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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
約束。それは延長のお願いともいう

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3

「違うんですか?」


 真顔で問いかける大和に、今度こそ羽咲は滑らかに嘘を吐く。


「ううん、違くない。ただ、まぁ……ズバリ当てられると……まぁ、ちょっと……ね」


 上手に嘘を吐いたつもりだったけれど、結局最後はもにょもにょした口調になってしまった。でもそれが、逆に説得力があったようで、大和はクスリと笑った。


「別に今更カッコ付ける必要ないじゃないっすか」

「今更って何よ」


 ムッとした羽咲に、大和は意地の悪い顔をする。


「全部言った方がいい?」

「言わなくていいよ」

「そっすか」


 残念そうに肩をすくめる大和だが、すぐに表情が変わった。


「一緒にやりましょうよ、宿題」

「え……?」

「図書館とかなら喋れないから、嫌でも進むでしょ」

「う、うん……!」


 さらりと告げた大和の言葉に、自分がどれほど喜んでいるのか悟られたくなくて、羽咲はそっけなく頷いた。でも、失敗に終わった。


 そこに突っ込まれるのを何としても避けたい羽咲は、再び歩き出す。てくてく、左右の足を動かすことだけに専念する。


 そうすれば目的地は、あと一つ、角を曲げるだけになった。


 さっきまでのニコニコ顔が翳り、羽咲の心臓はバクバクと早鐘を打つ。勢いで来てしまったけれど、急にこの先の光景を見るのが怖くなってしまった。


 大和に適当なことを言って、今すぐ引き返したい。そんな弱い欲求が、羽咲の心を支配していく。


 見なきゃいけないわけじゃない。誰も強制していないし、見たところで何も得るものはない。


 だけど今日を逃せば、もう二度とこの地に足を運ぶことはない予感がする。仮にあったとしても、その時、大和が傍にいてくれる確証はない。


 そう考えたら、今の時間がすごく尊いものに思えた。


 だから、どうせ引き返すなら、ダメもとで大和に一つお願い事をしてみようと、羽咲は不意に思いつく。断られたら、速攻帰る。そうしよう。


 短い時間で結論を下した羽咲は足を止め、大和と向き合った。


「大和君、ごめん。ほんとごめん。図々しくて、嫌かもしれないけど、手ぇ握って……あ!」


 羽咲がおずおずと手を差し出そうとした瞬間、大和は奪うように手を握った。


「ごめんは、いらないっすよ」

「……ありがと」


 俯きながら礼を言えば、大和が満足そうにうなずく気配がした。


 ぎゅっと握られた手のひらから大和の温もりが伝わり、恐怖と不安と、引き返したい欲求が消えていく。


 強張っていた身体がほぐれて、俯いていた顔が自然に前を向く。「行こう」そう声に出していないのに、羽咲が再び歩き出すと、大和も阿吽の呼吸で足を動かし始める。


 ゆっくりと角を曲がれば、片側一車線道路の向こうに、黒壁の洒落た蕎麦屋が視界に入った。


「なるほど……」


 随分と様変わりしたな、というのが羽咲の率直な感想だった。


 かつてここには、羽咲の父親が経営していたジムがあった。一年以上予約がいっぱいの人気店で、取材も何度も受けたことがある。


 でもそれは、昔の話。土地も建物も手放してしまってから、もうすぐ二年が経つ。


 誰かの手に渡ったことは知っていたけれど、てっきり同業の店舗になっていると思い込んでいたので、ちょっと驚きだ。


 でも、全く違う業種になっていて、ほんの少しだけ救われた気持ちになる。


 道路を渡ることなく羽咲は、脳裏に焼き付いた光景と重ね合わせながら、その蕎麦屋をじっくりと見つめた。

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