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「着いたよ」
大和が足を止めた先は、細長いビルが丸々カラオケ店になっている建物だった。店名も、糸沢が教えてくれたものと一致している。
「おぉ……!一発で到着できるなんてすごい!」
「褒められる次元が低いと素直に喜べないっすね。早く中に入りましょう」
「そぉーだねー」
冷たい目を羽咲に向けながら、大和は大股で店内に入る。羽咲も、大和の背中を追いかけた。
事前にカラオケサークルのメンバーが後から羽咲たちが来るのを店員に伝えてくれていたのか、受け付けはスムーズに済んだ。
「お会計、二名で1,950円です」
「はーい」
大学生の思わしきバイトの男性店員に羽咲は財布を取り出すと、素早く千円札を二枚出す。
「ちょ、ちょっと待てよ。俺、自分の分は──」
「50円のお返しです」
割って入った大和だが、店員は素っ気なく羽咲にお釣りを渡すと、ドリンクバーのグラスが入った籠をカウンターにドンと置いた。
「お部屋は、三階になりまーす」
早く行けと言いたげなバイト店員に、大和はムッとしながらも籠を持つ。次いで、羽咲に目で「行くぞ」と合図して、エレベーターに向かう。
「……まさか羽咲さんが年上だから、俺の分まで払うとか言いませんよね?」
プライドを傷つけられた顔をする大和に、羽咲はブンブンと首を横に振る。
「違うよ!そんなんじゃない付き合ってもらってるのに、カラオケ代まで払ってもらうのは悪いから……」
「そういうのも含めて、付き合うって言ってるんで。変な気の使い方やめてくださいよ」
「わかった。次からはそうする──ってことで大和君、エレベーター乗ろっ」
タイミングよく到着したエレベーターに、羽咲は大和を押し込む。
「あのね、一度やってみたかっただけなの……」
<閉>ボタンを押しながら、羽咲は大和を見ないで語り続ける。
「自分で働いて、そのお金を誰かに使うってこと。その相手がたまたま大和君だっただけなの。だから、あんまり気にしないで……ほんと、それだけだから」
言い終えて、羽咲は大和に笑いかける。
「そういう風に言われたら、なんも言えなくなるじゃないっすか……ずるっ」
大和が悔しそうに顔を歪めたと同時に、エレベーターが停まった。
二人は並んで廊下に出る。そしてすぐに、カラオケサークルのメンバーが集まる部屋の前に到着した。
「うー……どのタイミングでドア開けよっかなぁ」
一応、防音完備をしている室内から、微かに曲に乗って誰かが歌う声が漏れていて、羽咲は入室するのを躊躇ってしまう。
「俺、特攻しましょっか?」
「待って、駄目っ。この前言ったじゃん!大和君の顔を利用しないって!」
「じゃあ、いつ入るんっすか?」
「それを今、悩んでるの!」
意固地になる羽咲と、さっさと部屋に入りたい大和が、部屋の前で言い争いをしていたら、突然ドアが開いた。
「どうかされま……あら?もしかして、あなた糸沢さんが言ってたお嬢さん?」
「は、はい!そうです!柳瀬羽咲と言います」
「まぁ!やっぱり、ゆきさんのお孫さんなのね!」
祖母と同年代と思われる高齢女性は、羽咲が祖母の孫だとわかった途端、ぱぁぁぁっと顔を輝かせた。
そして、すぐに振り返ると部屋にいるメンバーに声を掛ける。
「ねぇ、カラオケ止めてちょうだい!ゆきさんのお孫さんがいらっしゃったわよ」
「おー、本当か!?」
「あらあらぁ、こんなところに立ってないで、早く中にお入りなさい」
「座る場所がないわっ。ほら、こっちずれてずれて!」
柳瀬雪絵の孫が来たとわかった途端、カラオケメンバーは皆、立ち上がるとワイワイ騒ぎ出す。
歌の邪魔しちゃ悪いかな?と入室するのを遠慮していた自分が馬鹿みたいだと思うほど、羽咲は熱烈な歓迎を受けて──ちょっとだけ、パンダの気持ちがわかってしまった。




