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「それじゃあ、立ち話もなんですし、入りましょっか」
そう言って、節子が手のひらで示した指定場所は、こじんまりとした洋菓子店だった。しかしガラス扉の奥にはテーブルも見えるから、カフェも併設しているようだ。
白壁には詳しかったはずの羽咲でも、この店は記憶にない。おそらく外壁も看板もピカピカだから、オープンして間もないお店なのだろう。
そんな分析をしている羽咲に「行きましょう」と声をかけた節子は、洋菓子店の扉を開けた。
見た目は小さいお店だと思ったが、奥はかなり広かった。等間隔に設置されている丸テーブルを縫って、羽咲たちは窓際の席につく。
すぐに店員が、お水とおしぼりを席の前に並べ、最後にメニューをテーブルの中央に置いて去っていった。
「申し訳ないけれど、私がメニューを決めてもいいかしら?」
メニューを手に取った節子にそう切り出され、羽咲は大和をチラリと見る。
好き嫌いとかない?と尋ねたかっただけなのに、大和は助けを求められたと勘違いしてしまった。
「もちろんです。お任せします」
余所行きの笑顔を浮かべた大和に、羽咲は「違う。そうじゃない!」と訴えたい気持ちをグッと飲み込み、私もお任せしますと言いながらペコッと頭を下げる。
「よかった。是非、食べて欲しいものがあるの。気に入って貰えると嬉しいんだけど……」
最後は少し不安げな表情を浮かべた節子だが、定員を呼び止めるとテキパキと注文を終える。その口調には迷いがなかった。
ほどなくしてテーブルにケーキとアイスティーが並べられる。節子が注文したのは、ベリーの香りがするアイスティーと、シンプルなチーズケーキだった。
「飲み物は好きなものを……と、思ったんだけど、どうせならチーズケーキに一番合う飲み物で召し上がっていただきたかったの。ごめんなさい」
申し訳なさそうに「お口に合わなければ、違うものを注文してね」とメニューを差し出す節子に、羽咲は首をブンブン横に振る。
「とんでもないです!チーズケーキ大好物なんです私!」
「僕もチーズケーキ好きです。紅茶も詳しくなかったから選んでもらえて嬉しいです」
二人同時に口を開けば、節子は目を細めてクスクス笑う。
「なんだか気を遣わせちゃってごめんなさい。でも、お味は保証するわ」
そう言って節子は「さ、どうぞ」と羽咲たちに勧める。
しかし羽咲は、フォークを取らずに姿勢を正す。まず、伝えなきゃいけないことがある。
「今日は会ってくださってありがとうございます。あの……お報せするのが遅くなってすみません。祖母は先月……亡くなりました。すみません」
腰を浮かせて頭を下げた羽咲に、節子は悲し気な表情になる。
「お辛いことでしたね。芳郎さんから伺ってはいたけれど、お孫さんの口から伝えられると実感が湧いてしまうわ……ご愁傷様です」
節子の丁寧な口調の中にある、深い寂しさをしっかり感じた羽咲は、もう一度頭を下げる。
「生前は祖母と仲良くしてくださって、ありがとうございました。すいません……とっても恥ずかしいんですが、私、祖母のことあんまり知らなくって……良かったら、節子さんと一緒にいるときの祖母のこと、色々教えていただけないでしょうか?」
おずおずと尋ねた羽咲に、節子は微笑む。泣くのを我慢している、無理をした笑顔だ。
「ええ、もちろんよ。実は私、羽咲ちゃんに会ってみたかったの。こんな形になって残念だけど……今日はたくさんお話しできたら嬉しいわ。だから、さっ、立ってないで座ってちょうだい」
会いたかった?どうして私なんかに??
そんな疑問が浮かんだ羽咲だが、再び節子に「座って」と促されてしまった。
中途半端な姿勢だった羽咲が着席すると、節子は羽咲が質問する間を与えず、ストローをクルクル回しながら、祖母との出会いを語り始めてくれた。




