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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
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2

「……羽咲さんって呼びにくい」


 大和の怒りが鎮まったと思ったら、今度はクレームを受けてしまった。


「え……?」


 首を傾げた羽咲は、じっと大和を見つめる。


「気を付けてないと”羽咲しゃん”って呼びそうになる」

「……そう?」

「そう。だから羽咲って呼びたい」

「っ……!」

「いいだろ?」


 尋ねているが、大和の口調は決定事項を告げているようだ。


 なるほど。これで手打ちにしてやるっていうことか。


「わかった。いいよ」


 即答した羽咲に、大和は満足そうに頷いた。


「じゃあ行こう。羽咲」

「うん。あ!待って」


 歩き出そうとした大和の腕を掴んで引き留めた羽咲は、リュックから保冷袋を取り出す。


「おやつ持ってきたんだ。歩きながら食べよ」

「ああ……って、何これ?」


 アルミ製の保冷袋から出てきたものを目にして、大和は眉間に皺を刻む。


 しかし羽咲は、大和にそんな顔をされても平気だ。だって、これは確実に美味だから。


「じゃーん!バナナアイスだよ。はい、どうぞっ」

「あ、ああ……」


 おずおずと受け取った大和は、アイス片手に固まっている。


「食べないの?ちょうど食べごろなのに」

「いやこれ、アイス?ただのバナナが凍ってるようにしか見えないんだけど」


 大和は、まじまじとアイスを見つめながらそう言ったが、まさにその通り。


 これは半分に切ったバナナに割り箸を差して冷凍しただけの、ただの凍ったバナナだ。しかし柳瀬家では、これを”バナナアイス”と呼んでいる。


「いいじゃん、似たようなもんだし」


 雑な返答をした羽咲は、大和のバナナアイスを取り上げラップを剥がす。


「四の五の言わずに食べてごらん。美味しいから」


 バナナアイスを大和に返して、羽咲は自分の分のラップを剥がして、アイスにかぶりついた。


「んー、おいしっ」


 お風呂上りのバナナアイスも美味しいが、炎天下で食べるこれも甲乙つけがたい。


 幸せな笑みを浮かべる羽咲を見ていた大和も、おずおずとバナナアイスにかぶりつく。


「……意外にいける」

「そうでしょ?おばあちゃんも作ってたんだよ。ってか、おばあちゃんちで食べてから、家でも作るようになったんだ」

「へぇー。じゃあ、麦茶に梅干し入れるのも?」

「ううん、違う。あれはうちのママが考えた」

「そっか」

「でも、おばあちゃんも飲んでたよ」

「ふぅーん」


 頷いた大和は、もうバナナアイスを食べ終えていた。難癖つけたくせに完食され、羽咲は嬉しくなる。


 羽咲もとっくに食べ終えており、ゴミとなった割り箸は大和の分も回収して保冷袋に放り込む。捨てられるタイミングがあったらどこかで処分するが、とりあえずリュックに押し込んでおく。


 隣を歩く大和は、スマホをチラチラ見ながら歩いてる。多分、地図を確認してくれているのだろう。でも申し訳ないが、今日は必要ない。


 金山ではキョロキョロしながら歩いていた羽咲だが、今日の足取りはしっかりしている。


「羽咲もしかして今日行くとこ、知ってる場所なの?」

「……まぁね」


 ぼかした返事をしてしまったが、中学校を卒業するまで、ここら辺一帯は羽咲のホームだった。


 もともと尾張藩の武家屋敷が集まっていたここ──白壁は、明治になって財界人の邸宅が立ち並ぶようになった。


 歴史の重みと、豪奢な建物に埋もれているこの街は、羽咲の思い出がたくさん詰まっている。


 ただ羽咲にとっては過去となってしまったが、ここが静止画のように時が止まったわけじゃない。


 羽咲がこの街から離れても、残った人たちはそれぞれの人生を歩んでいる。


 そして思い出深い場所に足を踏み入れてしまえば、望まぬ再会だって引き寄せてしまうのは致し方ない。


「あれ?もしかして、柳瀬……さん?」


 角を曲がった瞬間、聞き覚えのある声が背後からして、羽咲は振り返った。


 視界の先には、名門女子高の制服を着た生徒三人が、驚いた顔をしている。


「久しぶりだね」


 羽咲は、女生徒に笑いかけた。


 会いたくなかった──そんな苦々しい気持ちを必死に隠して、精一杯、自然な笑みを作った。

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