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昼食を食べ終えて、ダイニングテーブルには母親の手作りプリンと飲み物が置かれる。羽咲と海音には、リンゴジュース。母と伯母の前には、アイスコーヒー。
羽咲としては、アイスコーヒーが飲みたい気分だったが、場の空気を読んで我慢する。それなのに、斜め向かいに座る海音は、感情に任せて不満を口にした。
「僕の小さい!もっと大きいのがいい!!」
同じ型で作ったのだからプリンの大きさなんて、どれも一緒である。
定規で測れば満足か?と、あからさまにうんざりした顔をする羽咲とは対照的に、伯母は待ってましたと言わんばかりに口を開く。
「ちょっとぉー、貧乏になったからって、プリンの大きさまでケチらなくていいんじゃない?」
そう言いながら、伯母はカバンから煙草を取り出し、勝手に火をつける。
テーブルには灰皿は置いてないのに。小学生の子供だっているのに……。
そんな気持ちを隠さず、羽咲は露骨に嫌な顔をするけれど、母親は自然な仕草で小さな絵皿を伯母の前に置く。
「なにこれ、粗品じゃん。だっさ」
「だっぁっさぁー!」
すかさず海音が合いの手のように、伯母の台詞を繰り返す。何の抵抗もなく、汚い言葉を吐く親子に、羽咲は苛立ちよりもうすら寒さすら感じてしまう。
伯母の麻織は50歳だというのに、髪を明るい茶色に染め、ハート型のバレッタでハーフアップにしている。長い爪にはラメの入ったマニキュアをして、ホットパンツから大胆に足を出している。
かつてアイドルを目指していた伯母は、確かにスタイルもいいし顔も綺麗だ。でも若作りを超えたこの姿は、はっきり言って見苦しい。
そして母よりも年上なのに、自分より年下の子供がいること。同級生と同じ発音で彼氏と言うことにも、羽咲は嫌悪感を持ってしまう。
しかし羽咲がそんなことを考えていると気づいていないのか、伯母は煙草をプカプカふかし、海音は大口を開けてプリンを頬張る。
しかも、余所に意識を飛ばしている間に、海音は羽咲のプリンにスプーンを突っ込みやがった。
「あ!ちょっと──」
「いいじゃなーい、プリンぐらい。ケチケチしちゃ駄目よぉー」
羽咲が海音に注意しようとした瞬間、伯母に止められてしまった。ここに母親がいなければ「お前が言うな!」と怒鳴りつけたい。
伯母がやって来てまだ1時間少々。それなのに、もう苛立ちは限界値を超えようとしている。
一方羽咲の母親は、これまでの度重なる伯母の失礼な態度に耐性がついてしまったのか、困り顔になりこそすれ、羽咲のように苛立ちを表に出すことはしない。
それどころか、羽咲をたしなめる視線を何度も送ってくる。これじゃあ、どっちが守られているのかわからない。
「ところでさ、月末長野に行くんだよね?」
二本目の煙草に火をつけながら、伯母は母親に尋ねる。
「ええ。法要については、夫から連絡あったと思いますが」
「あー来た来た。だから先にこっちに来たんじゃん」
「はい……?」
”だから”の意味がわからず、羽咲の母親は首を傾げる。羽咲も、同じように首を横にコテンと倒してしまう。
そんな母娘の仕草が気に食わなかったのか、伯母はチッと舌打ちした。
「だからぁー形見分けを先にしてってことよ。ったく、察しが悪いわね」
「……は、はぁ」
「保険金とかはちゃんと分けてもらったけど、あれだけじゃあちょっとね。うちも子供小さいし、長男は大学で色々物入りなのよ」
そう言い捨てると伯母は、ずかずかと奥の和室に足を向ける。そこは、生前祖母の私室として使われていた部屋。
大切なものを汚されそうな予感がして、羽咲は椅子をけ飛ばさんばかりの勢いで立ち上がると、慌てて伯母の後を追った。




