2
足を止めていた羽咲と大和は、再び歩き出す。
ぬるい風が二人の間を吹き抜け、ポニーテールにした羽咲の髪を靡かせる。
「なんか、さ」
「ん?なあに?」
足を止めずに口を開いた大和に、羽咲も歩調を合わせながら続きを促す。
「……ここだけ別世界って感じがする」
「そぉーだねぇー」
しみじみと頷く羽咲も、まさにそう思っていたところだ。
レストランなのか、誰かの邸宅なのかわからない豪奢な邸宅ばかりが続くこの道は、嫌というほど歩いたけれど、そのころはただの通学路だった。
でも離れてみると、白壁には一種独特な雰囲気があることに気づく。住宅街の生活感はなく、かといって観光地のような華やかさもない。
静かで、重く、ひっそりと……でも、ちゃんと特別感がある不思議なところ。
「大和君は、ここ来るの初めて?」
「いや……あーでも、歩くのは初めてっすね」
「そっか。私も久しぶりだから、なんか新鮮な感じ」
「……そっすか」
大和は、少し間を置いて頷いた。
その間に何を考えていたのか、羽咲は尋ねてみたくなる。だけどその衝動は、言葉にする前に消えた。
大和が考えていたことが、羽咲だけのことなら問題はない。望む分だけ答えるつもりだ。
でも……もし大和が、祖母のことを考えていたなら、きっと彼は困ってしまうだろう。
節子はカフェで、今年の五月から祖母はカラオケサークルに顔を出さなくなったと言っていた。その時、大和はほんの少しだけ動揺した。
これはあくまで羽咲の推測だが、祖母はその頃に大和と出会っていたのだろう。そして、カラオケサークルより、大和と過ごす時間を優先していた。
二人が、どんな出会いをしたのかはわからない。ただ、大和はそのことを語りたくなさそうだ。
純粋な疑問で経緯を訊きたいという気持ちは、未練がましく残っている。けれど、それを尋ねた瞬間、大和はもう会ってくれないような気がする。それは、とても嫌だ。
もちろん、こんなふうに色んな所に付き合ってもらえるのは、夏休み限定だ。いや、ちょっと待て。目的は、祖母の足跡を辿ることだ。と、いうことは──
「……もう、ないじゃん……!」
今頃になって、羽咲はもう大和と一緒に外出する機会がないことに気づいてしまった。
「は?なに?どしたんですか??」
足を止めて愕然とした羽咲を、大和は訝しそうに見つめる。
「あー……ううん。べ、別に……」
咄嗟に首を横に振ってみたけれど、大和は探るような視線で、じっと羽咲を見つめる。
お願いだから、その顔でガン見しないでほしい。あと三秒見つめられたら、我慢できずに胸の内を吐露してしまいそうになる。
そう心の中で羽咲は懇願するけれど、察しが悪い大和は半歩積める。羽咲と大和との隙間は、ほぼなくなってしまった。
「羽咲、なにが、ないの?」
真顔で、至近距離で問われ、羽咲はスススッと目を逸らす。すぐに、鋭い視線が追ってくる。これは、逃げられそうにない。
「……時間が、ないなって気づいた……だけ……だよ?」
羽咲が、もごもごと口を動かせば、大和は呆れ顔になった。
「それって、もしかして……」
「う、うん」
途中で言葉を止めた大和に、羽咲は頷きながら唾をゴクリと吞む。
「すげぇ、言いにくいんだけどさ」
「……うん」
「羽咲、宿題全然やってない……の?」
「うん……?」
大いなる勘違いをしてくれた大和の発言に、羽咲は食い気味で頷かなければならなかった。
けれどあまりに的外れなものだったせいで、うっかり首を傾げる結果となってしまった。




