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オレンジジュースで喉を潤してから、羽咲は本題を切り出した。
「私、祖母と1年半ほど一緒に住んでたんですが、学校とかあってあまり話ができなかったんです。遅すぎるのはわかってるんですが、祖母のこと知りたいんです。あの……祖母との出会いとか色々教えていただけないでしょうか?」
言い訳を含んだ羽咲の問いかけに、カラオケサークルのメンバーは誰一人として嫌な顔をしなかった。
「ええ、もちろん。お話させていただくわ」
一番最初に頷いてくれたのは、メンバーの一人──鈴さんこと、鈴子である。
ちなみに鈴子は、羽咲たちが入室するタイミングで揉めていた時に、扉を開けた老婦人である。
ショートカットの髪を明るい茶色に染めている彼女は、当時の女性にしては背が高い。年齢も祖母より少し若そうだ。
「なんだか、ゆきさんとのお話をお孫さんにするなんてちょっと恥ずかしいけど。ふふっ」
鈴子の隣に座って照れくさそうに笑みを浮かべているのは、同じくメンバーの春さんこと、千春。
メンバーの中で一番小柄で、散らかったテーブルを片付けたり、羽咲たちのために席を開けたり、息をするように気遣いをしてくれる奥ゆかしい感じがする女性だ。
「ゆきさんのことかぁ。いやぁーどっから話そっかな。宮さんからいくかい?」
薄くなった頭髪を撫でつけながら、放り出したままのマイクを片付けている男性に問いかけているのは、芳さんこと、芳郎。
一方、トップバッターを押し付けられた宮さん──宮部は、ぎょっとした顔になった。
「おいおい、そりゃないよ。芳さんから、話してくれや。一番年上なんだし」
「そうしたいんだけどねぇ。歳のせいで、すぐに思い出せないんだ」
即答した芳郎だが、会話もしっかりしているし、腰も曲がっていない。
十代の羽咲から見れば、芳郎も宮部もさほど年齢に差がないように思える。それは男性陣に限ったことではなく、鈴子と千春も祖母と、そう歳は変わらないはずだ。
けれども、カラオケサークルのメンバー達は誰が年上だとか、お前のほうが記憶力があるからと言いあい、話し出そうとしない。
「あの、覚えてる範囲で結構なんです。なんでもいいから祖母のこと、教えてください」
無駄な譲り合いを止めるべく、羽咲は再び頭を下げるが、終わりは一向に見えてこない。
「……このままおばあちゃんの話、何も聞けないままだったら……どうしよう」
小声で不安をこぼす羽咲を、大和はチラリと見る。
「そうならないために、俺がいるんじゃないっすか?」
「……え?」
「羽咲さんになら、自分の顔を都合よく使われても嫌じゃないんですねよね、俺」
「は?だ、駄目だよ」
「言っておきますが、俺の顔の使用権は俺にあるんで。羽咲さんが駄目とかいう権利ないですよ」
「そりゃそうだけど!でも、それ今言う?なんか使い方ちょっと違……あ、待って……!」
訳が分からない持論を展開した大和は、引き留める羽咲を無視してソファから立ち上がる。
そして、これ以上ないほど爽やかな笑みを浮かべて、カラオケサークルのメンバー全員に向け口を開いた。
「あの、お取り込み中すいません。さっき僕たちが部屋に入る前に歌ってたのって、芳さんですか?それとも宮さんでしたか?」
急に割って入った大和に、カラオケサークルのメンバーはポカンとする。一拍置いて、芳郎がおずおずと手を挙げた。
「あー……俺だが?どした?」
「すっごく上手だったんで!こんなタイミングで訊くのは失礼だとわかってたんですが、どうしても気になっちゃって。ごめんなさい」
礼儀正しく頭を下げる大和に、芳郎はデレデレだ。
「いやぁー、そんな上手くないよぉー」
謙遜なのか、事実なのかわからないが、芳郎は大げさに手を振る。しかし、大和はその三倍の勢いで頭を横に振った。
「そんなことないです!僕、芳郎さんの歌が上手すぎて、部屋のドア開けたくなくて羽咲さんを止めてたぐらいですから。やっぱカラオケサークルって、上手い人が集まるんですね。羽咲さんのおばあちゃんも上手だったんですか?」
「そうだなぁ、あんまり歌ってくれなかったけど、なかなかのもんだったぞ」
「そうなんですか。やっぱ上手すぎる人がいると、緊張しますからね。ぶっちゃけ、僕も皆さんの前で歌う度胸はないです。あ、羽咲さんのおばあちゃんは、僕と同じように芳郎さんの歌を聞いて、このカラオケサークルに入ったんですか?」
「まっさかぁ。そんなわけあるか。ゆきさんは、節っちゃんから紹介されて入ったんさ」
「節っちゃん?えっと……どなたでしょうか?」
「今日はちょっと来てないけど、もう一人のメンバーさ」
「あ、そうなんですか」
目をキラキラさせて尋ねる大和に、気を良くした芳郎はスルスルと答えていく。
「……すご」
二人のやり取りを傍観していた羽咲は、大和の底知れぬ話術を目の当たりにして、感動を通り越し、軽い恐怖を覚えてしまった。




