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「……多分、あと30分くらいで、雨は止むと思う」
羽咲の視線に気づいたのか、大和はスマホから目を離してそう言った。
「調べててくれたんだ。ありがと」
「羽咲さんが、すげぇブチ切れてたからね」
「そこまで、切れてないよ」
「へぇー」
どうだかね、と言いたげに肩をすくめた大和は、また視線をスマホに戻す。長い指をせっせと動かしてるから、今度はゲームでも始めたのだろう。
「ねぇ、糸沢さんの話聞いて、どう思った?」
ゲームの邪魔をしているのはわかっているが、羽咲は大和に尋ねる。
「別に。ゆきばあは、誰とでも仲良くなる人だから、特に何も思わなかった」
「……そっか。まぁ、そうだよね」
高校生の男の子と知り合いになれる祖母なら、カラオケサークルに入っていてもおかしくはない。
でも孫の羽咲からしたら、違和感があり過ぎる。
「おばあちゃん、カラオケなんて一度もしたことなかったのに……しかも、集まる場所って金山だよ?おばあちゃんちって長野だったから、地下鉄なんてなかったのに。しかも乗り換えまであるのに……本当に行ってたのかなぁ」
祖母の実家は長野と言っても長野市内じゃなく、軽井沢だった。駅まで徒歩圏内とはいえ、地域柄、車での移動がデフォルトだった。
祖母も運転免許は持っていたけれど、同居をする際に返納したので、名古屋に住んでからの移動は公共交通機関に限られる。
この街で生まれ育った羽咲だが、地下鉄の乗り換えは今でも少し不安だ。JRや名鉄に至っては、不安しかない。
そういう理由から腑に落ちない顔をする羽咲だが、大和はどこまでも冷静だ。
「カラオケサークルって、要は、ろうじ……あー、えっと……年配の集まりじゃん。ただ歌うだけじゃなくって、話とかして楽しんでたんじゃないっすか?地下鉄だって、来たやつに乗れば着くんだから、そんなに難しくないでしょ?乗り換えだって、足元の線見て歩けばわかるようになってるし」
「そうなの?」
カラオケサークルの実態も、乗り換えのコツも、全てが初耳で、羽咲は目を丸くするのに、大和はどこまでもクールだ。
「そっすよ」
「ねぇ、もしかしておばあちゃんからカラオケサークルの話聞いてた?」
大和と祖母がいつ知り合ったのかは、わからない。
二人がどんな会話をしていたか羽咲は想像すらできないけれど、祖母が大和にカラオケサークルの話をした可能性は十分にある。
「……どうだろ、忘れた」
羽咲と目を合わせずに答えた大和は、明らかに嘘を吐いている。
「そっか。ねぇ、私のことすぐにおばあちゃんの孫って、わかったみたいけどさ……それって、糸沢さん達と同じようにおばあちゃんが私の写真を見せたの?」
祖母はスマホに保存されていた画像を、糸沢や、カラオケサークルのメンバーに見せていたらしい。
それ自体に不快な気持ちは持たないけど、一体、いつ頃の写真なのだろう?という疑問は残る。いや、それ以前に、そもそも祖母は、スマホで写真を撮ることができたのだろうか?
祖母のことを一つわかれば、わからないことがもっと増えていく。
「大和君は、おばあちゃんといつ知り合ったの?」
質問を重ねたら、空を見上げていた大和は羽咲を見た。
形のいい唇を何度も口を開き、閉じ、言葉を探すように目を泳がす。
「……なかなか、雨……止まないっすね」
羽咲から目を逸らして紡いだものは、真実を隠すものだった。
そのことを問い詰めていいかわからず、羽咲は一向に止まない雨をじっと見つめる。
今にも落ちてきそうな灰色の空に、稲光が走った。




