表と裏
密着させた状態からの一撃には『吠龍』と言う技がある。
これは拳法で言うところの発勁や纏絲勁・螺旋勁と呼ばれる、衝撃波にも似た一撃を放つ攻撃方法だ。
しかし、この技『龍声』は違うと、誠一は今だ身体の中で響く波と痛みの中で悟る。
「…命には別状問題ないようね。今は励起法を使って回復に努めなさい」
倒れた誠一が見上げると、滝の様な汗をかいた思惟がいた。
それを見て誠一は技の威力の強さと、誠一の身体に影響がない様に手加減してくれた事を知る。
「直に受けた技の術理は解った?」
思惟の言葉に身体中に走る痛みに、呻く様にしか頷けない誠一。
それを見てとった思惟は、誠一を担ぐと家の中に向う。
「無理矢理喋らないでいいわ。励起法を維持したまま、今は眠りなさい」
身長差や身体の大きさも違うが、誠一は思惟の背中に背負われて暖かい何かを感じたまま目を閉じた。
「お前が時枝一族の秘伝たる、あの技を教えるとはな」
「あら、おかしい?」
居間のテーブルで思惟と風文が、膝を付き合わせながら話していた。
微妙に棘のある会話に、場の空気は秋口の寒さとは違う少し冷えていた。
そんな剣呑さを含んだ二人の会話に割り込むのは、日の光を含んだ様なノンビリとした言葉。
「あの~、質問していいですか? 今さっきの技って、そんなに凄い技なんですか?」
明日香の質問も仕方が無い事だ。
奥義クラスの技は普通、見られて解明されると技としての威力や効果が減る為、他人には見せないのが当たり前なのだ。
その様な当たり前の事を前提にして考えると、明日香の目には先程の技は凄いモノに見えないのは仕方が無い事なのである。
「あーそうだったな」
「だったわね、あなたの今までを考えれば解らないわよね」
少し考えれば解る事なのだが、当事者やそこら辺の理由をあまり知らない明日香は解らない理由を知っている二人は息を吐く。
「技には見せて良い技と見せてはいけない技とがあるんだ。見せてはいけない技とは、技の術理が盗まれ易い技や心理的や物理法則としての隙を狙うバレたら意味を成さないモノ、そう言うモノがコレにあたる。逆に見せて良い技とは、解るか?」
「逆って事は、技として盗まれにくいって事?」
「あながち間違ってないわ。術理が盗まれにくく、心理的な隙が無く物理法則的に合理的な技がコレに当たるわね? だけどそれだけじゃない。明日香、貴女あの技を見てどう思った?」
「えっと、触った瞬間に少年が血を吐いて倒れたから…近寄ったらマズイかな?」
「普通ならばそう思うわな、そこが恐ろしい所さ」
怖い怖いと、あからさまに怖がる振りをする風文を他所に明日香は考える。
「もしかして……間合いを?」
「まあ、そんな感じよ。接近戦で致命的な一撃を持つと知ったら、普通間合いを広げるのが定石ね。でも銃弾を避けたり弾いたり出来る能力者相手に、遠距離と言う間合いの攻撃手段は限られる。ましてはあの子は頑健さにおいてはトップクラス、敵対する相手はすぐに詰むわ。相手の戦術を限定させろ効果もあるのよ」
ホヘーと感心する明日香に、思惟はそれだけじゃないんだけどねと呟きながら少しヌルくなったお茶を飲む。
少しの間が空き、感心していた明日香が何かに気付いた様に口を開いた。
「あっでも、もしですよ? あの技を耐えきれる人が居たらどうするんですか?」
これならどうだ、と言わんがばかりの明日香。
しかし返答は意外な所、風文から返ってきた。
「それはない」
「ヘッ⁉」
「あの技の見せて良い意味はな思惟は言わなかったがな単純な話、防げないんだよ」
誠一の意識が、ユックリと浮上する様に覚醒する。
目を開き周りを見渡せば、木で出来た古い造りの畳の部屋。
そこに布団がひかれ、寝かされついたらしい。
壁に身体を預け彩と天子が寝ている所を見て、誠一は心配させてスマナイと起こさないように呟きながら先程喰らった技について思い出す。
あの時、思惟の拳が当たった瞬間、爆発したかの様な衝撃が誠一の身体を貫く。
しかし、誠一の能力者としての超感覚は別の真実を映し出していた。
吠龍と言う技は力を逃がさない様に踏ん張った状態から、全身の瞬発力を腕に伝播して打ち込む技である。
だが思惟から打たれた技は動き方や打ち方までは一緒だったが、最後の動作だけが違っていた。
それは異常なまでに速い拳の引きと、一番最初に教えて貰った呼吸法と合わせて使うお呪いだ。
ある順番で指を曲げることによって起こる、敵を引き裂く指の型。
「なんて言ってたかな? 確か、先生は………」
「儀式打ちよ」
寝たまま呟いた誠一の言葉を継いだのは、何時の間にか起きていた彩だった。