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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
初バイトからの、初インバイト

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11/54

7

「……ったく、そこは謝るとこじゃないだろ!うざっ、ああっーーークソ!」


 一拍置いて少年は、また暴言を吐いた。羽咲は、ゆっくりと顔を上げる。


 言葉とは裏腹に、少年はそこまで怒ってはいなかった。どちらかというと、自分の失態が恥ずかしくてたまらず、口の悪さで誤魔化そうとしている感じだった。


 少年の子供っぽい態度が、顔の美しさを中和してくれて、羽咲は肩の力が抜ける。


「ふっふふ……あはっ」

「おい」

「ごめん、あはっ、でも……勘違いしたのは自分なのに、怒るなんて……ふふっ」

「ムカつく、ほんとあんた腹立つなぁー、もぉーーー!普通ああいう言い方されたら、誰だって勘違いするだろ!?」


 それはどうかわからない。少なくとも羽咲なら、付き合ってと言われたら「どこに?」と尋ねる。


 しかしイケメン業界にとったら、”付き合う(イコール)男女交際”というのが常識なのかもしれない。


「顔がいいのも、困りものだねぇ」


 羽咲がしみじみと呟けば、少年は不貞腐れてそっぽを向く。


「……で、いつ?」

「は?」


 横を向いたまま尋ねられて、羽咲は間抜けな声を出してしまう。


「だぁーかぁーらぁー、ゆきばあのこと調べるのに、付き合ってほしいんだろ?いつにするんだよ」

「あ、あぁ……え、嘘!?いいの!?」


 今度は羽咲が驚く番だ。まさかこの流れで、承諾してもらえるとは思わなかった。


 取り乱す羽咲を見て、少年は鼻で笑う。


「なに、断って欲しかった?」

「うっ……それは、困る」


 ぐぬぬぬっと、呻きながら答えた羽咲に、少年は勝ち誇った顔をする。口も悪いけど、態度も悪い。


 それにしても、顔がいいとこんな傍若無人になってしまうのか?なら自分は、平凡な容姿に生まれて良かった。


「それで、いつにする?」


 主導権を握った少年が話を進めようとするが、その前に確認しておきたいことが幾つかある。


「あのね、付き合ってもらうの……1回だけじゃないの。夏休みの間中、付き合ってもらうことになるけど大丈夫?あと私は、柳瀬羽咲。君は?なんて呼べばいいの?」

「俺、初回はいつにするかって訊いたんだけど?読解力もないの?名前なんて好きに呼べばいいだろ。羽咲」


 質問に全部答えてくれたけど、答えてくれた分だけ苛立った。


「……わかった好きに呼ばせてもらう。じゃあ君は、今日から大和(やまと)ね。で、大和はいくつ?私は高二。16歳。見たところ中学生に見えるけど」

「そんなわけないだろ!」

「じゃあ、タメ?」

「……違う」

「高一ってことか。やっぱ、年下じゃん。これからは私の名前は呼び捨て禁止。敬語も使って。わかった?大和」


 名無しの少年から大和になったイケメンは、ご不満のようで、また不貞腐れた顔になる。


「……なんで、大和にしたんだ……んですか。羽咲さん」


 ガタガタの敬語と”さん”付けをした大和に、羽咲はニンマリと笑う。


「いい名前でしょ?おばあちゃんの実家で昔飼ってた犬の名前なんだ」

「マジか、犬かよ」


 愕然とする大和に、羽咲は畳みかける。


「猫の名前は武蔵だったけど、そっちが良かった?」


 両方とも嫌なら、本当の名前を教えてよ。そんなニュアンスを込めて尋ねたら、少年は「……大和でいい」とボソッと呟く。なるほど、彼は犬派か。


 どうでもいい発見をした羽咲は、早速、背負っていたリュックからスマホを取り出す。


「ねぇ大和、連絡先交換しよ。待ち合わせ場所とか決めたいし」

「やだ」

「は……?」

「個人情報教えたくない」


 何を今さら、と口に出すことはしなかったが、羽咲はスマホを持ったまま溜息を吐いた。


「あっそ。なら……明後日の金曜日。12時に、千種駅に来て」

「……駅のどこ?」

「ロータリー」

「わかった」


 連絡先すら教えてくれない大和が、待ち合わせ場所に来てくれる可能性は極めて低い。


 でも、大和は「わかった」と言った。嫌々でもなければ、渋々でもなく。ちゃんと、意思を持って頷いてくれた。だから、信じるしかない。でも一つ、保険をかけておこう。


「それじゃ私、そろそろ行くね。あと、この帽子、借りとくから」

「なっ、おい!」

「返してほしかったら、ちゃんと金曜日、千種駅に来てねー」


 帽子を奪い返そうとした大和の手をひらりとかわした羽咲は、素早く自転車に跨り、ペダルを踏む。


 バイバイ!の代わりに、ベルをチャリンチャリーンと鳴らせば「てめぇ、覚えとけよ!」と大和が吼えた。


「……ちょっと、やりすぎたな」


 大和は、仮にも夏休みの間、自分を手助けしてくれるかもしれない相手だ。本来なら、感謝の気持ちを持つべきだ。


 しかし、彼の傍若無人な態度を見ていると、これくらい強気でいった方がいいと本能が告げている。


「ま、ちゃんと来てくれたら、謝ろう」


 悩むこともしないで結論を出した羽咲は、自転車を漕ぐスピードを上げた。




 夏休み、三日目──見えない糸に操られるかのように、退屈な夏休みが、急に色を変えた。

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