I recognized him at once, for I had seen him before.
「ーーやっと、会えたな」
ほおに受ける風が冷たい。一際強い風を受けて、私のスカートがふわっと膨らみ、髪どめで留められた短い癖っ毛が巻き上がるが、抑えることはしない。
そんなことを考える余裕もないほど、私の思考は衝撃で埋め尽くされていた。
手に持ったリボンを握りしめたまま、固まったまま動けない私を見て、彼はふっと笑った。
「久方ぶりだな。4ヶ月ぶりか?」
沈黙が降りる。
二人の間を、少し温かくなってきた、けどまだ冷たい風が抜けていった。
「......今度こそ、決着をつけようか」
「......」
彼はまだ笑っている。
私は無言のまま。
はー、何でこんなことになったかな。
よりにもよって、忙しい中、必死で勉強して入学を勝ち取ったT高校の、その入学式の真っ最中に!
***
私、朝日南由美は、ただいま絶賛大ピンチであった。
朗々と紡がれる校長先生の式辞を右から左に聞き流す、入学式の恒例行事の真っ最中なのだが、もはや話が耳に入ってきすらしない程のピンチである。
写真を撮った時をのぞけば、今日初めて袖を通したばかりの制服が、冷や汗でびっしょりになってしまうかもしれないと危機感を抱く程、私は焦っていた。
(いや、マジでどうしよう)
このT高校に入学できたのは、本当に奇跡と言っていいほどのものであり、どんな生徒でもげんなりするこの校長先生の長話を真面目に聞こうという心境になるほど興奮していたのだが、その決意も今となっては形無しである。
私は、チラッと目線を下げて、このピンチをもたらしている要因に目を向けた。指先にはまる指輪は、見咎められないのが不思議なほどに、眩く輝いている。そして、この輝きこそが、私を焦りに焦らせている原因なのだ。
なお、指が光っているから焦っているのではない。
(早く行かないと、魔物が暴れちゃう)
この指輪の光は、魔物の発生を知らせるものであり、私はそれを倒しに行かねばならないのだ。
(魔法少女ってほんと大変)
私は、ここ一年で何度目かのぼやきを浮かべて、遠い目をした。ちょうど、校長先生の頭頂部の光に目を当てられて、すぐに目を逸らしたが。
育毛剤とか色々試してたりするんだろうか、などと現実逃避しかけた時、肩に重みを感じた。
(「現実逃避なんてしてる場合なのかい」)
(「……えーでも入学式に真っ最中に抜け出すとかどう考えても目立つじゃん」)
(「目立てばいいだろ」)
(「やだし」)
魔法少女の特権、テレパシーを介した会話にも初めの頃は驚いたものだが、今ではもう慣れたものだ。
白い体毛に、ぶっとい尻尾を揺らして、垂れた耳(?)に謎の力で金環を浮かべた、明らかに地球の生物ではない謎生物は、その猫に似た顔に人のように呆れを浮かべた。
こいつは見た目が某鬱魔法少女アニメの某マスコットに似ているうえ、名前もごんべえなので、こいつと相対すると、どうにも微妙な気分になってしまう。
ごんべえは私が何を言ってるのかわからないと言いたげな顔で、首を傾げた。
(「魔法を使えばいいだろ」)
(「……うーん、どのみちあと1時間もしないうちに終わるのになぁ。ほら、もう校長先生の話も終わったっていてっ! やめてよ!」)
ごんべえは、その身軽そうな見た目から想像しづらいくらいの力強さで、べしりと私の背中に尻尾を打ちつけた。
その勢いに押されてビクッと背を伸ばしたことで、半分寝ていたらしい後ろの生徒もビクッとした気配がした。ちょっと申し訳ない。
そんなことはお構いなしに、ごんべえは続ける。
(「その1時間で、どれだけの人が犠牲になると思っているんだ。そもそも、由美ならその1時間でここ抜け出して、魔物を倒して、また戻ってくるくらいのことは余裕でできるだろ」)
(「うっ、それは、っそうだけどっ」)
(「できるならやる。ちゃっちゃとやる」)
(「へいへい。わかりましたよっと、とりあえず、その尻尾やめて」)
だんだんペースアップしていた尻尾の強打が、ようやく止んでほっとする。いい加減背中が痛かった。
やれやれと頭を振るごんべいの耳が後頭部に当たっているけれど、尻尾ほどは痛くない。
さてと、と意識を切り替えて、軽く息をつく。
誰か知らないけど新しい人がまた壇上で話し始めた。
静かな式中を抜け出すのに最適な魔法の構成を考える。
(気配遮断、幻影、認識阻害、いやここは透明化?)
(「あと、遮音も必要じゃないかい?」)
(「んー、確かに」)
魔法を行使する。
そして、普通に立ち上がり、普通に出口に向けて走り出す。
式の途中にそんな非常識な振る舞いをした私は、しかし一切の咎めを受けることはない。
アニメでよく見るようなエフェクトなどは全くない。周囲の一切に影響を与えることなく、魔法は静かに発動した。
ごんべえは、風を切る私の肩から音を立てずに飛び降りる。
出口から出てすぐに、私は魔法の指輪に嵌った宝石から、するりとリボンを引き出した。どういう仕組みかって? 魔法少女なんだから、魔法に決まってるじゃん。
制服の上からリボンが体に巻き付いていく。
瞬きを一回しないうちに、私は魔法少女に変身し終わっていた。
正直、一度強制的に裸にされる変身でなくてよかったと心底思う。某日朝の女児むけ魔法少女アニメでさえも、一度摩訶不思議なキラキラ衣装に強制的に着替えさせられてたりするからね。
そうして変身した私は、膝上ひらひらミニスカートに鳥の尾を連想させるリボンが風に靡く、肩出しのドレスを見にまとい、足元まで届く真っ白のマントを羽織り、ルビーの宝石付きの髪留めで明るいピンクに変化した癖っ毛をくるりと留めた、まさしく魔法少女の姿であった。
ここで「キュア〇〇!」とか叫んだら、笑いが取れるだろうか、笑わせる相手なんていないけど。
白の靴で、地面を蹴る。
一瞬で眼下に校舎を見下ろす距離まで跳び上がった。魔法の箒とかはない。あればいいなと思うけど、残念ながらない。
入学式という晴れの日に相応しい晴天の空、その向こうに、ふかふかそうな雲が浮かんでいるのが見えた。
「さてと……魔物はこっちかな」
顔に受ける乾いた風に目を細めつつ、つぶやく。その瞳も、ピンクに変化していたりする。
手短な屋根の上に着地して、方向転換する。なお、反作用で屋根が抜ける心配はない。これはあれだ。魔法の力である。物理法則をガン無視しつつ、私は空を駆けて行った。
遙か上空をものすごいスピードで進んでゆく私を追いかけるごんべえは、だんだん遠ざかるその姿を尻目に目を細めて、ポツリと呟いた。
「朝日南由美……世界最強の魔法少女。君は、この試練も乗り越えてくれるかな?」
その呟きは、風に散って由美の耳には届かない。
ごんべえは楽しそうに笑った。
その類まれなる想像力で、ありとあらゆる魔法を使いこなす万能魔法使い。そのくせ、戦い方はかなり個性的。たった一年で世界最強の魔法少女の一角へと変貌し、ついには知らず知らずのうちに世界を危機に陥れていた世界の敵、異世界の魔王をも討伐せしめた規格外。
そして魔法少女として世界の敵と戦う中でも勉強に精を出し、県内有数の難関高、T高校に合格せしめた勉強厨。
それが、朝日南由美という魔法少女である。
***
そして冒頭に戻る。
魔物がいるはずのその地点で待ち構えていたのは、私の知り合いだった。
いや、知り合いというのは、彼を形容するにふさわしくはないだろう。
彼は、私の混乱が収まるのを待つが如く、道路の真ん中に悠然と浮かんだまま、くつくつと腹たつ笑いをこぼしていた。
「よもや、忘れたのではあるまいな?」
忘れるわけがない。だって、こいつはーー
こいつは、ごんべえの故郷、異世界テラーランドをかつて支配していた魔王。
そして、私が4ヶ月前、受験直前の冬休みに時間を削ってぶっ倒した、世界の敵である。
そこに存在していることが信じられない。
「そんなに驚くか?」
「……驚くに決まってるでしょ。倒したと思ってた相手が突然目の前に現れたんだから」
「ふっ」
やっと呆然状態から立ち直った私を、魔王は鼻で笑う。
私はキッと魔王を睨んだ。こいつはマジで人をイライラさせる天才だ。
「何、また地球を侵略しに来たの?」
「いや、そういうわけではない」
「じゃあ何が目的?」
「さっきも言っただろう、聞いていなかったのか? 貴様と再戦しに来たんだ」
「はぁ?」
こいつは……どうせまたしょうもない理由でこんな凶行に及んだのだろう。
テラーランドを侵略し尽くし、完全に征服しておきながら、飽きることなく異世界にまで手を伸ばした、正真正銘の大魔王。その侵略の理由を知った時の私の気持ち、察してほしい。
「面白いからって意味不な理由で世界を侵略したあとは、私と力比べってわけ?」
「まあそんなとこだ」
こいつ、顔面をむかつくほどキラキラさせてやがる。
そう、こいつはまぁ、いわゆる脳筋の類であった。
「てか、なんで生きてるの? 私、あんたの鳩尾に確かに爆裂魔法を叩き込んだよ?」
まっすぐ魔王の金色の目を見て問う。
それに彼は我が意を得たりというふうに笑って答えた。
「いや、なんで生きてるかは知らん。貴様の詰めが甘かったのではないか?」
「……言ってくれるじゃん」
あー、キレそう。私の? 魔法が?? 詰めが甘い???
ハー?????
私は無言で手の内のリボンを展開し、戦闘体勢に移った。
それを見て彼ははっはっはと大笑いする。それを見てますます頭の血管がキレそうになった。
「いいよ……その喧嘩、買って熨斗つけて売り返してあげ、るっ!」
「おっ、とぉ!」
くっそー、止められた。
私の腕にはリボンが幾重にも巻きついていて、私の拳から数センチ浮き上がっているものもあり、それらのリボンがたわんで、殴った時に拳に伝わる衝撃を吸収してくれるのだ。
殴りつけた反動を利用して距離をとる。
私の一撃を空中に浮かびつつ両手でいなした魔王は、それはもう楽しそうにカラカラと笑った。
「やはり、貴様の一撃は重いな!」
「楽しそうだね!」
「楽しいぞ!」
なんでこいつはこんなに脳筋なんだ! 私はちっとも楽しくない!
とりあえず体勢を整える。
魔王は一見呑気に高笑いしている変態に見えるが、その実ほとんど隙がない。
ほんの僅か見える隙も、きっと罠だろう。
魔法少女になってから、不思議パワーでそんなこともわかるようになった。
正直私は、魔法で華々しく戦ったり、弓を使ったりするような、もっとかっこいい魔法少女になることを期待していた。ほら、私の名前、由美(弓)だし。
私がなりたかったのは、こんな泥臭い肉弾戦を主体とするような魔法少女じゃない! こんなの、某日朝の女児向けアニメのグーパン魔法少女とほぼ変わらないじゃん! 最近は戦わない〇〇キュアとかいう新しい〇〇キュアも出てきたらしいけども!
「どうした。来ないのか?」
慎重に敵を見据える私に痺れを切らしたらしい魔王が、声をかけてきた。
それに私が答えることはない。
「……ごんべえ!」
「ああ」
遅れて追いついてきたごんべえに声をかける。
私の声に応えて、ごんべえは尻尾を一振りし、私と魔王の二人を巻き込む大きな穴を作り上げる。
異空間へとつながる大穴だ。
「本気でやるには、この街は狭すぎる、でしょ? 魔王」
「はっはっは! そうだな! では、巻き込まれてやるとしよう」
穴の先は、晴天広がる草原だった。
穴がゆっくりと閉じてゆく。
私と魔王は、十メートルほどの距離を保って地面に降り立った。
「さ、続きやろっか」
「貴様は、俺のことを脳筋と言う割には好戦的だよな」
「あんたにだけは言われたくない」
でもまぁ、否定はできないのも確かだ。
私は小学校の頃、いじめっ子を拳で黙らせ、悪ガキどもから魔王と恐れられた経験を持つ女である。
女子に魔王とは何事だと思うし、魔王は目の前のこいつなので、かなり心外であったりする。
なお、いじめっ子をボコボコにした時はしっかり親を呼ばれて三者面談になった。
「でも、今はとーーーーーーーーっても急いでるの。あと45分であんたを倒して、また戻らないといけないの。だから、さっさとやろって、わけ!」
「なるほど。だが、そう易々と倒されるわけにはいかぬなぁ!」
でなければ、面白くない、と、私が放った本気の拳に、魔王は拳を合わせた。
間近に迫ったその顔面に、隠そうともせぬ愉悦が浮かんでいるのを見て、ますます腹が立ってくる。
というのも。
「なんであんたは国宝級の顔面してるくせしてそんなに脳筋なんだあぁぁぁぁぁ!」
「何言ってるのかさっぱりだなぁ!」
一撃で岩を砕くほどの拳を連打しつつも、その拳が顔を傷つけることはない。
その拳の一つ一つに拘束の魔法を重ねがけしており、魔王はその解術と拳そのものへの対処に追われてまともに反撃できていない。
一方的な展開だが、私はどうしても顔を攻撃できず、あと一撃を決めきれない。最終決戦の時も、このせいで私は丸一日戦い通す羽目になった。
最終決戦の勝利の決め手となった爆裂魔法も、魔王の顔面を傷つけてしまうのを厭って、鳩尾に叩きつけたのだ。
そう、私には対魔王戦において、割と致命的な弱点がある。
というのも、私は魔王の顔面をガチ推ししているのだ!
「もー! あんたの顔が私の好みにジャストフィットしてるせいで倒しきれないじゃん! どうしてくれるんだよ国宝級脳筋!」
「そんなどうしようもないことを俺に言うな! そんなしょうもない理由で決着がつかなかったがために、今こうして決着をつけようとはるばる世界を渡ってきたと言うのに!」
「っ!?」
感情の乗った重い一撃を、腕をクロスして受ける。
魔王は初めて怒りを見せた。が、その背後にはどこか哀愁が漂っているように見えた。ま、気のせいだろう。
そんなことよりも、このやるせない想いをこいつにぶつけなければ気が済まない!
「もし仮に最終決戦で私の詰めが甘かったとして、それはあんたの顔面が私の好みをぶち抜きやがったからだぁ! 断じて私の爆裂魔法が甘かったわけじゃない!」
「よっぽどその爆裂魔法に自信があるようだなぁ! その割には今は身体強化や拘束などだけで、使う気配もないが!」
当たり前だ。私の爆裂魔法は、他に使うどの魔法とも一線を画する。
魔法少女には、それぞれに一つ固有魔法がある。幻覚魔法だったり、回復魔法だったり、その種類は魔法少女によって全く違い、まさに千差万別だ。
魔法少女は固有魔法を手足のごとく使うことができ、その威力も他の魔法に比べるとワンランクもツーランクも上がる。
私の場合、それが爆裂魔法であった。ただそれだけのこと。
「だから! それをあんたの顔面に向けて打つのを躊躇ちゃったんだよ!」
「そんな理由で神聖な戦いの決着を先延ばしにされてたまるかあぁぁぁぁぁ!」
国宝級脳筋魔王、魂の叫びであった。
絶叫と共に繰り出された拳には、今までとは全く違う重みがあり、私は弾き飛ばされて地面を二、三度バウンドしながら転がった。
痛みに呻きながら、急いで立ち上がろうとするーー鼻の先に、巨大な拳が
「って、うおっとぉ!」
やばっ! あっぶな! 近すぎて拳がおっきく見えてた!
まさに間一髪で、魔王の怒りの一撃を背をぐんとそらしてブリッジをするようにして回避した。
そのままバク転で距離をとる。
しかし、その距離も魔王は一瞬で詰めてきていた。
そこからは、先ほどとは正反対の光景が繰り広げられた。
「オラオラオラオラオラァ!」
「っ……くっ」
魔王はその御尊顔に青筋立てて、一発一発が重い拳を叩き込んでくる。
それだけでなく、それら一つ一つに灼熱魔法が込められていて、リボンを焼かれる私はどうしても防戦一方になる。
(やばい、これじゃ埒が明かない)
魔王の攻撃をどうにかいなしながら、この状況をどうにかする策を必死に考える。
なるべく魔王の御尊顔を傷つけないようにしつつ、同時になるべく早くこの戦いを終わらせたい。
だが、どう考えても、鬼の形相になっていても私の好みを刺激してくるこの顔面を殴らなければこの状況をどうにかできない!
そんな私の迷いを読み取ったのか、魔王の形相がさらに悪化した。
「また貴様はそうやって戦いから逃げるのかァ!」
「ーーは?」
逃げる?
私は、今まで目の前の出来事から逃げたことなど一度もない。いや、細かく言えば何回かはあるかもしれないけど、そんな細かいことを気にする人はいないので問題ない。
一年前の春休み、ごんべえに出会って、魔法少女になって、魔物と戦って、時々現れる幹部から少しずつ情報を得て、世界の敵を知って、テラーランドに渡って、2週間ほどの旅をして、野宿をして、幹部と戦って、魔王と戦って、魔王を倒して。
そんな中でも、私は子供の頃からの夢、T高校への進学を諦めたことはなかった。
ほぼ毎日現れる魔物をできるだけ早く倒して、勉強の時間を確保し。
テラーランドの旅では、焚き火の光で勉強して。
魔王との決戦の前日でさえも、緊張で眠れない中、蛍の光で勉強した。この時だけはほとんどできなかったけど。
大変だった。諦めようかと何度も思った。
魔物との戦いは疲れるし。
模試での成績は振るわないし。
でも、それでも、T高校に行くという夢から逃げたことはない。
そして私は夢を叶え、晴れて今日T高校の入学式に参列している。いや、していたはずだった!
魔王が出てこなければ!
私はこめかみに青筋が立つのを感じた。
地面を抉るほどの威力が込められた魔王の拳を、パシッと掴み取る。
そして、そのまま手首を掴み、固定した。
「……私は、逃げることなんてない」
瞳にこれ以上ない決意を漲らせて、私は魔王の金色の目を視線で射抜く。
その決意の深さに、魔王はハッと息を呑んだようだった。
きっと、私の顔には今までにない悲壮感が刻まれていることだろう。
焼かれ続けたリボンを再び創りなおし、ぎゅっと拳を握りしめる。
狙いは、ただ一点。
私の、推しの、その御尊顔のど真ん中。
「一度決めたら、絶対、やり通すんだから!」
私の渾身の爆裂魔法。
それを、叩き込む。
大爆発が起きた。
至近距離で叩き込んだために、私も後ろに吹っ飛ぶ。自爆ありきだからこそ、この爆裂魔法は強いのだ。
爆発の余波で、異空間の美しい草原は強制的に解除され、元の道路上に戻る。
「おかえり」
「……ただいま」
私の帰りを待っていたらしいごんべえに、帰りの挨拶をする。
しかし、その声は弱々しかった。
「どうしよう、推しの、推しのご尊顔を殴っちゃった……しかも爆裂魔法まで……もう生きていけない」
「それならなんで戦いを挑んだりしたのさ」
「だって、国宝級の顔面しててあんな脳筋バカだから、腹立ったんだもん」
「呆れるねぇ」
そこで初めて、ごんべえは魔王の方に目を向けた。
「覚悟決めて、その結果がこれなら、乗り越えられたと言っても、まぁ過言じゃないのかな」
そこには、うつ伏せに倒れ伏している魔王がいた。
そのごんべえの呟きは、私の耳には入ってこなかった。
ごんべえは尻尾を揺らし、めちゃくちゃ落ち込んでいる私を叱咤する。
「ほらほら、これからまた入学式に戻るんだろ。そんなとこで干からびたミミズつついてていいのかい」
「うう」
「ほら、もう一踏ん張りだ」
「傷ついた乙女になんて言い草……」
「君は乙女じゃなくて、魔法少女だろ」
「でも魔王をどうにかしなきゃ……あれ?」
魔王が倒れていたはずのところには、すでに何もなかった。
でも絶対倒したはずだ。だって手応えがあった。
なんとなく釈然としないものを抱えたまま、ごんべえに急かされて、私は再びT高校の入学式に舞い戻ったのだった。
式はちょうど校歌を歌っている時で遮音の魔法をかけ忘れた私としてはかなり助かった。
そして一人の生徒がこっそり抜け出したことなどなかったかのように、つつがなく入学式は終わったのだった。
***
「は?」
入学式後のホームルームにて。
私は目を疑う光景を目にしていた。
「寺島真央です。女みたいな名前してるけど、一応男です。よろしく」
女子たちの目がはあとまあくになっているのがわかる。
それほどの美男子が、私と同じクラスにいた。
その御尊顔が浮かべる笑顔は私の方を向いていて、それだけで私の心は射抜かれてしまった。
しばらくぼーっと眺めて、ハッとする。
(いやいやなんでこいつが、魔王がここにいるんだよ)
私が爆裂魔法をぶち込んだはずの顔は綺麗さっぱり治っていて、ほっと胸を撫で下ろしそうになって、我に返って複雑な気持ちになった。きっと回復魔法を全開でかけたのだろう。魔王の魔力がすっからかんになっているのが見て取れる。
まさか、と警戒して真緒こと魔王を見ると、皆にバレないようにとてもイイ笑顔をくれやがりなさった。
その顔にははっきりと「また再戦しよう」と書いてある。
私が顔を思い切り引き攣らせたのがわかったのか、魔王は小さく吹き出したようだった。
私は、次回戦うときは絶対にボコすと心に決める。
(一体どういう手を使ったのか知らないけど……学校で一緒のクラスになるとか、何考えてるのこいつ)
私には脳筋の思考はわからない。
ただ単純にいつでも私と戦えるようにしたいだけなのかもしれない。
とりあえず、私はいつでも魔王のどタイプなご尊顔をぶち抜けるようにイメトレすることを心に誓うのであった。
私と魔王の奇妙な学園ラブコメ編に続くーー ※続きません
最後まで読んでくださってありがとうございました。感無量です。
初めは、由美(弓)の名の通り、弓で魔法を打ち込む魔法少女にする予定だったのです。なぜこうなった。
そして魔王、その脳筋はどうにかならないのか。
魔王は由美に一方的にボコされているように見えますが、実際にはその実力は結構均衡しています。が、それは由美が魔王(推し)を殴ることを本能で拒絶しているために、本気の拳を放てなかったためであり、覚悟を決めた今なら余裕で由美が勝つでしょう。
世界一の魔法少女(物理)は伊達ではないのです。
ごんべえは途中で黒幕の雰囲気出してますが、そんなことはないです。由美が推しの顔を殴ることを試練と呼んでいるだけです。あれは彼の素です。彼の本質はむしろ、某日朝女児向け魔法少女アニメの妖精枠に近いです。
なお、この作品は某鬱魔法少女アニメと某日朝女児向け魔法少女アニメの影響を多大に受けております。
リスペクトです。