【短編ホラー】事故物件シェアハウス
都心の片隅、築50年を超える古びたマンションに「事故物件」と噂される部屋があった。
過去に住人が変死したとか、夜な夜な誰もいない廊下を足音が歩くとか……。
そんな部屋を、大学進学で上京したばかりの浩介が借りた。
家賃は相場の半分以下。学生にはありがたい話だ。
引っ越し初日。夜中にパソコンでレポートを書いていると、背後に人影が――。
「うらめしや……」
振り返ると、髪が長く顔色の悪い女の幽霊が立っていた。
「うわっ! 出たっ!……って、なんだ、そのベタな登場は…」
幽霊は呆気に取られたように固まった。
「そ、それは……一応、マニュアルで……」
「いや、むしろ助かるわ。ちょうど深夜コンビニ行きたかったけど面倒で。ついでにカップ麺とお水買ってきてよ。ほら、財布」
「……えっ?」
幽霊は半泣きになりながらも財布を受け取ると、すーっと壁の中へ消えていった。
それからというもの、浩介は完全に幽霊を便利屋扱い。
洗濯物を干させ、ゴミを出させ、部屋の掃除をさせ、はてはレポートの代筆まで。
ある日、浩介がサークルの飲み会からふらふらになって帰ってくると、
部屋の中がピカピカに片付いていて、冷蔵庫には料理の作り置きがぎっしり詰まっていた。
「おかえりなさいませ、ご主人さま……って、ちょっと言ってみたかっただけです。へへへ」
幽霊はエプロンをつけて恥ずかしそうに笑った。
幽霊も暇を持て余していたらしく、今ではレシピ動画を見ながら料理にハマっているらしい。
別の日、レポートを幽霊に代筆させていた浩介は、教授からこんなメールをもらった。
「字が古文っぽすぎます。筆跡も何だか怖いので、手書き提出の際はご注意ください。」
「……おい、お前。平安時代に書状でも出してたのか?」
「えっ、だってそっちのほうが正式かと……」
「いや、現代日本語でいいから!」
最初は抵抗していた幽霊も、いつの間にか浩介の財布からちょこちょこ小遣いをもらうようになり、
「成仏しろ? いや、バイト代もらってるし……意外と悪くないかも」
なんて調子で、今ではすっかり家事代行業者気分だ。
ある晩、浩介がベッドでスマホをいじっていると、幽霊がそっと耳元で囁いた。
「……あの、来月から時給上げてくれませんか?」
「え? 何、ブラック企業に交渉してきた新人みたいなこと言ってんだよ」
「だって……最近コンビニ行くたびに、『夜中に女一人は危ないですよ』って店員さんに心配されるんです。心霊的な意味じゃなく、防犯的な意味で……」
「いや、そりゃ幽霊だし大丈夫だろ」
「でも、怖いんです……生きてる人間のほうが」
浩介は笑いながら、仕方なく頷いた。
こうして、事故物件どころか、まるで同棲生活のような日々が続いていくのだった。