第7話『あぁ。僕に任せてくれ! 大船に乗ったつもりでね』
「ジョージさん。明日、この山に行こう!」
それなりに陽菜と一緒に過ごして分かった事は、唐突にこうして何処かへ行きたがるという事だった。
その場所に共通点はあまりなく、強いて言うなら国内に絞られているという事だけだ。
前回行ったのは隣町の公園であったし、その前には海が見えるビルの上であった。
本当に共通点らしい共通点はない。
しかし、僕には分からなくても何か陽菜の中で興味がある何かがあるのだろうと考えていた。
だから陽菜が望むなら、僕も良いよと頷こうかと思ったのだが、今回は今までとは事情が違った。
何故ならば、今ちょうどこちらに向かって台風が来ているからだ。
そんなときに山へ行けばどうなるか。
考えるまでもない。大惨事だ。
土砂崩れだって怖いし、近くに川があれば増水して流される事だってあり得る。
だからこんな危険な事は駄目だとハッキリ言うつもりだった。
無論、僕一人では難しい説得も、光佑が一緒ならば陽菜もちゃんと分かってくれるだろうと考えて。だ。
しかし、意外な事に光佑は僕が助けを求める様に視線を送ると、陽菜と意見を合わせながら僕にお願い出来ないかと聞いてくるのだった。
驚きである。
光佑は陽菜が危なくなる様な事はしないと思っていたのだが、危険な選択を取るなんて。
「別の日にする事は出来ないのかい? 今は台風も近づいているし、危険だ」
「駄目。明日じゃないと駄目なの」
「しかしな」
「お願い。危険な事は何もしないから。いう事だってちゃんと聞くよ?」
「……本当に危険な事はしないね?」
「うん。約束する」
「分かった。なら僕が危ないって判断したらそれ以上危険な所へは行かない事。良いね?」
「約束するよ!」
「じゃあ行こうか。さ、そうと決まれば準備をしよう。明日は朝早くから出るからね」
「はぁーい!!」
陽菜は元気よく手を上げながら、自分の部屋に帰ってゆき、光佑も同じく準備をする為に部屋に向かっていった。
何とも不安になる光景である。
しかし、頷いた以上はしっかり状況判断をしなくてはいけないな。と僕は気合を入れるのだった。
「あの、ジョージさん」
「なんだい? 綾ちゃん」
「その陽菜ちゃんとお兄ちゃんの事」
「心配かい?」
「……はい。何だか二人とも何かに取りつかれたみたいで。昔は全然こんなじゃ無かったんですけど」
「そうか。心配だね」
「だから、あの。こんな事頼むのもおかしいかもしれないんですけど、二人の事、お願いしても良いでしょうか」
「あぁ。僕に任せてくれ! 大船に乗ったつもりでね」
僕は綾ちゃんを安心させるように笑うと、自分の胸を叩いてさらに安心感を追加するのだった。
そう。危険な所へ近づくことは無いのだから、何も起こるはずは無いのだ。
そして翌日。
僕は陽菜や光佑、そしてひかりちゃんと共に二つ隣の県にある山に来ていた。
天気はまだ快晴で、台風も遠い空の向こうにある為、急いで用事を終わらせれば家に着くまで降られる事はないかもしれない。
そんな空気の中、僕たちは車から降りてそのキャンプ場へと足を下ろした、
陽菜がどうしても来たいと言った割には特にこれと言った珍しい物はなく、至って普通のキャンプ場に見える。
ただ、台風が来るという情報があるからか客は僕たち以外に二組くらいしか居ない。
「ここだね。ひかりちゃん。見える?」
「……いえ。それらしい人は居ませんね」
「そうなんだ。じゃあこれから来るのかな」
「単純に客の中に紛れていないという事もあるんじゃないのか?」
「そうなのかなぁ。じゃあまだ時間が掛かるって事かぁ」
僕は何やらヒソヒソと話し合う子供たちを見ながら、残っていた缶コーヒーを飲み干した。
そして、どうやって時間を潰すかと考えている子供たちに一つの提案をしてみる事にする。
折角川の近くに来たのだから、釣りをしてみないかと。
幸いにもこの提案は受け入れられる事になり、僕たちは川で釣りをする事になった。
椅子とクッションを置いて、そこに座りながら釣り糸を投げ込み獲物を待つ。
のんびりとした穏やかな風景だ。
別に本気で魚を釣ろうと考えている訳ではなく、ただこうしている時間が良いのだ。
だから何となく、皆も釣れないのだろうと思っていたのだが、ここで素晴らしい才能を示したのはひかりちゃんだった。
彼女は水面で光っている所に投げているだけだと言うのだが、その結果、次々と魚が釣れてしまう。
まさに異常事態だった。
これが天に釣りの才能を貰ったものかと僕は思わず感動で震えてしまうのだった。
「むー。ひかりちゃんばっかりズルい……私は全然釣れないのに」
「あ、いや、これは、その、偶然だから。へっ、へへ」
「ひかりちゃんさぁ。何かズルしてない?」
「エ!?」
「視てる、よねぇ?」
「ナ、ナンノコトヤラ」
「私に嘘吐くの? そういう酷い事をひかりちゃんは友達にするんだ?」
「イ、イヤ、アノ」
「あー!! やっぱり、ひなちゃんだー!!」
陽菜がひかりちゃんに圧をかけながら追い詰めていた時、不意に遠くから幼い子供の声がした。
そしてその声はあまり具体的な言葉を発しないまま、陽菜の所まで近づくと、そのまま抱き着いた。
幼い少女である。
嬉しそうに、笑顔のまま陽菜に抱き着いている。
陽菜も驚いてはいるが、特に嫌がっている様子はないようだった。
「ひなちゃん! ほんものだー!!」
「あらら。すごい元気な子」
「本当ですね。陽菜ちゃんにそっくり」
「私が子供っぽいってこと?」
「イ、イエケシテソンナコトハ」
「ギロッ」
「ひえ」
僕は陽菜とひかりちゃんのやり取りに苦笑しながら、小さな子に近づいた。
そして営業用の笑顔を作ると、怖がらせない様にしゃがみながら、視線を合わせて話しかける。
「こんにちは」
「……こんにちは」
その子は、僕が近づくとやはり怖いのか、陽菜に強く抱き着きながら僕を警戒している様子だった。
しかし、こういう子に見てもらうのが僕の仕事でもある。
僕は懐から一枚のハンカチを取り出すとそれを右手に被せ、そして1、2、3と数字を順に唱えながら左手でハンカチを覆った右手を指さした。
そしてやや派手にハンカチを取りながら、右手にその辺に生えていた綺麗な花を持ち少女に分かりやすく見せる。
「わ、わ、すごーい! お花だー!」
「このお花はお近づきのしるしに貴女様に捧げましょう。小さなお姫様」
「ありがとう!!」
すっかり緊張の解けた少女に笑いかけながら、僕は状況を確認する。
「さて。お転婆なお姫様。お姫様はここに一人で来たのかな? お父さんとかお母さんはいない?」
「お父さん!! そうあのね。お父さんが迷子なの」
「ほう。それは困ったね。じゃあどうしようか」
「ジョージさん。それなら俺が探してきますよ」
「良いのかい? 光佑」
「えぇ。その子も陽菜とジョージさんに懐いているみたいですし。俺が行く方が早いです」
「あ、それなら、私も、行きます。視れば分かりますし。迷子、捜してるお父さん」
「分かった。じゃあ俺とひかりちゃんで行ってきますよ」
「そうか。悪いな。じゃあ、名前だけでも聞かないとね。お姫様。お名前を聞かせてくれるかい?」
「さな! 五歳!」
「そうか。さなちゃんか。じゃあ光佑。ひかり。後は頼んだ」
「分かりました。じゃあ行こう。ひかりちゃん」
「はい!」
駆け出していく二人を見送りながら、僕は残された二人のお姫様を退屈させてはいけないなと釣りを一緒にするのだった。
結局それから二時間ほどして彼女の父を光佑たちが見つけてきた事で無事事件は解決へと至るのだった。
しかし、あまりにも時間を掛け過ぎたせいか、既に空は暗くなり始め、雨が振り出してしまう。
「陽菜。もう限界だ。帰るよ」
「……うん。しょうがないか。じゃあ、帰ろう。お兄ちゃん。ひかりちゃん」
僕は最後に帰る準備をしている人たちを見ている陽菜の手を引きながら車へと向かうのだった。




