作戦開始
高見原の闇は深い。
廚ニ病的な意味ではなくて、陰影と言う意味で深い。
原因は言わずもがな、空を遮る厚い緑だ。
そんな理由で高見原の犯罪率は、以前の話でも語った様に四大都市に匹敵する程高い。
防止する為に高見原の街灯の数は日本で一番多いが、逆に陰影は色濃くなっていた。
アクセサリーショップ八咫の表通りは、日が暮れても街灯がある為にまだ明るいが、裏口のある通りはとても暗く深い闇が水が溜まっている様になっていた。
日の暮れた八咫の裏口から漏れる光が闇を切り裂く。
扉から現れたのは濃紺のカットソーに麻のパーカー、デニムのパンツ姿の誠一だった。
後ろ手に扉を閉め、仁王立ちで腕を組んで誠一は溜め息を吐く。
「いるのは分かってる。出て来いよ」
ボソリと呟く様に言った誠一、それに答える様に現れるのは緑のヒラヒラした服を着た数人の人物。
顔を布で目以外を隠しているので、男女かも解らない。
しかし服装を見る誠一には、それが何かはわかっていた。
忘れもしない先月調査をしていた教団の制服だからだ。(『尾行』を参照)
『神の真理』と言う宗教団体、調査の線上に現れた胡散臭いモノだ。
教義はさらに胡散臭く、神との対話こそが唯一の救いなどと言うモノだ。
「胡散臭いだけで終わっておけばいいものを、狂信者って奴か?」
誠一の呟きが聞こえたのか、信者達は怒りを表情を浮かべる。
それがきっかけになったのか、一斉に動きだす狂信者達。
襲い掛かってくる狂信者達に、誠一は危機感すらも抱かずに口元だけを歪ませていた。
「盲目過ぎだ。集中しているのは良いが、周りが見えないのは狂信者の必要事項か? 」
狂信者達の人数は四人、彼らはそれぞれの手に肉厚な短刀を持っていた。
白刃が向けられるのは、自分達が信じる教義を馬鹿にした誠一。
殺すつもりで彼らは誠一に迫る。
しかし悲しいかな、刃は届かない。
彼らが普通の人間と言う事や誠一が実戦をくぐり抜けている理由があるが、そんな事より明確な壁があった。
左右から誠一に迫る狂信者達の得物が、乾いた音をたてて弾かれる。
右から迫る狂信者達の得物は木刀に叩き落とされた。
木刀の主は闇に紛れる様な漆黒のレインコートを目深に被った人物。
高見原において、闇で悪人を叩き潰すと怖れられる『桜坂の剣士』こと蒼羽天子。
左から迫る狂信者達は、乳切木とよばれる杖に手を突かれ短刀を落とされていた。
振るったのは顔の上半分を泥眼と呼ばれる能で使われる面で隠した女性、サトリと呼ばれる能力者こと折紙彩。
先日依頼された護衛の件は色々と疑問や不満もあったが、誠一は受けている。
風文の人を巻き込む考え方に疑問を感じ、明日香を囮に使うと言う作戦に憤りを感じたりもして断ろうかとも思った。
しかし、誠一は受けた。
決め手は、未来を見ようと決意した様に、清々しい程強く真摯な明日香の瞳。
正直、自分の甘さと馬鹿さ加減に誠一は辟易している。
あの場では、相手に対価を突き付けながら、依頼を受けるというのがセオリーなのに、依頼を受けた後で彩に報酬の話を進められてしまった。
戦い以外は自分は役に立たないかもしれない。
と考えながら誠一は、おもむろに自分の死角から迫る、ほかの教団員とは違う暗殺者風の服を着た男の首根を掴みあげる。
「がぁっ⁉」
「俺が囮か指揮してると思ったか? 残念。どちらかと言えば前線の人間なんだ」
喉輪の様に釣り上げられた男が苦しそうに身を捩る、振られる脚が誠一の身体を滅多打ちに蹴りつけるが、傷どころか棒立ちの誠一の身体はピクリとも動かない。
「ぐっがはっ」
男の左足が右足の踵を蹴る、すると右足の爪先から鋭いナイフが飛び出し誠一の腹を蹴り貫くべく振るわれる。
「がっがぁっ!?」
「苦しみながら呆然とするなんて、器用な事を。もしかして余裕がある?」
暴れる男の動きが一瞬止まる。
それも仕方が無いだろう、誠一の腹に刺さるもしくは避けさせて窮地を脱する予定が『ナイフが折れる』と言う予想外の出来事で終わったのだから。
「残念だったな。これくらいなら励起法を使わなくても、水系の理と硬気功の重ねかけで出来るのさ」
「ぐっぎっぎさま、能力者だな!」
「解ったならサッサと帰れ」
誠一が口にした励起法と言う言葉に暗殺者風の男は、顔を真っ青にする。
普通の人間では、励起法を使う能力者に勝つ事は万分の一もないからだ。
それを確認すると誠一は空のペットボトルをゴミに捨てる様に、男を彩と天子が制圧して一塊りになっている男達の上に放り投げた。
「殺すつもりはない、とっとと去れ」
その言葉と同時に狂信者達は這々の体で闇の中に逃げ込む。
「逃がして良いのか悪いのか、微妙よね?」
「だよね~、でもコレが私達の方針だし」
ヤレヤレと力を抜いた二人が誠一に並ぶ。
今回彼らがとった作戦は風文達、第三大隊の囮作戦に沿ったものだった。
今まで闇に隠れていた桃山財閥の暗部を引きずり出す囮作戦の中核『日向明日香』。
その護衛につく事により、彼女の重要性と難易度をあげ敵の中枢を引きずり出す作戦なのだ。
「今日はさっきの奴らを合わせて六組。明日以降どうなる事やら」
明日以降に起こるであろう事に思いを飛ばしながら、誠一は二人を伴って店へと入った。