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4 お節介な魔女


 テルミラお母さんの家は代々魔女の家系であり、魔法を習得した女子は自分の力で生きていかなければならない、という掟があったそうだ。そんな名目で、お母さんは十一歳にして実家を追い出された。渡されたのは少しばかりのお金とカチカチのパン。なので、私に対してもそれに倣うらしい。


 いや、なんかこじつけたような理由だし、仮に真実だとしても多少は手心なり親心なりを加えてもいいと思うんだけど……。あとカチカチのパンは別にいらない。食べるのが逆に苦痛だ。


 幸いにも、私はすでにそこそこの魔女になっている。魔法を使えば、結構稼げる仕事を請け負うことができるだろう。

 とりあえず、たまに働きながら世界を旅することにした。

 旅を始めてみて、幸いだったことがもう一つ明らかになる。前世営業職の私は口がよく回り、社交性も高い。行く先々で稼げる仕事を探すのは得意だった。


 さっきから言っている稼げる仕事とは何なのかという話だけど、大まかに二種類ある。


 私が習得した属性魔法とは、水の精霊を操る水霊魔法。

 これを活かして、水の刃〈アクアカッター〉で木材を切ったり、石材を削ったり。あるいは、水霊感知で水脈を発見し、高圧水流〈ウォーターショット〉で井戸を掘ったり。

 つまり一つ目の稼げる仕事とは土木工事だ。私に依頼すれば、人力でやるより格段に早かった。


 もう一方の仕事は、水霊の使い方がちょっと物騒になる。

 この世界には前述の通り、魔獣と呼ばれる怪物達が跋扈している。普通の獣より遥かに巨大で恐ろしい力を備えた怪物達。一部は人間の国に所属したりもしているけど、大半は人に害をなす存在だ。そんな魔獣を討伐するのがもう一つの稼げる仕事。

 とはいえ、私はそこそこの魔女なので、一人で怪物とやり合うような勇者じゃない。複数人からなる討伐隊に参加するのが常だった。

 それでも報酬は土木工事より格段にいい。一回討伐隊に参加すれば、一か月間はいいお宿に泊まることができた。


 お母さんのせいで贅沢の味を覚えてしまった私は、主に討伐の仕事ばかり受けるように。

 しかし、報酬がいい分、当然ながら危険も伴う。自分の身を守るため、私はオリジナルの水霊魔法を開発したり、万が一に備えて切り札を準備したりもした。



 ――そうして月日は流れて十五歳になった頃、私はそこそこ名の通った魔女になっていた。おかしな異名も付けられたけど、仕事はしやすくなったのでよしとする。


 魔力飛行を解除して地面に降り立つと、私は束ねていた黒髪を解いた。

 ここは大陸の北西に位置するハルヴェルクという小国。その一番南にある町に私は辿り着いた。

 ハルヴェルクはできて間もない国ながら、経済的に豊かな商業国家だ。とにかく食べ物が美味しいらしく、一度来てみたかった。

 ただ、治安も悪くないみたいだから、私好みの仕事は少ないかも。

 ……我ながら、物騒な魔女になったものだ。気付けばお母さんと同じ道を歩いてしまっている。


 まずは町の大通りでお昼ご飯を調達することにした。

 目に留まったお店でハンバーガーを購入。

 その際、しっかり割引いてもらった。私は容姿もそこそこだから、口の上手さと組み合わせて、値切るのも得意だったりする。


 では、ハルヴェルクのハンバーガーがどれほどのものか見せてもらおうか。

 大きめの一口でかぶりつく。

 ……お、おいしー! パンからして素材が違う! そして、誤魔化しなしのハンバーグは肉厚ジューシー!

 まるで前世世界の大手チェーン店に匹敵するレベルだ!

 ……いけない、あまりの美味しさに、ハンバーガー一個に感動しすぎてしまった……。とりあえずもう一個買おう。


 国の端っこでこれなら、王都はもっと期待できる。少し蓄えもあるし、しばらくハルヴェルクでゆっくりするのも悪くはないね。

 ……おや、あっちに売ってるクレープ。

 生クリームと新鮮なフルーツがたっぷり包まれてる!

 まるで前世世界の大手チェーン(略)!


 誘惑に負けてクレープを買っていると、大通りの向こうからやって来る騎士達が目に入った。

 やけに物々しい雰囲気だ。緊急事態?

 一団を率いているのはずいぶん若い茶髪の青年だった。私と同い年くらいかな。

 事態が気になった私はクレープ片手に彼に駆け寄る。


「ねえ、どうしたの?」

「別に何でもない。旅の娘には関係のない話だ」


 彼は私をちらっと見ただけで視線を戻していた。

 ……なんか、むかつくな。絶対に私のこと、ただの頭の悪そうなギャルだと思ってるでしょ。ああ、他の騎士達も同様だ。クレープか? クレープのせいなのか?

 ちょっと実力を見せてあげようかな。クレープを食べている女子は頭が悪そう、という偏見とも戦わなきゃならないし。

 私はもう一度、「どうしたの?」と同じ質問を繰り返した。


「しつこいな、だから一般人には関係の……、お前、一般人か?」

「旅の、一般人よ」


 青年が感知したのは私の魔力。私達のような戦いに身を置く者の魔力と、普通の人のそれは全く違う。

 それなりの使い手なら相手の実力もある程度は分かった。(さらに、私の場合は魔力の特殊性も)

 彼は……、この若さでなかなかの修練を積んでいるね。


「お前……、その若さでなかなかの修練を積んでいるな。しかも、魔力が何か普通じゃない」


 …………。

 まあ、私達の実力は近いところにあるということ。

 二人で読み合いをしていると、周りの騎士達がそわそわとし始めた。一人が遠慮がちに進言する。


「レイセル様、その方に助力をお願いしては」


 ふふん、こっちも手の平を返してきたか。


「それは駄目だ。すまない旅の娘、今は時間がないんだ。気にせずゆっくり……、クレープを食べていてくれ」


 レイセルと呼ばれた青年は、再び騎士達を率いて行ってしまった。

 レイセル……、どこかで聞いた名前。まあいいか。

 やっぱり彼がリーダーなんだね。ずいぶん階級も高そうだ。

 ハルヴェルクは珍しい国で、王制を敷いているのに貴族などの特権階級がいない。騎士団は完全な実力主義って聞いたけど、力があればあんな年齢でも上に立てるらしい。

 それより、気にするなと言われても気になるんだけど。絶対にかなりまずい状況でしょ。

 クレープを食べながら彼らの後を追った。


 町外れで新たに騎士が一人合流。一団は何か報告を受けてから相談を始めたので、その後ろで聞き耳を立てる。

 当然、すぐにバレた。

 レイセルは困ったものでも見るような目で腕を組む。出会ったばかりでそういう態度はやめてくれる?


「なぜ構ってくるんだ」

「事情を話してよ。内容によっては力を貸してあげるから」

「…………、魔獣の一党がこの町に迫っている。しばらく国境付近に留まっていた連中で、討伐のための援軍を中央に呼びに行かせた直後に動き出した」

「魔獣の種族と数は?」

「魔牛種のガルドルムが十二頭だ」

「ごめん、力にはなれない」

「だから頼まなかったんだよ。これでもこの辺りを巡回中の騎士から腕の立つのを集めたんだ。俺達だけでやる」


 レイセル以外に騎士は男女七人。確かに全員がまあまあの使い手だけど、リーダーの彼には遠く及ばない。

 全く戦力が足りていないな。最低でもレイセルと同格があと四人はいる。

 つまり、私が加わっても勝機は薄い。ガルドルムとはそれほどの魔獣で、しかも十二頭もいるんだから。

 こんなにリスクの高い仕事を引き受ける傭兵はいないだろう。もちろん私だってそう。いや、傭兵じゃなくたって普通は回避すると思う。


「あなた達、どうして戦うの? 無駄死にになるかもしれないのに」


 振り返ったレイセルが力強い眼差しを向けてきた。


「無駄にはならない。殲滅はできなくても追い払うことはできるかもしれないし、俺達が一頭でも多く倒せば、それだけ助かる人が増えるんだからな」


 彼の言葉に七人の騎士は頷いた。

 なるほど、皆、強制されてるわけじゃないんだ。そのまっすぐなバカが一人で死ぬのを放っておけないのか。

 自由気ままな一人旅の私には理解できないな。全然理解できない。むしろこれは理解できなくてよかったと考えるべきだ、うん。

 自己完結した私に、レイセルが「おい」と。


「もういいだろ、お前。ここにいると危ないから早く行け」


 そんなの私だって分かってる。だけど、どういうわけか体が動かない。

 違う、動かないのは心の方か。彼が、じゃなくて、彼らがどうなるのか、私は気になってる。


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