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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
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 ”文化のみち”は名古屋の東区にあり、地下鉄で向かうとなると少し歩くことになる。


 駅と駅の中間地点にあるここは、バスのほうが便利だ。でも羽咲は、あえて名城公園駅を選んだ。


 同行してくれる大和は、炎天下で歩くことになるにもかかわらず、二つ返事で頷いてくれた。


 それが申し訳なくて、本日はお茶に加えておやつも用意した。


 とっておきのやつだから、歩きながら節子が指定した場所に向かえば、少しは罪悪感も薄れるだろう。


 ちなみに今日も羽咲は、千種駅のホームで大和と待ち合わせしている。なぜなら名城公園駅は、金山と同様に乗り換えが必要だからだ。


「……まだ来てないよね」


 千種駅のホームのベンチに座って、羽咲は数分おきに到着する電車を眺めている。


 待ち合わせ時間は、14時30分だが、今の時刻は14時10分だ。


 ギリギリまで家にいようと思ったけれど、どうにも気持ちが急いてしまい、結局、今回もまたホームで時間を潰すことになってしまった。


 羽咲はリュックからスマホを取り出し、大和からメッセージが届いてないか確認する。予想通り、メッセージアプリには、新規メッセージを報せる通知は届いてない。


「ま、そうだよね」


 落胆することなく、羽咲はメッセージアプリを閉じる。


 大和は「今から行くね」とか「そろそろ着くよ」とか、マメにメッセージを送ってくれるタイプではない。

 

 でも、こちらからメッセージを送れば、ちゃんと返信してくれる。どれだけくだらないものでも、誠実に。


 大和と会うのは、10日ぶりだ。その間、羽咲は夏期講習を受けるために登校したり、バイトしたり、友人と一緒に夏休みの宿題をやったりと、そこそこ忙しく過ごしてきた。


 でもふとした時に、大和に会いたくなる。先週末に待ち合わせ場所を決めるメッセージを送ったら、余計に会いたくなった。


 だからここ数日は、既読スルー覚悟で意味のないメッセージを大和に送ってしまった。でも、大和はどれに対しても一つ一つ丁寧に返信してくれた。ああ見えて、結構律儀な奴だ。


「……もしかして、運動部に入ってるのかなぁ」


 帰宅部の羽咲は想像することしかできないが、平成の時代に比べて多少緩くなったとはいえ、運動部の上下関係は厳しいはずだ。


 その証拠に、バレー部に所属する奏海は、先輩を前にすると別人のようにビシッとする。逆に、後輩の前だとビシッとさせる。


 羽咲は大和より、一つ年上だ。同じ学校ではないにしろ、先輩の声は神の声だと認識しているのかもしれない。


「そういうの、あんまり好きじゃないんだけどなぁー」


 義務感じゃなく大和の意思で、返事をしてほしかった。


 一緒にいるとき、大和はグダグダな敬語を使いながら、容赦ない突っ込みを入れる。けれど、ここ一番って時には、必ず助けてくれる。


 それはまるで、普通の友達のようだと羽咲は錯覚しそうになる。だけど──


「……大和君は、なぁーんにも教えてくれない」


 大和は羽咲のメッセージに返事をしてくれるが、自分のことは一切語ろうとしない。


 探りたいわけじゃないけれど、友達ノリで宿題のこととか、登校日のこととか尋ねても、器用に答えをぼかしやがる。


 彼女いる?という問いには、即レスで「いない」と返事が来たけれど。


 大和がしゃべりたくないことを、無理に聞き出すつもりはない。ただ、誤魔化されるたびに、見えない壁を感じて寂しくなるだけ。そう、それだけだ。


 ため息を吐くと同時に、電車が到着するアナウンスがホームに響く。


 微かに地面が揺れ、なまぬるい風と共に、電車がホームに滑り込む。扉が開いて、降客が吐き出され──最後に待ち人がこちらを見た。


「ごめん、また待たせちゃった」


 小走りに駆け寄った大和は、羽咲を見て、眉も肩も下げた。


 待ち合わせ時間の10分前に到着してくれたのに、そこまで委縮しなくても。


 逆に申し訳ない気持ちになる羽咲だが、それよりも別の感情が大きく心を占領する。


「っ……!ふ……ふふっ。あはっ、あははっ」

「おい」


 突然笑い出した羽咲に、大和はムスッとする。


「ごめん、ごめん。とりあえず、乗ろ?」


 何か言いたげな大和の背を押し、羽咲は出発寸前の電車に乗り込んだ。





「──で、なんで笑ってたん?」


 名古屋城駅に到着しても、大和の機嫌は直らなかった。


「あー……別に、意味はないよ」

「俺、意味もないのに笑われたってことっすか?」


 冷めた目つきになった大和を見て、羽咲は自分の発言によって彼の怒りが増したことを知る。


「……ごめん」

「いや、別に謝ってほしいわけじゃないんですけど?」

「つまり、理由を知りたいだけって感じ?それなら、もっとごめん。私もわかんない」

「自分のことなのに?なんすか、それ」

「うーん。なんか、楽しくなったみたい」


 大和を馬鹿にしたくて、笑ったわけじゃない。


 悶々としていた心が大和の姿を見た途端、すっと晴れたのだ。それにびっくりして、心が弾んで、笑みがこぼれてしまったのだ。


 そんな詳しい説明をするのが恥ずかしくて、羽咲はもう一度「ごめん」と呟く。


 すぐに大和は、自分の前髪を掴んで、「ふぅー……」と深く息を吐いた。


 ぐしゃぐしゃになった前髪の隙間から覗く大和の瞳は、もう怒りの色が消えていた。

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