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灰色の空に閃光が走ったと思ったら、今度はピカッと空が真っ白に光って、地面が揺れるほどの雷鳴がとどろいた。
「ひぃ……!」
小さく悲鳴を上げた羽咲は、身体をビクッと震わせる。幼い頃、落雷のせいで遊園地の観覧車に閉じ込められた経験がある羽咲は、雷がかなり苦手だ。
しかし今は微妙な空気になっている。そんな中、派手に怖がるのはなんだか気が引ける……と、一度は平常心を保とうとしたけれど、再び雷が鳴った。
しかも二度目のそれは、一度目より爆音だった。
「嫌っ、これは駄目!ほんと、無理無理無理……!どうしよう。どっか……別のとこ──」
「大丈夫っすよ。この駐輪場の屋根の柱って金属製だから、落雷しても柱に沿って、電流が地下まで流れるから関電しないっすよ」
「え?そう……なの……?」
「そっす。じっとしとけば安全です。こういう時、逆に動くと危ないっすよ」
「……はい」
素直に頷いた羽咲に、大和はふっと笑う。これじゃあ、どっちが年上かわからない。
「ところで羽咲さんって、乗り換え苦手なんすか?」
「うん」
「じゃあ、来週の火曜日は千種駅のホームで待ち合わせってことで」
「うん、わかった……って、いいの!?」
雷の音に気を取られて、ぼんやりと大和と会話をしていた羽咲だが、ここではっと我に返った。
「大和君、火曜日も一緒に行ってくれるの!?本当に?」
信じられないと目を丸くする羽咲に、大和はあからさまに溜息を吐く。
「あのさぁ」
「う、うん……?」
「マジ、いい加減にしてほしいんだけど」
ガシガシと後頭部をかいて、大和は怖い顔をする。身に覚えはないが、彼を本気で怒らせてしまったようだ。
「……ごめん」
半歩下がって謝ったら、大和はもっと怖い顔になる。
「なんで謝るんすか?ってか夏休みの間、ゆきばあのこと調べるの付き合うって言いましたよね?何度、俺に言わせる気ですか?」
「ごめん……でも、だって……」
「だって、なんすか?」
「……大和君、おばあちゃんのこと話したがらないから」
本当は、嫌なのかなって思った。と、言いたかったけれど、大和がひどく辛そうな顔になって、羽咲は最後の言葉を飲み込んだ。その代わり、別の言葉を紡ぐ。
「大和君とおばあちゃんのこと、私に教えたくないなら話さなくていいよ。私も、もう訊いたりしない。だから、この質問には答えて」
大和は、本当の名前も、連絡先も、祖母と出会った経緯も、何も教えてくれない。
秘密主義のくせに、ちょいちょい優しくされると、羽咲は混乱してしまう。そしてきっとまた、くだらない質問をして大和を怒らせてしまうだろう。
夏休みは始まったばかりで、これからどれくらい、祖母の足跡を辿る日々が続くのかわからない。
今日、大和と共に糸沢の元を尋ねてみて、羽咲は最後まで彼を相棒にしたいと強く願った。
大和は羽咲の望み通り、夏休み中、付き合ってくれる気だ。その証拠に、弱気になった羽咲を見て、腹を立ててくれた。嬉しかった。
だからもう二度と、こんな風に大和を怒らせたくない。そのためにも、羽咲は確固たる言葉が欲しかった。
「ねぇ、大和君。大和君から見て、おばあちゃんはどんな人だった?」
雨粒は地面を激しく叩きつけ、雷は相変わらず鳴り続けている。
ついさっきまで、羽咲は怖くてたまらなかったはずなのに、今は周囲の音は何も聞こえなかった。
羽咲は、固唾を飲んで大和が口を開くのを待ち続ける。
「──ゆきばあは、名前の通りの人だった」
しばらく経って、大和が答えてくれたが、意味が分からなかった。
「名前通りの人ってどんなの?」
「そこは自分で考えてくださいよ」
羽咲を突き放す大和だが、その表情は穏やかに微笑んでいた。宝箱の蓋を開け、そっと中身を覗くような、優しい眼差しだった。
「そうだね、自分で考える。教えてくれてありがとう、大和君」
実際のところ、どれだけ自分で考えても大和の答えに辿り着けない気がする。でも、いい。彼の優しい顔を見ることができたから。
「んじゃ、待ち合わせ場所は千種駅のホームってことで、時間も決めよっか。糸沢さん、カラオケサークルは11時くらいから夕方までって言ってたから……んー……どうしよう……」
「別に無理して今、決めなくても、後でもいいんじゃないっすか?ほら」
悩み始めた羽咲に、大和は自分のスマホを差し出した。スマホの画面には、メッセージアプリのIDが表示されている。それって、つまり──
「連絡先、教えてくれるの?」
「見りゃわかるでしょ」
「そだねー」
大和の気が変わる前に、羽咲はリュックから自分のスマホを取り出し、大和のIDをメッセージアプリに入力する。
すぐに”YAMATO”と名前が表示された。柴犬のアイコンが可愛い。ちなみに祖母が昔飼ってた大和は、柴犬ではなくチワワである。
「……これは言わない方がいいな」
「何か言いましたか?」
止みだした雨に気を取られていた大和が、訝し気な顔をする。
「ううん、別に」
羽咲は、笑顔で首を横に振って誤魔化した。




