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──それから、15分後。
ポップコーンが弾けるように賑やかだったカラオケ室内は、重苦しい空気に変わった。羽咲が、祖母の死を伝えたからだ。
「……お伝えするのが遅くなって……その、本当に……申し訳ありません」
羽咲は、沈んだ表情を浮かべるカラオケサークルのメンバー──男性2人女性2人。計4人に向かって、深く頭を下げる。
「いや、いいんだよ。君が謝ることじゃない。教えてくれて、ありがとな」
「そうよ。わざわざお孫さんが来てくれるなんて……ゆきさん、幸せ者ね」
「それにしてもぁ、糸沢さんも電話してくれた時に、教えてくれても良かったのになぁ」
「ほんと、糸沢さんったら。あの人、そういうところ、あるわよねぇ」
落ち込んでいたカラオケサークルのメンバーだが、糸沢への不満を吐き出すと、次第に気持ちが浮上し始める。
「あ、あの……!糸沢さんは、きっと私が直接伝えるべきだと思ったから、あえてお伝えなかったんだと思います」
羽咲にとって糸沢は、苦手なところもあるけれど、総合的に親切な人である。
カラオケサークルのメンバーがずっと気落ちしたままなのは辛いけれど、自分のせいで糸沢の評価が下がるのも申し訳ない。
そんな気持ちでフォローを入れる羽咲に、カラオケサークルのメンバーの一人は、コロコロと笑う。
「ふふっ、心配しなくても、大丈夫。いつもこうなだけ。糸沢さんのせいにしとけば、丸く収まるの」
「……はぁ」
納得できない羽咲だが、カラオケサークルのメンバーは本気で糸沢のことを嫌ってはいないようで「今度来たら、青汁飲んでもらいましょう!」と提案している。
「サークルにはサークルのやり方があるんだから、いいんじゃないの?」
大人びたことを言う大和は、ずっと羽咲の隣に座っている。
今日は、無駄にイケメンオーラを振りまくことも、気配を殺すこともしていない。ただ座って、羽咲たちのやり取りを見守っている。それが、とても心強い。
「……わかった。いいことにする」
「しとけ、しとけ」
「うん」
大和に背中を押された羽咲は、本来の目的を果たすために、気持ちを切り替えようと空のグラスを二つ持ち上げる。
このカラオケ店はフリードリンク制なので、部屋の外にドリンクバーがある。
「ちょっと飲み物取ってくる。大和君、何がいい?」
「一緒に行く」
「ん?いいよ。近くだし。場所わかるし」
「一緒に行く」
「そう?」
「ああ」
即答する大和は、カラオケサークルのメンバーに「お代わり持ってきます」と声をかけている。
その社交性の高さに脱帽しつつ、羽咲は大和と一緒に廊下に出た。
「芳さんと鈴さんは、お茶。春さんはコーヒーで、宮さんは氷無しの水」
ドリンクコーナーに到着すると、大和は手際よくグラスに飲み物を注いでいく。
「で、羽咲さんは何飲む?」
「……大和君の記憶力がすごすぎて、何を飲んでいいかわからない」
「己の優柔不断さを、俺になすりつけないでください。もうオレンジジュースでいいっすよね」
「あ、うん」
駄目な子を見る目になった大和に、羽咲は反論できずコクコクと頷く。
そうしている間に、大和はドリンクコーナーの端に置いてあったトレーを見つけて、人数分のグラスをそこに乗せる。
廊下に出てから何一つ役に立っていない羽咲は、せめてお運び役になろうとトレーに手を伸ばすが、それすら大和に取り上げられた。
「ドアだけ開けてください」
「……はぁーい」
しょぼい任務を与えられた羽咲は大和と並んで廊下を歩き、カラオケサークルのメンバーが待つ部屋に立つ。そして両手でドアを開けた途端──
「おかえり。お!グラス全部持ってあげるなんて、優しい彼氏さんだねぇ」
悪気のないメンバーの一人の言葉に、羽咲と大和は同時に声を上げる。
「あははっ、全然そんなんじゃないですよー」
「ちょ、ち、違います!違いますからっ」
笑い飛ばす羽咲と、動揺しまくる大和を見て、カラオケサークルのメンバー全員は眩しいものを見るように、目を細めて笑った。




