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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
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38/54

3

 駆け寄ってくる女生徒たちの制服は、ひざ丈のグレー色のワンピース。


 襟と袖口は白く、胸元には細いエンジ色のリボンが揺れ、頭には、ワンピースと同じ素材のベレー帽がちょこんと乗っている。


 全国の可愛い制服ランキングに毎回ランクインするこれは、羽咲が着るはずだった制服で、自ら着ることを諦めたものでもあった。


「柳瀬さん、久しぶり!元気だった?」

「もぉー、ぜんぜん連絡してくれないから寂しかったよぅ」

「今日はどうしたの?偶然会うなんて、びっくりしたよ」


 駆け寄ってきた女生徒の質問や訴えに対して、羽咲はまとめて「うん」と答えて微笑んだ。しかし、指先は微かに震えていた。


 羽咲の心の中は、会いたくなかったという漠然とした思いで占められている。しかし、女生徒たちはそれに気づいてないようで、かつての級友の状況を、屈託なく報告してくる。


「阿部さんね、高等部になってバトン部になったんだよー」

「今年のシロバラ祭はね、なんと久野さんがバイオリンのソリストに選ばれたのよ」

「最有力候補だった神原さんは、すごく悔しそうだったけどね」


 立っているだけでも汗が流れる炎天下で、女生徒たちの明るい声が歩道に響く。


 羽咲は、まだ自分が彼女たちと同じ学校に在籍しているかのような錯覚を覚えて、頭がクラクラする。


「そう……なんだ……」


 羽咲は強張る顔を必死に動かして、言葉を紡ぎ、笑みを浮かべ続ける。 


 本当はもう級友の名前を言われても、うっすらとしか顔が思い出せないし、彼女たちの近況報告を聞いても何の感情もわかない。


 同じ学び舎で過ごした時間は、決して短くなかったのに、背を向けた途端に、記憶が曖昧になっていく。自分は、なんて薄情な人間なのだろう。 


 自分自身に嫌気がさした羽咲は、気づかれぬようそっと息を吐く。しかし、女生徒の一人はそれを見逃さなかった。


「柳瀬さん、もしかしてこういう話、つまらなかった?」

「ううん。まさか」


 急に声のトーンが低くなった女生徒の一人に、羽咲は慌てて首を横に振る。


 しかし、残りの女生徒たちも、羽咲の僅かな嘘を感じ取ってしまった。すぐに険しい顔つきになる。


「そっか。柳瀬さんはもう、うちらとは違うもんね」

「ごめんね。遊んでばっかいるうちらの話なんて聞いても面白くないよね」


 急に攻撃的になった女生徒に、羽咲は「ごめん」と呟く。


 会いたくなかったとはいえ、彼女たちには悪気がなかった。良かれと思って、近況報告をしてくれていたのに。


 再び「ごめん」と呟く羽咲に、女生徒の一人はものすごく意地悪な顔になる。


「っていうか柳瀬さん、なんでこんなところで遊んでるの?勉強したくて外部受験したんでしょ?」

「あ……それは……」


 言い訳をしようとしたけれど、羽咲はぐっと堪える。


 幼稚園から私立に通っていた羽咲だが、より偏差値の高い学校に行きたいと中学三年生の秋に訴え、クラスで一人だけ公立高校を受験した。


 羽咲の突然の進路変更に、級友たちは驚き、本当の理由を探ろうとした。しかし、羽咲の口から語られる前に、大体の事情を察してくれた。


 そして腫れ物に触るような扱いを受けながら、羽咲は無事、公立高校に受かった。


 あの時の自分は、いっぱいいっぱいで周りに気を遣う余裕なんてなかった。だから、知らず知らずのうちに、級友を傷つけていたのかもしれない。


 この三人と、大学までずっと一緒にいようねと約束したことは覚えている。


 羽咲にとったら軽い口約束だったけれど、彼女たちにとったら違っていたのかもしれない。


「そうだね、私……遊んでる暇なんてなかった」


 約束を果たせない以上、友達を裏切った自分でいなければならない。


 嘘を吐いた羽咲に、かつての級友は傷ついた顔になる。でも、すぐにもっと意地悪な顔つきになった。


「ってか柳瀬さん、遊ぶお金なんてあるの?大変だよねぇー、生活レベルが急に下がるなんて。私だったら、生きていけないかも」

「ちょっと、やめなよ!そんなこと言ったら柳瀬さんが可愛そうじゃない」

「そうよ。柳瀬さんだって苦労してるんだから」


 羽咲を傷つける言葉を吐いた女生徒達も、その女生徒を諫める二人もニヤニヤ笑っている。


 だけど、羽咲は激高することができない。侮辱するような発言は事実だし、怒ってしまえば彼女たちの思うツボだ。


 逃げよう。今すぐに、この場から立ち去ろう。


 冷静に彼女たちを言い負かすことも、後先考えずにブチキレて二度と減らず口を叩けぬようにする度胸もない羽咲は、そっと片足を後ろにずらす。


 そしてそのまま女生徒たちに背を向けようとしたその時──


「羽咲ぁせぇーんぱぁーい、ねぇーまだぁー?僕、つまんないんだけどぉ―」


 これ以上ないほど甘えた声と共に、ギュッと抱きしめられてしまった。


 驚いて振り返れば、拗ね顔の大和が、潤んだ目で自分を見つめている。


 その姿は、まるで本物の恋人のようだった。

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