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空気を読まずに乱入してきた大和を、女生徒たちは歓迎していないが、露骨に邪魔者扱いもしていない。……いや、したくても、できないでいる。
なにせ彼女たちは、女の園で過ごしてきたので、男子に免疫がない。加えて、大和はイケメンだ。
彼の口の悪さを知らない彼女たちにとったら、胸をときめかせる存在になっているはずだ。
一方、羽咲は大和の突然のキャラ変に、頭がついていけない。
羽咲先輩だなんて初めて言われたし、語尾を伸ばす口調だってそうだ。それになりより、後ろからハグされている。
幸いにも羽咲はリュックを背負っているので、大和との密着は免れている。こんなにもリュックの存在を有難いと思ったのは、初めてだ。
「せぇーんぱぁーい。まだ、かかるの?」
無言で立ち尽くす羽咲の肩に、大和の顎が乗る。ふわっと、男の子にしては柔らかい髪が頬とうなじに触れ、羽咲は全身が真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと──」
「わかってる。だから早く二人っきりになろうよ。ね?」
こんな含みのある言い方をしたら、誤解しか生まない。なにが「ね?」だ。
そう大和に訴えたいところだが、羽咲はガッチガチに緊張して声が出せない。羽咲とて、幼稚園から女の園で過ごした身。
共学生活で多少は免疫がついたけれど、まだまだ男女のアレは未知の領域だ。
リアクション一つしない羽咲に焦れたのか、大和は今度は羽咲の手に触れる。一本一本、指を絡ませて、女生徒たちに見せつけるように胸の高さまで持ち上げた。
「もう、いいですよね」
羽咲に向けた声とは別人のように、大和は冷ややかな声音だった。
女生徒たちは、無言でうなずく。その表情は、ここにいるのが嫌で嫌で仕方がないといった感じだった。
「先輩、行きましょう」
大和は羽咲と恋人繋ぎをしたまま歩き出す。
背後から、女生徒の不満げな声が聞こえたけれど、二人は脇目も振らずに歩き続けた。
手を繋いだまま歩き続けたけれど、最初に足を止めたのは羽咲だった。
「……大和君……あのっ……手……!」
遠回しに手を離してと伝えたけれど、大和は繋いだ手を離さない。
「手汗……!私、手汗がヤバいから……!!」
だからお願い。手を離して。
羽咲が、小さな声で大和に懇願すれば、溜息と共に手が離れた。
「別に気にしないのに」
不満げに唇をとがらす大和を無視して、羽咲はリュックからハンカチを取り出す。そして、自分の手のひらを拭くと、次いで大和の手のひらもごしごし拭う。
「ごめん」
拭き終えたハンカチをいじりながら、羽咲は顔を赤くする。恥ずかしすぎて、額はもう汗でベチャベチャだ。
「謝るんじゃなくって、ありがとうのほうがいいんですけど?」
「え……?手汗を拭って……ありがとう??」
「いや違うし!」
目にも止まらぬ速さで突っ込みを入れた大和に、羽咲はフフッと笑う。
「わかってる。ありがとう……彼氏のフリをしてくれて」
「羽咲がぜんぜんヘルプ出してくんないから、俺、自分から動く羽目になったじゃん」
拗ねる大和は、いつもの──羽咲の知ってる大和だ。
間近で甘い言葉と、蕩けるような笑顔を直視してしまった羽咲だが、やっと平常心を取り戻す。
「ありがとう。大和君」
「ここは”ごめん”だろ」
「ふふっ……あはっ!」
「おい」
本気でキレだした大和に、丁寧に謝罪をした羽咲は、リュックから水筒を二つ取り出す。
「とりあえず、飲も」
「……そうだな」
この一連のやり取りで汗まみれになった二人は、同時に水筒の蓋を開けてゴクゴクと飲みだした。
ぬるい風が吹いて、大和の前髪が揺れる。
「あっつ」
手の甲で額の汗をぬぐう大和を目にして、羽咲は視線をそっとずらす。
繋いでいた方の手が、なぜかジンと痺れて不思議な気持ちになった。




