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「……ったく、そこは謝るとこじゃないだろ!うざっ、ああっーーークソ!」
一拍置いて少年は、また暴言を吐いた。羽咲は、ゆっくりと顔を上げる。
言葉とは裏腹に、少年はそこまで怒ってはいなかった。どちらかというと、自分の失態が恥ずかしくてたまらず、口の悪さで誤魔化そうとしている感じだった。
少年の子供っぽい態度が、顔の美しさを中和してくれて、羽咲は肩の力が抜ける。
「ふっふふ……あはっ」
「おい」
「ごめん、あはっ、でも……勘違いしたのは自分なのに、怒るなんて……ふふっ」
「ムカつく、ほんとあんた腹立つなぁー、もぉーーー!普通ああいう言い方されたら、誰だって勘違いするだろ!?」
それはどうかわからない。少なくとも羽咲なら、付き合ってと言われたら「どこに?」と尋ねる。
しかしイケメン業界にとったら、”付き合う=男女交際”というのが常識なのかもしれない。
「顔がいいのも、困りものだねぇ」
羽咲がしみじみと呟けば、少年は不貞腐れてそっぽを向く。
「……で、いつ?」
「は?」
横を向いたまま尋ねられて、羽咲は間抜けな声を出してしまう。
「だぁーかぁーらぁー、ゆきばあのこと調べるのに、付き合ってほしいんだろ?いつにするんだよ」
「あ、あぁ……え、嘘!?いいの!?」
今度は羽咲が驚く番だ。まさかこの流れで、承諾してもらえるとは思わなかった。
取り乱す羽咲を見て、少年は鼻で笑う。
「なに、断って欲しかった?」
「うっ……それは、困る」
ぐぬぬぬっと、呻きながら答えた羽咲に、少年は勝ち誇った顔をする。口も悪いけど、態度も悪い。
それにしても、顔がいいとこんな傍若無人になってしまうのか?なら自分は、平凡な容姿に生まれて良かった。
「それで、いつにする?」
主導権を握った少年が話を進めようとするが、その前に確認しておきたいことが幾つかある。
「あのね、付き合ってもらうの……1回だけじゃないの。夏休みの間中、付き合ってもらうことになるけど大丈夫?あと私は、柳瀬羽咲。君は?なんて呼べばいいの?」
「俺、初回はいつにするかって訊いたんだけど?読解力もないの?名前なんて好きに呼べばいいだろ。羽咲」
質問に全部答えてくれたけど、答えてくれた分だけ苛立った。
「……わかった好きに呼ばせてもらう。じゃあ君は、今日から大和ね。で、大和はいくつ?私は高二。16歳。見たところ中学生に見えるけど」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあ、タメ?」
「……違う」
「高一ってことか。やっぱ、年下じゃん。これからは私の名前は呼び捨て禁止。敬語も使って。わかった?大和」
名無しの少年から大和になったイケメンは、ご不満のようで、また不貞腐れた顔になる。
「……なんで、大和にしたんだ……んですか。羽咲さん」
ガタガタの敬語と”さん”付けをした大和に、羽咲はニンマリと笑う。
「いい名前でしょ?おばあちゃんの実家で昔飼ってた犬の名前なんだ」
「マジか、犬かよ」
愕然とする大和に、羽咲は畳みかける。
「猫の名前は武蔵だったけど、そっちが良かった?」
両方とも嫌なら、本当の名前を教えてよ。そんなニュアンスを込めて尋ねたら、少年は「……大和でいい」とボソッと呟く。なるほど、彼は犬派か。
どうでもいい発見をした羽咲は、早速、背負っていたリュックからスマホを取り出す。
「ねぇ大和、連絡先交換しよ。待ち合わせ場所とか決めたいし」
「やだ」
「は……?」
「個人情報教えたくない」
何を今さら、と口に出すことはしなかったが、羽咲はスマホを持ったまま溜息を吐いた。
「あっそ。なら……明後日の金曜日。12時に、千種駅に来て」
「……駅のどこ?」
「ロータリー」
「わかった」
連絡先すら教えてくれない大和が、待ち合わせ場所に来てくれる可能性は極めて低い。
でも、大和は「わかった」と言った。嫌々でもなければ、渋々でもなく。ちゃんと、意思を持って頷いてくれた。だから、信じるしかない。でも一つ、保険をかけておこう。
「それじゃ私、そろそろ行くね。あと、この帽子、借りとくから」
「なっ、おい!」
「返してほしかったら、ちゃんと金曜日、千種駅に来てねー」
帽子を奪い返そうとした大和の手をひらりとかわした羽咲は、素早く自転車に跨り、ペダルを踏む。
バイバイ!の代わりに、ベルをチャリンチャリーンと鳴らせば「てめぇ、覚えとけよ!」と大和が吼えた。
「……ちょっと、やりすぎたな」
大和は、仮にも夏休みの間、自分を手助けしてくれるかもしれない相手だ。本来なら、感謝の気持ちを持つべきだ。
しかし、彼の傍若無人な態度を見ていると、これくらい強気でいった方がいいと本能が告げている。
「ま、ちゃんと来てくれたら、謝ろう」
悩むこともしないで結論を出した羽咲は、自転車を漕ぐスピードを上げた。
夏休み、三日目──見えない糸に操られるかのように、退屈な夏休みが、急に色を変えた。




