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『婚約破棄の手紙から始まる、辺境伯との再婚生活』  作者: はる乃


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第八話「黄金を呼ぶ手紙と、不器用な報酬」

一方。

王都から遠く離れた辺境の地で、リリエルは静かな決意を固めていた。


(いつまでも、悲しみに暮れているわけにはいかないわ)


鏡の自分に向き合い、自分を縛り付けていたエーレンベルク家での日々を思い出しながらも。


(アレクシス様は、行き場のない私を救ってくださった。……せっかくこうして住まわせていただくのだから、少しでもお役に立ちたい。私にできることで、このご恩を返さなくては)


彼女の手元には、辺境領の帳簿や流通ルートを書き留めたメモがあった。

実家で家族に虐げられ、放蕩三昧の彼らが投げ出した領地経営をたった一人で回し続けてきた彼女にとって、数字と交渉こそが最大の武器だったのだ。


(数日後)


アレクシスは、辺境伯の屋敷に到着した一台の馬車を、執務室の窓から眺めていた。

現れたのは、二十代半ばの精悍な顔立ちをした青年商人、テオ。

彼はリリエルの実家に出入りしていた大手商会の後継者だった。


「お久しぶりです、リリエル様。……えぇ! おぉ! いや、あまりの変貌に一瞬、どこの女神様かと見紛いましたよ」


テオは、黒染めを落とし、前髪を整えたリリエルの姿に驚愕し、その目を輝かせた。


商談は屋敷の応接室で行われた。

アレクシスとセバスチャンが見守る中、リリエルはバルドス国の市場動向や、関税の抜け道、さらにはこの領地でしか採れない薬草の希少性を、立て板に水のごとく説明していく。


「……なるほど。リリエル様の仰る通りだ。この条件なら、我が商会が全量を買い取りましょう。契約金として、まずはこれだけ差し上げます」


テオが提示した金額は、アレクシスが予想していた額の数倍にのぼる金貨だった。

セバスチャンが「おお……」と声を漏らし、アレクシスもまた、その驚異的な交渉力に圧倒されていた。


商談が成立し、リリエルが席を外そうとした時、テオが彼女の手を取り、冗談めかした、けれど真剣な眼差しで囁いた。


「リリエル様。王都での噂は聞いています。あんな愚かな男に婚約破棄されたのなら、いっそ僕のところに来ませんか? お金には一生困らせませんし、あなたのその才能を存分に振るえる舞台を用意しますよ。……辺境の地で侍女の真似事なんて、もったいなさすぎる」


「え……」


リリエルが戸惑った瞬間、背後から冷ややかな空気が流れた。


「そこまでにしてもらおうか、商人」


アレクシスが二人の間に割って入り、テオの手からリリエルの手を奪い返すように引き寄せた。


自分でも驚くほど、衝動的な行動だった。


アレクシスの濃紺の瞳は、鋭くテオを射抜いている。


「彼女は、私の婚約者候補としてこの屋敷に滞在している。他所の男が口を出していい存在ではない」


「……おっと。これは失礼しました、辺境伯様」


テオは肩をすくめて笑いながら去っていったが、残されたリリエルの心臓は、アレクシスの強い力に掴まれた腕の熱さで、激しく脈打っていた。




その日の夜。

アレクシスは一人、執務室で頭を抱えていた。

リリエルがもたらした莫大な利益。

彼女がいなければ、この領地の冬はもっと厳しいものになっていたはずだ。


(彼女に、報いなければならない。……だが、何を贈ればいい?)


アレクシスは二十六歳。リリエルとは八つの年の差がある。

年若く、そして欲のないリリエルが何を欲しがっているのか、全く見当がつかなかった。


ドレスか? ジュエリーか? いや、彼女は中庭で洗濯をするような娘だ。 そんなものを贈っても「身に余る」と泣かせてしまうかもしれない。


悩み抜いた末、彼はついに、翌朝の朝食の席で本人に直接問うことにした。


「……リリエル」


「はい、アレクシス様」


「昨日の商談、実に見事だった。……君に、何か礼をしたい。欲しいものがあれば言ってみろ」


リリエルは驚いて目を丸くした。


「お礼なんて、滅相もございません。私はただ、ここに置いていただいているお礼を……」


「それはそれだ。これは私の、領主としての、そして……一人の男としての気持ちだ。遠慮せずに言え」


「一人の、男……」


その言葉に、リリエルの頬がポッと赤く染まった。

彼女は少しの間、考え込み、消え入りそうな声で答えた。


「……それなら。図書室の隣にある、小さなサンルームを……私に預けていただけませんか?」


「サンルーム?」


「はい。あそこは陽当たりがいいのに、今は物置のようになっています。……あそこに、少しだけ、花を植えてみたいのです。実家では、花を愛でる時間さえ許されなかったので……」


アレクシスは、彼女のささやかな願いに拍子抜けし、そして同時に、胸を締め付けられるような愛おしさを覚えた。


「……そんなことでいいのか?」


「はい。それが、今の私の……一番の望みです」


アレクシスは、不器用な手つきで彼女の頭をそっと撫でた。


「分かった。サンルームは好きにしろ。花苗も、土も、必要なものはすべて私が用意させよう」


「ありがとうございます!」


リリエルが今日一番の笑顔を見せた瞬間、アレクシスの心の中で、凍りついていた何かが音を立てて崩れ去った。


――だがその温もりが、

いつか彼女を再び傷つけることになるとは、

この時のアレクシスは、まだ知らなかった。


リリエルの新しい生活と、新たな関係性が始まります。


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