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5 お節介の結果


 煙たがるレイセルのことは気にせず、私は質問を続けた。


「お構いなく、私一人ならいつでも逃げられるので。ねえ、レイセルは何歳なの?」

「十五歳だ」

「え、本当に私と同い年なんだ。使える属性は?」

「すぐに分かる。……よく喋るな」

「何にしても厳しいでしょ。町の人達は避難させないの?」

「時間的に町の外へ逃がすのは無理だ」

「中央の大きな建物は? 結構頑丈そうだし、ちょっとは耐えられるんじゃない?」

「あれは集会所だ。確かに、屋外より少しは安全かもな。……うん。しかしお前、よく喋るな」


 おかげで今いい考えが浮かんだんじゃないの?

 でも、皆を避難させる時間もないというのは嘘じゃなかったみたい。

 すぐに騎士がもう一人、馬に乗って駆けてきた。


「敵が来ます!」


 彼がそう言った直後、草原の向こうで土煙が上がった。


 ドドドドドドドドッ!


 体長七メートルはあろうかという巨大な牛、ガルドルムの群れがまっすぐこちらへ向かってくる。

 今の偵察係が加わってレイセル達は九人になった。一斉に魔力を高め、武器を構える。

 反射的に私も魔力を戦闘モードに切り換えていた。

 すると、全員が私の方を振り返る。


「か! 勘違いしないでよ! いつでも逃げられるようにしただけ! 一緒に戦うつもりなんてないんだからね!」


 なぜだろう、すごく恥ずかしい……。

 なんて言ってる場合じゃない。今から命懸けの戦いが始まる。

 それは騎士達の方も重々承知していた。レイセルが先陣を切って走り出す。


「俺が前に出る、皆は援護してくれ!」


 そう言った彼の剣が輝きを放つ。薙ぎ払うと、光の波がガルドルム達に向けて発射された。

 これは結構高度な範囲攻撃技、〈シャインウェーブ〉!

 それよりあいつ、光霊を操れるの!

 光は火風地雷水の五属性とは異なり、誰でも習得できるものじゃない。使えるのは数千人に一人、一途な強い想いを持った者だけと言われている。

 一途な強い想いを持った者……。

 あ、こういう奴のことを言うのか。なんか納得かもしれない。


 先手の〈シャインウェーブ〉によってガルドルム達は足を止めた。

 わずかにひるんだこの隙に、レイセルと騎士達が一斉に攻撃を開始。次々に魔法を繰り出し、休まず巨牛に浴びせていく。


「「「ヴモォォ――――――――ッ!」」」


 魔牛達の鳴き声が草原に響き渡る。

 押してるように見えるけど……、やっぱり圧倒的にこちらが不利だ。

 敵のガルドルムは体長七メートルもあって、普通の人間なら踏みつけられただけで死ぬ大きさ。それが十二頭もいて数の上でも負けているんだから。

 レイセル以外の八人は魔力消費がハイペースすぎるな。

 でも、これは仕方ないこととも言える。

 少しでも攻撃の手を緩めれば、一気に形勢逆転してしまう。魔法を使えるのは私達だけじゃない。


 一頭のガルドルムが前脚で、ダン! と地面を叩いた。

 発生した炎の波動が騎士達を弾き飛ばす。あれは火属性の広範囲魔法、〈フレアブラスト〉だ。


 続いてもう一頭がまた前脚で、ダン! と。

 生み出された稲妻が騎士達を直撃。雷霊魔法の〈サンダーフォール〉だね。


 今度は二頭が連続で前脚を、ダダン!

 炎の波が騎士達を吹き飛ばし、そこに稲妻が降り注ぐ。〈フレアブラスト〉と〈サンダーフォール〉のコンボになる。


 マ! マズイ! これ以上食らったら死人が出る!

 もう! しょうがないな!

 彼らの元へ駆けながら、私は右手の黒い腕輪に目をやる。そこに施された水を模した紋様が輝き出した。


「一瞬だけ助けてあげる!〈アイスウォール〉!」


 パキパキパキパキパキパキッ!


 私の作った氷壁がガルドルム達の攻撃を食い止めた。


「皆! 今のうちに退いて!」


 ところが、レイセルは単身敵に向かっていく。

 退けって言ってるんだよ!


「俺が時間を稼ぐからその間に!」


 ああ、そういうことね。

 纏う魔力の量を増やしたレイセルは、素早い動きでガルドルム達を翻弄。

 最後に一頭の首元を斬りつけて仕留め、直後に彼も離脱した。

 あいつ、魔力だけじゃなく体の方も相当鍛えてるみたいだね。世界を見渡しても、ここまでの戦士はそういない。


 私が参戦したことで魔牛達は警戒を強め、攻めてくるのをやや躊躇していた。

 そういつまでも待ってはくれないだろうけど。

 遅れて戻ってきたレイセルは私を見るなり頭を下げた。


「さっきは助かった! お前が来てくれなかったら、俺は皆を死なせていた……」


 べ、別にいいよ。……あんた、素直なとこあるじゃない。

 と思ったのも束の間、彼は「けどお前が加わっても勝てそうにないか」と余計なことを付け足した。


「あんた! 何でもかんでも率直に言えばいいってもんじゃないよ!」

「こうなったら手は一つだ。俺が奴らを引きつけて町から少しでも遠くへ連れていく。皆はその間に住民達を集会所へ避難させてくれ」


 ……さっき浮かんだいい考えって、それ?

 つまり、あんたを囮にするってことでしょ。こいつの考えそうなことだけど。確かにレイセル以外の騎士達はほぼ魔力を使い果たしていて、もうまともに戦える状態じゃない。

 だけど、私の実力を低く評価しすぎ。


「もう一つ手があるよ。チャンスは一度だけど、賭けてみる?」

「どういうことだ?」

「私の魔法を使えば勝てる、って言ってんの」


 レイセルの戦いを見て思った。

 彼の身体能力と私の編み出した水霊魔法があれば、一気に敵を殲滅できる。

 とはいえ、二人共魔力を出し尽くすことになるだろうから、本当にチャンスは一度きり。

 ……こんなに危ない賭けをする羽目になるなんて。このレイセルのせいだ。

 ……待って、私もこいつに影響されてない?

 視線の先で、彼は怪訝な顔をしていた。


「お前の魔法ってどんなだよ?」

「それよりさっきからお前お前って、ちゃんと名前で呼んでくれる?」

「いや、まだ名前聞いてないだろ」

「そうだっけ、私はアリエス」

「水霊魔法にアリエス……。じゃあ、お前が怒涛の魔女か!」


 驚きの声を上げたレイセルと騎士達は顔を見合わせる。

 知っていたのか、私も有名になったものだ。すごく不本意な通り名だけど、こういう時は面倒な説明をしなくて済む。

 レイセルは小さく笑いながら頷いた。


「分かった、アリエス。お前の魔法に賭けよう」


 短い打ち合わせののち、魔力を全開にしたレイセルが魔牛達に向かって駆け出す。

 彼の役割は敵を撹乱しつつ、できる限り一頭一頭を密集させること。(あとできる限り倒すこと)


 この間に私は意識を集中させ、魔力を高めておく。

 ちらりと右手の黒い腕輪に目をやった。その水の紋様が再び輝きを放つ。

 これは水霊魔法を強化してくれる魔法具だ。

 レアな素材でできていていわゆる私の切り札になるわけだけど、あまり耐久力がよろしくない。連続使用はマズイとか。なのでよほどの状況でないと使わないとっておき。

 ……さっきの今だけど、これ、大丈夫だよね? めちゃ高かった特注品なんだから、壊れたら泣くよ……。


 レイセルは見事に役割を果たした。

 合間にガルドルムを仕留めながら、しっかり奴らを一箇所に固まらせている。

 魔力を使い切る寸前、レイセルは踵を返してこちらへ。彼を追って残り八頭の魔牛がまとまって突進してきた。


 よくやった! あれなら無駄撃ちせずに済む!


「後は任せて!〈アクアカッター・ラッシュ〉!」


 私の伸ばした手の先から水の刃が次々に発射される。


 シュザザザザザザザザザザッ!


 下位の水霊魔法〈アクアカッター〉を私は連射式にした。一発一発は弱くても、大量に撃ちこめば中位以上の威力になる。

 隙間なく放つから敵に反撃の暇を与えない。

 怒涛の攻撃こそ最大の防御だ!


 シュザザザザザザザザザザッ!


 魔牛達は突進を停止。体に纏う魔力を増やして耐え抜く作戦に出てきた。

 つまり、私の魔力切れ待ち。

 望まないけど望むところ! 受けて立つ!

 一頭、また一頭とガルドルムが力尽きて倒れていく。


 よし! このまま押しきれる!

 と勝利を意識したその時だった。


 パッキィィ。


 魔法具の腕輪が無残にも粉々に砕け散った。

 嘘――――っ! 特注品が――――っ!


 ……こ、こんの、牛共が――――っ!


 ドッシュガガガガガガガガガガッ!


「魔法具が壊れたのに逆に威力が上がった! どうして泣いてるんだ!」


 うるさいよレイセル! これは私のセルフ強化、怒りの怒涛魔法だ!


 ガガガガガガガガ…………。


 ――――。



 草原に力なく横たわる魔牛の群れ。の前で力なく膝をつく私。

 ……足に力が入らない。魔力を使い果たした上に、特注品の魔法具まで失って、足に力が入らない……。

 と、体がふわりと浮き上がる。

 レイセルが軽々と私を抱き上げていた。


「そんなに落ちこむな。しっかり報酬を支払ってやるから」

「大仕事だったから高くつくよ。あんたに払えるの?」

「たぶん。俺、一応この国の王子だし」

「え……、王子……?」


 そうだ! ハルヴェルクの王子はやたらと腕が立つって噂だった!

 名前は確か、レイセル。こいつだ!

 へぇ、王子、だったのか……。

 私、王子様にお姫様だっこされて……、お姫様だっこ?


「何をお姫様だっこしてるの!」

「だってアリエス、今は自分で歩けないだろ」

「何を名前で呼んでるの!」

「お前がさっき名前で呼べって……」

「いいから下ろして! 私、王子と名の付くものは大嫌いなんだよ! 王子なんてろくでもないって相場が決まっているんだから!」

「何だ、その偏見。……お前、ほんとうるさいな」


 まさか、あれほど気をつけていた王子という人種に遭遇してしまうなんて……。自分から首を突っこんでいった気がしなくもないけど。


 確かに私の王子嫌いは経験による偏見が多分に含まれている気がする。

 レイセルみたいな王子もいるんだね。私がゼロ歳時に会った王子達は稀に見る質の悪さだったとは思うけど、レイセルほど国民のために自分を投げ出す王子も珍しいでしょ。立場を考えれば、見ているこちらが心配になるほどだよ。

 ……本当に、こんな王子もいるんだ。


 それから、今回は魔法具があったから(壊れちゃったけど)何とかなったものの、もしなかったら私だけの力じゃ助けられないところだった。

 危なくなったら自分だけさっさと逃げればいいと思っていた。でも、そうできないこともあると痛感した……。

 テルミラお母さんが言っていたのは、こういうことなのかな。


 よく分からないけど、この出来事をきっかけに、私は転生以来初めて自分から強くなろうと努力することになる。

 いや、別にレイセルのために、とかじゃないんだけど……。



お読みいただき、有難うございました。



またこの度、私の小説が書籍化しました。こちらもよろしくお願いします。

『社交界で沼の魔女と呼ばれていた貴族令嬢、魔法留学して実際に沼の魔女になる。~私が帰国しないと王国が滅ぶそうです~』

挿絵(By みてみん)

この下になろう版へのリンクをご用意しました。


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