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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
祖母に捧げるラブソング

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10

 うっかりしていたとはいえ、マナー違反を犯してしまった羽咲は、さぁーっと青ざめる。そして、口に入っている煎餅をものすごい速さで嚙み砕く。


 どうしてかというと、優雅に食べているのが失礼な気がしたからだ。


 ただ、そうしたところでどうなるかという思いはあるが、テンパってしまった羽咲は正しい判断ができないでいる。


 そんな羽咲を見て、鈴子は嬉しそうに追加のお煎餅をカバンから取り出す。


「気に入ってくれたの?嬉しいわ。塩味もあるから、こっちもどうぞ」

「あ、いえっ」


 羽咲が首を横に振った途端、今度は千春がカバンから飴を取り出してしまった。


「鈴さん、違うでしょ?しょっぱいものを食べたら、今度は甘いものに決まってるわ。どのお味が好きかしら?」

「いえ、だ、大丈夫です!そうじゃなくって」


 ──プルルルルッ。


 羽咲が自分の非常識さを謝罪しようとしたその瞬間、カラオケ時間終了10分前を知らせるコールが入ってしまった。


「もしもし?あーはいはい。わかったよー」


 素早く受話器を取った宮部は、相槌を打ちながら、芳郎に片手で合図を送る。


 そうすれば芳郎は、心得たように電子目次本を──なぜか、羽咲に押し付けた。


「え?これ……は……?」


 受け取ったのは、カラオケの楽曲を選ぶためだけにある機材で、芳郎が押し付けたということは、羽咲に歌えと訴えているはずだ。


 しかし、羽咲はあえて尋ねた。なぜなら羽咲は、救いようのないド音痴だからだ。


「やっぱ今日の締めは、羽咲ちゃんだろ?ほら、好きな曲入れな。あ、俺らに気を使って昔の歌入れなくていいから」

「あの、私……引くほど音痴で……カラオケは聞き専で……どうか他の方が歌ってください」


 プルプル手を震わせながら、羽咲は電子目次本を芳郎に返そうとする。だが、彼は頑として受け取らない。


「大丈夫、大丈夫!若い子はそんなこというけど、皆上手なんだよねー」

「いえ、私は本当の音痴なんです……私が歌い出すとみんなトイレに逃げてくし、私の次に歌う子は、なんか音程がわからなくなったって言うし……他にも色々あるんですが、とにかく私は歌っちゃいけないレベルの音痴なんです……」


 自分で言ってて悲しくなるが、何一つ大げさに伝えていない。むしろ控えめの表現だ。


 それなのに、芳郎を含め、カラオケサークルのメンバーは全員、声を上げて笑う。こんなにも羽咲が必死に訴えているというのに。


「ささっ、時間もないし遠慮はこれくらいにして、好きな曲を選んでちょうだい」

「そうよ。ゆきさんもお孫さんが歌ってくれたら喜ぶわ」

「いやぁー、若い子の歌が聞けるなんて長生きしてみるもんだね」

「こら、芳さん。それセクハラ!」

「あちゃー。失敬、失敬!」


 そんなことを言いながら、カラオケサークルのメンバーはあっという間に片付けを終え、聞く体制に入っている。羽咲の前にはマイクが用意され、もう後戻りはできない。


「……羽咲さん、俺、歌おっか?」


 追い詰められた羽咲を助けるべく、大和はさりげなくマイクと電子目次本を回収しようとしてくれる。


 その申し出は泣くほどありがたい。しかし、今日は大和に助けられっぱなしだ。


「いい、歌う。その代わり、大和君、耳塞いでて」

「はぁ!?なんで俺だけ聞いちゃダメなん?」

「私が音痴だから!」

「そんな言うほど酷くないでしょ?」

「それは私が歌い終えてから言って!」


 大和と短い会話をしながら、羽咲は昭和歌謡を入力した。


「……これは、おばあちゃんのため。おばあちゃんのために、歌うんだから……」


 自分に言い聞かせながら、羽咲はマイクを両手で握って立ち上がった。

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