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「あー、やっと帰ってきたんだね。ったく、いっつも間が悪い時に出かけるんだから。ほら、お客さん来てるよ」
大和の呟いたのと同じタイミングで、糸沢の妻が煎餅を持って再び姿を現した。そして大和の前にそれを置いて、すぐに奥に引っ込む。
夫である糸沢には、お茶すら出さなかった。
「ちょっと飯食ってきただけなのに、そこまで怒らんでもなぁ。うちのおっ母は怖い、怖い」
わざとらしくブルブル震えながら立ち上がった糸沢は、店内にある小型冷蔵庫まで行くと、自分の飲み物を取ってすぐに戻ってくる。
その慣れた動作から、糸沢家は妻の権威が夫を上回っていることがわかってしまった。 自分の両親と全く異なる関係を見せられ、羽咲は少々居心地が悪い。
「それで何を教えてほしいんだい?ゆきさんに直接訊けないことかい?」
モジモジしている羽咲に気づいていないのか、糸沢はペットボトルのお茶でのどを潤してからそう尋ねた。
その目は、親切心と好奇心が駄々漏れしている。訝しむことも、警戒することもないから、きっと羽咲が祖母想いの孫に見えているのだろう。
そうじゃないのに。そして、もう祖母に尋ねることができないのに。
その事実を伝えなきゃいけない羽咲は、ぎゅっと両手を握り合わせて口を開いた。
「……祖母は、先日亡くなりました」
「そうなの……え!?亡くなった!?いつ?この前まで、元気にしてたのに」
「二週間くらい前に、肺炎で……。ごめんなさい、お知らせするのが遅くなって」
祖母の葬儀は、親族と、ごく一部の長野の知り合いだけが参列した家族葬だった。それが祖母の意向だったのか、柳瀬家の経済的事情だったのかはわからない。
どちらにしても、祖母の交友関係を把握してなかったので、糸沢に訃報を送ることはできなかった。
目の前にいる糸沢は、祖母の死をこんな形で知ることになって、怒りや不満は伝わってこないけれど、とても悲しそうだ。
「本当に、すみません」
「いやいや、いいんだ。謝らなくていいんだよ。教えてくれて、ありがとう」
ぎこちなく笑った糸沢は、きっと羽咲に文句の一つでも言いたかったはずだ。でも、笑って許してくれた。
こういう風に、咄嗟に相手を思いやることができる人が、大人なんだと思う。
「それにしても、ゆきさんも優しい孫を持ったもんだ。こうしてわざわざ教えに来てくれるなんて」
「あ、それは……」
違う。今日ここに来たのは聞き込みのためであって、糸沢に祖母の訃報を伝えるためじゃない。流れ的に、報せなきゃいけないことはわかっていたけれど。
それに自分は、彼が思っているほど、いい孫ではない。
「私、おばあちゃんのこと、全然知らなかったんです」
身の内の事情の全部は語りたくはないけれど、糸沢に教えてほしいことがあるなら、多少はさらけ出さなきゃいけない。
自虐ネタで笑いを取るタイプではない羽咲は、言葉を探しながら語り続ける。
「祖母と一緒に住みだしたのは一年半前からなんですけど、私は学校があったりして、あんまり祖母と話をする時間が取れなくって……この前、喫茶店で糸沢さんが祖母と知り合いってことを知って、すごく驚いて……今更なんですけど、祖母のこと色々知りたいって思ったんです」
言い訳を詰め込んだ羽咲の言葉を、糸沢は神妙な顔つきで受け止めている。
「あの……糸沢さんは、祖母とどこで知り合ったんですか?しょっちゅう会ってたんですか?それと私の顔を見て、祖母の孫だと気づいたみたいなんですが……どうしてわかったんですか?」
最終的に質問攻めになってしまった羽咲に、糸沢は任せとけと言いたげに大きく頷いた。
「わかった。じゃあ、一つ一つ答えていこうか」
ソファに座り直した糸沢は、それから祖母との出会いから、直近までの出来事を詳細に語ってくれた。




