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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
両親への秘密は、お酢の味

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「ああ、わかった。15日か……他の日は駄目なのか?……そうか……じゃあな」


 スマホを耳に当てた父親の発した短い言葉で、大体の内容を察してしまった。

 

「伯母さん、もしかして……お盆にこっち来るの?」


 来ないでほしい。そう願いながら父親に尋ねたけれど、返事は望まぬものだった。


「悪いな。他の日にしてもらいたかったんだけどな」


 そう言って、父親は壁に貼ってあるカレンダーを見る。


 工場勤務の父親は出勤時間も休みも不規則だ。なので、毎月シフトが出るとカレンダーに書き写してくれる。


 8月15日は、昼勤マークがついている。


「伯母さん、何時くらいに来るって言ってた?」

「昼だってさ」

「……そっかぁ」


 お盆休みがないのは、父が再就職した時に覚悟はしていた。けれど、よりにもよってその日が昼勤とは、なんとも運が悪い。


「……ママ、大丈夫?」


 羽咲と父親の会話を静かに聞いていた母親は、ニコリと笑う。


 いつも通りを装っているけれど、母親の表情はぎこちない。


 無理もない。伯母は、母親のことを毛嫌いしていた。理由はとても簡単で、母親が”努力の人”だからだ。


 羽咲の母親は、幼い頃に事故で両親を失った。それから親戚中をたらい回しにされながら、なんとか高校を卒業した。


 その後、一度は就職をしたものの、二年後に夜間の大学に進み、栄養士の資格を取った。


 一方、伯母は高校卒業後、アイドルを夢見て上京。しかし夢破れて長野に戻ったけれど、その時、既に妊娠していた。


 相手は妻子ある男性で、未婚のまま男児を出産して伯母はシングルマザーになった。


 しかしそれだけでは終わらなかった。シングルマザーになって祖母たちと一緒に暮らしていた伯母は、今度は運命的な出会いをして子供を連れて大阪へ。


 家出のような形で伯母は出て行ったらしく、祖父も祖母も心配して探しまくったそうだ。


 色々手を尽くして見つけた伯母は、大阪で二人目を出産していた。ちなみに運命的な出会いをした相手には、とうの昔に捨てられたそうだ。


 そんな破天荒な生き方をしている伯母は、現在50歳。大学生と小学六年生になる息子がいる。そして、岐阜に住む20代の男性と同棲している。


 己の身に降りかかった不幸に抗って努力を重ねた母親と、本能のまま生きている伯母。正反対の生き方をしているせいか、伯母は母親と顔を合わせるたびに、耳を塞ぎたくなるような嫌味を吐く。


 嫌いならどうして距離を置かないのだろうと、羽咲は疑問に思う。あと士業に就いていた祖父と、温厚な祖母の間に、どうして奔放すぎる伯母が産まれたのかも謎である。


 しかしその疑問を解決するより、来るべき8月15日に備えることのほうが重要だ。


「ママ、安心して。15日は水曜日だけど、お盆でバイト休みだから。私、ずっと傍にいるからね!」


 真剣な顔で羽咲が訴えれば、母親は困り顔になる。


「羽咲こそ、そんなに心配しないで。ママは一人でも大丈夫よ」


 三人分のお茶を淹れ直す母親に、強がりは感じない。でも、その言葉を鵜呑みにするつもりはない。


「まぁ、俺も明日職場に行ったら、シフトを変えてもらえるか聞いてみるさ。最悪、居留守を使うってのもアリだ!」

「すごいパパ!冴えてる」

「だろ?」

「こら、二人とも!そんなこと言っちゃダメでしょ」


 意気投合した羽咲と父親を、母親は怖い顔で叱る。


 柳瀬家の法であり秩序である母親を本気で怒らすのは避けたいと、父親はわざとらしく咳ばらいをして話題を変えた。


「そうそう今日さ、羽咲がカラオケ行ったらしいよ、ママ」

「あら?そうなの??」


 叱ったことなど忘れたかのように、母親は目をまん丸にして羽咲に尋ねる。


「あー……うん……」


 その話題を深掘りされたくない羽咲は、曖昧に頷きながら、味変用に用意されているお酢を引き寄せる。


「珍しいわね。お友達と?」

「う、うん」


 動揺を隠すために、羽咲はお酢の蓋を外して残り僅かになった餃子にかける。


「何歌ったの?」

「あー……昭和歌謡……」

「随分、斜め上の選曲をしたわねぇ」

「うん。知名度低い方が音痴ってバレないかなって。でも……やっぱ、駄目だった……」


 目を泳がせながら何とか答える羽咲は、お酢のことまで気が回らなかった。


「ふふっ、そっか。でも楽しめたならそれで──……ちょっと、羽咲!あなたお酢かけ過ぎじゃない!?」


 母親の慌てた声で、我に返った羽咲はギョッとする。


 大切に残しておいた餃子は、お酢まみれになっていた。


「羽咲。パパのと交換するか?」


 この世の終わりのような顔をする羽咲に、父親はそっと自分の餃子の皿を差し出す。しかし羽咲は、首を横に振った。


「いい。これくらいかけた方が、さっぱりして美味しいから」


 明らかに嘘だとバレているが、羽咲は平常心を装い、お酢まみれの餃子を口に入れる。


 予想通りの酸っぱさで、羽咲は豪快にむせてしまった──だが気合で、完食した。

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