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さて、なんて声をかけようか。
名無しの少年を相棒にすることは、羽咲の中で決定事項だが、それを彼に伝える言葉までは考えてなかった。
己の詰めの甘さに呆れるが、もう悩んでいる時間はない。ここは勢いだけで、押し切ろう。
自転車を歩道の端に停めた羽咲は、そろりそろりと少年に近づいた。
「ねぇ……あの、さ!」
「……何?」
羽咲に気づいた少年の声は、これ以上ないほど不機嫌だ。
もうそれだけで心が折れそうになるが、相手は年下だ。たぶん、年下だ。その僅かな可能性が、逃げたくなる羽咲の心を引き留める。
「君、私のおばあちゃんの知り合いなんだよね。ねぇ、どこで知り合ったの?あのね、私──」
「なんであんたに教えなきゃいけないわけ?っていうか、記憶力ないの?良く俺に話しかけれるね」
羽咲の言葉を遮った少年は、遠回しに終業式の出来事を責めている。
「あ……うん、ごめん。そこは君の言う通り。あの時、私、かなり嫌な態度を取っちゃってた。ごめん、ほんと……ごめん」
「そこで素直に謝るとか、ないわ」
不機嫌に苛立ちまで追加された少年の口調は、完全に羽咲を拒絶している。しかし、ここを立ち去る気配はない。
それどころか少年は、ガードレールから降りると羽咲と向き合った。
「ゆきばあ、本当に死んだの?」
「う、うん」
真っ直ぐな目で見つめられ、羽咲は頷いた。すぐに少年は、悲し気な表情になる。
「ごめん」
「なにが?」
今にも泣きそうな少年の顔に罪悪感を感じて羽咲が頭を下げれば、呆れた声が聞こえてきた。
「君を辛い気持ちにさせたから」
「あんただって、ゆきばあが死んで辛いんじゃないの?ってか、ゆきばあが死んだのは、あんたのせいってわけじゃないし」
「……」
羽咲は、少年の質問に答えなかった。いや、答えることができなかった。
「なぁ、もしかして……ゆきばあが死んで、辛くないの?」
「まさか!違うっ。そんなわけないじゃん!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出て、羽咲は誤魔化すように額から伝ってきた汗を手の甲で拭う。
「……もう、いいや」
諦めたように吐き捨てた羽咲の言葉に、少年は小さく息を吞んだ。
「……は?なんなの、あんた。もう、いいなら帰れば?」
「ううん、帰らない。だって──」
小手先で説得することを諦めた羽咲は、承諾を得ずに少年の帽子を取った。
「君に、話があるから」
不意を突かれた少年の美しい顔が、西日に照らされる。
切れ長の瞳と、すっと通った鼻筋。ポカンと口を開けた間抜けな顔すら、イケメンだ。
「……俺に、話?」
現状を把握できないまま、少年は羽咲に問いかける。
「そう、話。まぁ、話っていうか、付き合ってほしくって」
「付き合う?誰が?」
「君が」
「誰と?」
「私と」
「俺が、あんたと……え?え!えええええっ!!」
まだ具体的なことを伝えてないのに、少年はのけぞりながら驚きの声を上げる。
「ちょ、なんで?付き合うって、そんなこと、急に言う!?本気か!」
鬼気迫る表情で詰め寄られ、羽咲は困り顔になる。
「本気だよ。でも、君……勘違いしてる」
「勘違いって、どう勘違いするんだ?」
「私は、この夏休みの間、おばあちゃんのこと色々調べたいから付き合ってって言いたかったの」
どう?勘違いだったでしょ?とは、さすがに言えなかったが、少年は自分が大いなる勘違いをしていたことに気づいてくれたようだ。
その証拠に、羽咲との距離が一歩開く。そして──
「紛らわしい言い方するなよ!!」
道行く人が振り返るほどの大声を出した少年は、羞恥と怒りで顔が真っ赤だった。
「ごめん」
とりあえず……羽咲は、今日何度目かわからない謝罪の言葉を紡いでペコリと頭を下げた。




