僕とさなちゃんの体を支える事などいかな光佑でも難しい。


最悪は三人で濁流の中だ。


僕は必死に思考を巡らせながら、何とか一歩を踏み出してみようとするが、やはりそこから先へ行くのは難しかった。


そんな僕に、一つの声が届く。


「ジョージ・ウィルソン」


「……君は、確か天野と言ったか」


「お前が願うならば、どの様な願いでも叶えてやろう」


「それはありがたいね。例えば、僕とさなちゃんを岸へ戻してくれっていうのも可能なのかい?」


「あぁ。だが、代償がいる」


「その代償を聞いても?」


「お前の大事な物だ」


「……そうか」


悪魔というのはどこにでも居るんだなと僕は溜息を吐きながら考え、光佑から託されたロープを怖がるさなちゃんに巻き付ける。


危機的状況に現れ、お前を助けてやるなんて甘い言葉を囁きながら、自らの大切な物を捧げさせる。


実に愚かだ。


そして、実に悪辣だ。


悪魔らしいやり方とも言える。


「残念だが、僕はこれでも信心深い人間でね。神が容易く人に手を貸す事など無いと理解している」


「ほぅ」


「神が人に手を貸すのは、人事を尽くした後さ」


「だが、全てを捧げたお前を神が見捨てるかもしれんぞ」


「実に悪魔らしい質問だね。さっきも言ったが、僕はこれでも信心深いんだ」


僕は当たり前の様に空を飛び、川の上に立つ天野を睨みつけて、僕の考えを示すのだった。


「神が僕に救いの手を差し伸べないというのならば、既にこの世界で僕に出来る事は無いという事さ。この身朽ち果てるなら、魂は天界で我が神に才を捧げようとも」


「ふっ、そうか」


僕はしっかりとロープをさなちゃんに巻き付けた事を確認して、不安そうに揺れるその瞳に笑いかけて頭を撫でる。


そして光佑に視線を向けると、僕は渾身の力で叫んだ。


「光佑!! 必ず、助けてくれ!!!」


「ジョージさん!!? 駄目だ!! 貴方も」


「確実に助けられる命を助けろ!! それが君の役目だ!」


「くそっ、俺は! また!」


既に光佑の近くには人が集まってきており、さなちゃんに繋がっているロープの他、光佑自身も体にロープを巻き付けて、近くの男たちに説明している様だった。


これならば、確実だと僕は笑いながら、合図をして、既に川へ足を踏み込んでいる光佑に向かってさなちゃんを放る準備をする。


「さなちゃん。すぐにお父さんの所へ帰れるからね。目を閉じて、体を丸めるんだ」


「う、うん」


「少し怖いかもしれないけど、すぐ助かるからね」


「うん、でも、おじさんは」


「おじさんもすぐに岸へ向かうよ。大丈夫。また会えるさ」


「……わかった」


「じゃあ、少しの我慢だ。さ。目を閉じて」


僕の言葉にさなちゃんは強く目を閉じて体を丸めた。


僕はそんなさなちゃんの頭を撫でて笑う。


「良い子だ。行くぞ!! 光佑!!」


「分かった! でも、さなちゃんを助けたら、次は貴方だ!!」


「あぁ、分かっているさ」


僕はさらに水位を増している川の中で、いつかのアクション映画を思い出しながら、かの映画のヒーローの様に綺麗な姿勢でさなちゃんを光佑に向かって放る。


まだ幼い子供だけあり、そこまで重くないさなちゃんは空中を飛び、そして光佑に受け止められた。


流石は全世界が期待したエース。


怪我をしていたとしても、フライは見逃さない。


さなちゃんは光佑に泣きながら抱き着いて、共に岸へ向かい、お父さんに抱きしめられて大声で泣いていた。


僕はそれを見て、良かったと心から安堵する。


「お前はどうするんだ?」


「あぁ、まだいたのか」


「まぁ、まだお前が願う可能性があるからな」


「ふむ。そうか。ちなみにお前はどんな願いでも叶えられると言っていたな?」


「出来るぜ」


「なら、一つ頼まれてくれるか。陽菜に。『短い間だったが、君の父になれて良かった』と」


僕はまた強くなった雨音でもはや何を言っているのか聞こえない陽菜を見ながら想いを口にする。


「そして、朝陽と光佑とひかりに『陽菜の事を頼む』と」


「それだけで良いのか?」


「あぁ。いや、すまない。最後にもう一人だ。里菜に。夢咲里菜に『愛していた』と伝えてくれ」


「分かったよ」


僕は姿を消した悪魔から視線を岸に移し、こちらに来ようとしている陽菜とそれを止めようとしているひかり。


そして大勢の大人に止められている光佑を見た。


あぁ、まったく無念だな。


もっとあの子たちと時間を過ごしたかったものだ。


まったく。


本当に、無念だ。




そして、僕はさらに勢いと水位を増した川に飲み込まれ、自らの体を支える事も出来ずに濁流の中に飲み込まれていくのだった。


微かに、僕を呼ぶ陽菜の声を聞きながら。

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