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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
祖母に捧げるラブソング

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29/54

8

 芳郎が語りだしたのを機に、他のメンバーも次々に祖母との思い出を語り出していった。


 それを予期していたのだろうか。大和はさりげなく羽咲に会話の主導権を譲ると、その後は聞き役に徹している。


 このカラオケサークルは、結成して5年。全員が70代。住んでいる場所は、名古屋とその近郊。利用する交通機関がバラバラなので、金山で集まっているとのこと。初期メンバーは鈴子と節子で、その後、宮部、芳郎、千春の順番で入会したらしい。


 といっても、このケサークルは何かの大会で賞を取りたいとか、動画配信で一発当てたいといった野望はない。


 月二回程度、時間に都合が着く人だけが集まって、数時間歌ったり、おしゃべりしたりして解散する、よくあるシニアサークルのようだ。


 ちなみに祖母は、一年ほど前に初期メンバーである節子に誘われて入会した。その経緯を尋ねてみたが、誘った本人である節子に訊けと言われてしまった。


「せっちゃんねぇ、今、ボランティアやってっから。近くまで行けば、いつでも会ってくれるよ。良かったら、連絡入れとこっか?」


 そう言って、芳郎はセカンドバッグからスマホを取り出し、タップ操作をし始める。しかし、すぐに「あー、めんどくせぇ」と舌打ちして、電話を掛け始めた。


「芳さん、メッセージ送るの苦手だからねぇ。ごめんね、口は悪いけど良い人なのよ」


 さりげなくフォローを入れる鈴子に、羽咲は笑みを浮かべる。


「はい。色んなお話をお聞かせくださったし、すごく感謝してます」

「まぁ!やっぱりゆきさんのお孫さんだけあって、礼儀正しいわねぇ。うちの孫なんか、ほんと、全然駄目。この前、ちゃんと挨拶しなさいって叱ったら、私の方がお嫁さんに叱られちゃって──」

「ちょっと鈴さん。そんな愚痴言ったら、羽咲ちゃんが困っちゃうでしょ」


 慌てて嗜める千春に、羽咲は曖昧に笑いながらオレンジジュースを啜る。


 このカラオケサークルは、歌の上手さではなく、人の悪口を言わないのが入会条件らしい。


 穏やかな祖母の口から、誰かの悪口が出てきたことは記憶にないし、悪口を訊くのも快く思っていなかった。


 そんな性格の祖母なら、このカラオケサークルは居心地よかっただろう。自分なんかと、一緒にいるより、出会って一年程度のこの人たちのほうが。


 露骨に避けてはいなかったけれど、祖母と距離を置いていた自覚がある羽咲は、罪悪感と寂しさで、複雑な気持ちになる。


 でも、一番大きく締めているのは”安堵”だ。


「祖母と一緒に住みだしたのが受験のときだったから、ゆっくり話をする時間がなくって……高校に入学しても自分が環境に慣れるのが精一杯で……祖母にずっと寂しい思いをさせてて申し訳ないって思ってたんです。でも今日、色々お話を聞かせてもらって、祖母が楽しい時間を過ごしていたのがわかって……嬉しいです」


 オレンジジュースを飲み干して、羽咲は深く頭を下げる。顔を上げると、カラオケサークルのメンバーの目は、全員潤んでいた。


「ほんと、いいお孫さんだねぇ。ゆきさんは本当に幸せ者だ」


 しみじみと呟いたのは、最年長の宮部だった。


 宮部は喋り下手のようで、これまで鈴子や芳郎が話す内容を補足するだけで、自ら話すことはなかった。そんな彼の言葉は、とても重みがある。


 しかし、祖母がどんな事情で故郷を捨て、ここに移り住んだか、きっと彼らは知らないだろう。祖母もきっと、自ら語ってはいないようだ。


「……そんなこと……ないです」


 本当にいい孫だったら、祖母が死んでから足跡を辿るような真似なんかしない。生きている間に、カラオケサークルのことだって知っていたはずだ。


「私は、祖母にとっていい孫じゃなかったと思います」


 そこまで言って、羽咲は唇を噛んで俯いてしまった。

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