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ゆきばあの、あしあと  作者: 当麻月菜
永遠のお別れ
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 降り注ぐ太陽の光と、真っ青なインクをぶちまけたような空に浮かぶ入道雲。まさに、夏真っ盛り。


 高校生になって二度目の一学期は、あと数日で終わる。今日は、最後の休日だ。


 しかし柳瀬羽咲(やなせ うさ)がいるのは、海でも山でもなく──火葬場。バカンスとは程遠い場所にいる。


 三日前に祖母の柳瀬雪江(やなせ ゆきえ)が亡くなり、羽咲は葬儀の参列者に見送られ、両親と共にここに来た。


 葬儀社が手配した黒塗りの高級車の中で、火葬場は友引が休みになることを知った。


「……あっつ」


 待合室の空調が強すぎて寒さを覚えた羽咲は、外に非難したものの、すぐに後悔した。


 焼け付くような日差しを浴びて、エアコンで冷えきっていた羽咲の肌は、みるみるうちに汗ばんでいく。


 スカートのポケットから髪ゴムを出して、胸まである髪を纏めたが涼しくなるどころか、うなじが余計に暑くなるだけだった。


 名古屋の火葬場は全部で三箇所あり、羽咲は比較的新しい港区の第二斎場にいる。まるで美術館のような外観だが、館内では遺体を焼いている。


 今まさに焼かれている祖母は、羽咲より暑い思いをしているだろう。


「おばあちゃん……辛くないかなぁ……」


 祖母が息を引き取った瞬間を見届けたとはいえ、羽咲はまだ祖母の死を実感できていない。


 棺に入った祖母は、まるで知らない人のようで、泣くことすらできなかった。


 葬儀に参列した人たちは、泣かない自分を見て、きっと冷たい孫だと思っただろう。一年半も一緒に住んでいたというのに。


「別に……嫌いだったわけじゃないもん」


 通夜振る舞いで叔母に吐かれた言葉を思い出し、羽咲の心はジクジクと痛む。


 そう。嫌いだったわけじゃない。ただ急に一緒に住むことになって、どう接していいかわからなかっただけだ。わからないまま時間だけが過ぎ、祖母は亡くなってしまった。


 小説じゃあるまいし、時間を巻き戻すことも、死んだ人を蘇らせることだってできないのだから、責められたって仕方がない。


 そんなふうに都合のいい言い訳を頭の中で並べ立てれば、心の中がザラザラして、羽咲は気持ちを誤魔化すように辺りを見渡す。


 友引明けの火葬場は混雑していて、ひっきりなしに人が出入りしている。


 激しく泣いて歩くこともままならない若い女性もいれば、談笑しながらゆっくり歩くおじさんもいる。


 でもほとんどの人は、神妙な顔をして火葬場に吸い込まれていく。まるでそれが決まり事かのように。


 ぼんやりと眺めていた羽咲だが、不意に自分が今、どんな表情をしているのか不安になった。


 キョロキョロ辺りを見渡し、火葬場の入口に早足で戻る。鏡はないけれど、ピカピカに磨かれたガラスは、羽咲の姿をしっかり映してくれた。


 いかにも公立高校といった感じのシンプルな半そでシャツと、紺色のプリーツスカート姿の自分は授業を受けている時と同じように、笑ってもいなければ、怒ってもいなかった。


 予想通りの自分の姿に、特に感想を持てないまま身体の向きを変えると、そこに母親がいた。


「羽咲、探したわよ……何かあった?」


 喪服姿の母親は、先週の金曜日からほとんど寝ていない。もともと色白で細身の身体つきなのに、紙のように白い顔色で太陽の下にいると、今にも倒れてしまいそうだ。


 それなのに「こんな時に困らせないでよ」と小言を吐くどころか、逆に心配してくれる母親に、羽咲は意識して笑顔を作って首を横に振る。


「ううん、何も。ちょっとエアコンがキツくて、外に出たかっただけ」

「ああ、そうね。ママ、喪服だからちょうど良かったけど、羽咲にはちょっと寒かったかもね」

「うん。でも、もうしっかり暖まったから、中に入る。あ、そろそろ……時間?それで呼びに来てくれた?」


 火葬が終わることを正式に何と呼ぶのか知らない羽咲は、歯切れ悪く母親に尋ねる。


「ええ。おばあちゃんが待ってるから、行きましょう」


 頷いて背を向けた母親の表情は、見えなかった。でも、きっと複雑な顔をしていたに違いない。


「……嘘つき」


 晩年になって名古屋の息子の家に同居する羽目になった祖母は、亡くなる直前まで寂しい思いをしていたはずだ。


 だから、祖母が待っているのは自分ではなく、生まれ故郷の長野にいる友人知人だ。自分なんか、待っているはずはない。


 勢いに任せて出した結論は、思いのほか真実味を帯びていて、羽咲は心が軋む。


「ママ、待って!」


 見えない祖母に責められているような気がして、羽咲は唇を嚙みながら慌てて母の後を追った。

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