第3話『これが子を想う親の気持ちなのではないか』
耕作の好意で家に泊めてもらった次の日。
僕は陽菜に会う事が出来るようになった。
向こうはまだ僕の事を何も知らない。
いや、もしかしたらジョージ・ウィルソンという俳優としては知っているかもしれないが、それだけだ。
父親であるなんて知るはずも無いだろう。
知っていたのなら、僕に連絡してきてもおかしくはないのだから。
僕はやや緊張した気持ちで、陽菜の居るビルへと向かうのだった。
彼女が居るのは東七本松ビルという場所で、その場所までは佳織が案内してくれる様だった。
耕作の家の外には相変わらずマスコミ達が居るが、流石に陽菜の居るビルの中まで入ってくる事はないだろう。
そう考え、佳織に案内されながら僕は電車に乗り、そのビルまで向かう。
途中何度かサングラスを掛けているにも関わらず多くのファンに話しかけられ、僕も佳織も彼らに笑顔で応対するのだった。
そして、いよいよビルに到着し、受付に話しかける。
既に耕作から話は通っている様で、僕達はエレベーターの方へ案内された。
エレベーターはぐんぐんと上の階に上って行き、地上十七階へと案内される事になった。
そのまま一番奥の部屋に案内され、会議室かと思われる場所の中に入る。
「失礼します」
「あ。佳織ちゃん! 来たんだ! 待ってたよー!」
「陽菜さん! お久しぶりです!」
「うんうん。今日はどうしたのー? お客様って聞いてたけど……あ、そっちの人か。はじめましてー! 夢咲陽菜です!」
「あぁ。はじめましてだね。僕はジョージ・ウィルソン。しがない役者だよ」
「ほえー。佳織ちゃんの知り合いだし。海外の役者さんなんだね。ふんふん。よろしくー。あ、ひかりちゃん。お茶入れて貰っても良いかな?」
「は、はいっ!」
なんだかあわあわと、落ち着かない子が怪しい足取りで部屋から出ていったのを見つつ、僕は陽菜の正面に座った。
そして笑顔で彼女に話しかける。
「今日は会えて光栄だよ。君の配信はこっちの国でも有名でね。思わず会いたくなってしまったという訳さ」
「そうなんだ! えへへ。照れるなぁ。ま! ヒナちゃんは最強だから、当然だけどね!」
「そうだね。ところで一つ聞いても良いかな」
「なになに? 何でも聞いて良いよ。今機嫌が良いからね!」
「そうか。では遠慮なく」
僕は後ろのドアから誰かが入ってきた気配を感じつつ、それを無視して陽菜を真っすぐに見据えた。
そしてその体を、心を射抜きながら言葉を打ち出す。
「夢咲里菜という人は知っているかい?」
「……っ、知ってる、けど。それが何か?」
「いや、昔ちょっとした仲でね。君によく似ているから聞いてみたんだ」
「そう……あ。ひかりちゃん。お茶ありがとうね」
「い、いえ」
「ところでさ。今日のお茶は苦い? 甘い?」
何の話だろうと思いつつ二人を見ていると、ひかりと呼ばれた少女は僕と陽菜を交互に見た後、大きく深呼吸してお茶を運んできたお盆を握り締めながら僕に向かって叫んだ。
「あの!! ヒナちゃんねるに出演されませんか!!?」
「え?」
「ちょ、ちょっと! ひかりちゃん! 急に何言ってるの!?」
「いや、だって、その、あの……ジョージさんって、陽菜ちゃんのお父さんですよね?」
瞬間、部屋が凍り付いた。
間違いなく。
僕も、隣でニコニコ笑って座っていた佳織も、そして正面でひかりさんを止めようとしていた陽菜も、ひかりさん以外の全員が時を止めたように動けなくなっていた。
「な、にを」
「何故。そう思うんだい?」
「ヒェ」
「応えてくれないか? 何故、僕と彼女が親子だと、そう思ったんだい?」
「ア、アノ、ソノ、ヒカリガ、オナジデ」
「光が同じ? どういう意味だ」
僕は自分の体を確かめながらどこか光っているだろうかと意味不明な事をし始める。
しかし、やはりというべきか僕の体はどこも光ってなどいなかった。
だが、陽菜は彼女の言う言葉を理解しているらしくひかりさんの肩を掴みながら、叫ぶ。
「本当に!? 間違いじゃない!? 信じても良いの!?」
「アッ、アッ、そ、そうです。親子って、すごくよく似るので、前に光佑さんと朝陽さんを見た時も、その、同じでしたし」
「そんな……じゃあ、貴方が、私のお父さん?」
途中ひかりさんから気になる言葉が飛び出したが、それ以上に陽菜の視線が僕へ向けられている事に心臓が跳ねる。
縋る様な、救いを求める様なその目が、かつての里菜と同じだったからだ。
「可能性はある。今回僕が君に会いに来たのは、それを確かめる為でもあったんだ」
「そう、なんだ」
「里菜とは、夢咲里菜は君のお母さんという事で間違いは無いのかな」
「うん……いや、はい。そうです」
「そんなに固くならないでくれ。今更父親だと言われても困るだろうが、それでも君を知った以上、僕は君と仲良くありたいんだ」
「……うん」
「とは言っても、そうか。こういう時は困るな。父親とは何をすれば良いのだろうか」
「……」
陽菜は静かに僕を観察している様だった。
その視線を感じながらも、陽菜の期待に応えようと考え……るが、何も思い浮かばない。
情けない父親だ。
「そうだな。陽菜は、何かして欲しい事はないか?」
「して、欲しい事?」
「あぁ。僕に出来る事ならなんでもするよ。無論君が望むならこのまま僕の家に連れて行っても良い」
「僕の、家?」
「そう。海を越えた向こうにある大国さ。世界の全てがあそこにある。最新の医療施設だってね。だから陽菜の足を治す事も出来るし。君の演技力ならすぐにでもトップスターになれるだろう! その手伝いをするくらいは容易いよ」
「……ううん。そんなの、要らない」
「そうか。ではこのプランは無しだな。それなら、どうするか」
ふむ。と腕を組みながら悩んでいた僕は、先ほどひかりという少女が口走った言葉を思い出していた。
陽菜が配信している番組に出演するというものだ。
それならば、陽菜が望むものを与えられるのではないだろうか。
「なら、そうだな。これは提案なのだが、君の番組に出演しても良いだろうか?」
「ヒナちゃんねるに?」
「そう。これでも僕は結構有名でね。君の番組の視聴者が増えるんじゃないか? それに、番組に出演しながら何かして欲しい事があるなら、それを言ってくれれば叶えるさ。それならどうだい?」
「……良いんですか?」
「さっきも言ったけど、僕は君の為なら何でもするよ」
僕が陽菜の疑う様な目を真っすぐに見返しながら笑うと、陽菜は僕から視線を外してひかりさんを見た。
そしてその陽菜の目にひかりさんが何度も頷いたのを確認すると、小さくよろしくお願いいたします。と言うのだった。
「ありがとう。陽菜。僕に君と共にいる時間を与えてくれて」
「いえ、私も、その……嬉しいから」
「そうか」
僕は何回か配信を見て感じた印象とは違い、どこか引っ込み思案な様子に見える陽菜に愛おしさを感じながら、立ち上がり陽菜のすぐ傍に向かった。
そして驚き、立ち上がりながら少し後ずさる彼女の前に跪いてその手を取り、手の甲に口づけを落としながら、僕は陽菜に微笑んだ。
「僕の小さなお姫様。君の期待に応えられる様に僕も頑張るよ」
「……よ、よろしく、お願いします」
戸惑った様に、困った様に、顔を逸らしながら頬を赤くする陽菜を見て、僕は心が温かくなる様な感覚を感じていた。
これが子を想う親の気持ちなのではないかと、僕は胸を押さえながら目を閉じ、感謝する。
この出会いをもたらしてくれた運命に。




