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これから住む街を詳しく知ろうと、名古屋の観光地の一つである”文化のみち”に足を運んだ祖母は、そこで節子という友人を得た。
その後、節子の紹介でカラオケサークルに入った祖母は、それなりに楽しい時間を過ごしていた。
しかし、交友関係を家族に語らなかったのは、柳瀬家にとって鬼門の場所である──白壁から始まったから。
でも、ずっと内緒にするつもりはなかった。
いつか話そうと思っていたが、打ち明ける前に祖母は亡くなってしまった。
真相がわかれば、ミステリアスさは皆無。祖母の優しさを改めて認識し、罪悪感と、切なさと、恋しさが胸に残る結末だった。
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「今日は色々ありがとうございました。あとチーズケーキ……ごちそうになってしまってすみません」
「あの、せめて僕の分は払わせてください……お願いします」
店の外に出た羽咲と大和は、深々と節子に頭を下げる。すぐに「いいのよぉ」と穏やかな声が降ってきた。
「私がどうしても食べてほしかったんですから、気にしないで。大和君も、ほらっ、お財布しまってちょうだい。私ねこんな形になってしまったけど、あのチーズケーキを食べてもらえて嬉しかったの。二人とも美味しく食べてくれから、それで満足よ」
ほわほわと微笑む節子は、会計の際、頑として羽咲と大和から代金を受け取らなかった。そして今も、絶対にお金は受け取らないという強い圧を感じる。
大和の爽やか笑顔も、見事にスルーされてしまったから、もう太刀打ちできない。
「あの……お言葉に甘えて、ごちそうになっちゃいます。ありがとうございました」
「ありがとうございます。すみません」
大和が渋々財布をズボンのポケットにしまうのを横目に、羽咲はずっとリュックに入れっぱなしだった手土産を取り出す。
「お口に会えばいいんですが……良かったら食べてください」
地元銘菓のあんこの入ったパイの紙袋を見て、節子は目を輝かす。
「まぁ!ありがとう。大好きなのよ、これ」
「良かったぁ。どうぞ」
バイト先のマスターが教えてくれた菓子だが、気に入ってもらえて羽咲はホッと胸をなでおろす。次のバイトで、マスターにちゃんとお礼を伝えよう。
「それじゃあ、私はバスだからここで失礼するわ。また良かったらお茶しましょうね」
「はい!是非」
二つ返事で頷いた羽咲に、節子はにっこりと笑うと日傘を差す。
小さく手を振り背を向けた節子は、すぐ角を曲がっていった。
「じゃあ、俺らも行きますか?」
「うん、そうだね」
大和に促され、羽咲は歩き出す。向かう先は、地下鉄の駅ではない、別のところ。
それは大和もわかっているようで、行きと違う道を選んでも、黙ってついてくる。
カフェで長居したので、時刻はもう夕方だ。けれど、もわんとした熱気は下がることはなく、歩き始めた途端、額や首筋に汗が滲んでくる。
「……付き合わせて、ごめんね」
「謝んないでくださいよ。俺も後でお願いしたいことあるんで」
「なぁに?」
「後で言いますよ」
「えー。すごい気になるから、今言ってよ」
口を尖らす羽咲に、大和は無の顔になった。つまり、今は言いたくないらしい。
気にはなるけれど、羽咲は寄り道に付き合ってもらっている立場である。
「……わかった。でも、後で言ってよ。やっぱいいはナシだからね」
「はいはい」
今度は返事をしてくれたけれど、「はい」は一回でいいと思う。




