絶技 前編
少々予定より遅れました。
日曜の楽しみ、映画を見ながらはやっぱり遅くなってしまいました。
申し訳ないです。
絶招。
拳法で言う所の所謂『必殺技』である。
「えーと、先生? 質問いいですか?」
「なあに?」
「おっ俺が、今まで使った技は絶招なんじゃなかったんですか⁉」
誠一は愕然としていた。
しかしそれは然もありなん、今まで誠一は様々な技を使い打倒して来たからこそだ。
水震・龍打・崩龍・龍尾・吠龍など色々な技を使って誠一は倒していたが、思惟に言わせればそれは絶招ではないと言う。
想像もしていなかった話に誠一は目を白黒させていたが、彼は一つ忘れている事があった。
「あなたね、自分の能力を忘れていない?」
「えっ…ああっ」
「話に聞いていたけど、拳士として反則的な能力よね。牽制や連続技の枝技が、必殺の一撃になるんだから」
今まで何度も説明したのだが、もう一度説明させて貰おうしよう。
誠一の能力『水系の理』は体内の水分子を操作し、身体能力を倍加する能力である。
体内の水分子を繊維状に繋げ細胞外マトリクス内にミオシン・アクチンの様に作り出し、擬似的な筋肉を作り身体能力や頑健さを倍加するモノだ。
倍加と言うだけならば問題はない、二倍や三倍ぐらいならば虚弱な人間とオリンピック選手を比べた方が倍率は高い。
問題は乗数強化たる励起法と被らないと言う事だ。
「要するに、同じ力を持った人間がいるとするじゃない? 数値にして同じ三とするわ。お互いに深度四の励起法を使い三の四乗で八十一。普通ならば互角の戦いになるけど貴方は違うわ。そこから倍加する、仮に二倍と設定したら百六十ニ。一桁違う戦力差は相手にとって悪夢よ?」
ああ、桂二は上手い表現してたなぁ~と、誠一は今更ながら自分の戦力を自覚した。
「戦いは常に十全の力を出せる訳じゃないから、今みたいな机上の話みたいにはスンナリ行かないのは解ってるとは思うけど。ちゃんと自分の戦力位は把握してなさい」
ハイと怒られ項垂れながら返事を返す誠一に、思惟は溜息一つ吐いた。
「とまぁ、話すより貴方の場合はこっちの方が良いかもしれないわね」
そう言うと思惟は拳を突き出した。
高見原市 桜区石下『時枝鍼灸院』 裏手の広場
高見原が開発されて数十年経つと、開発が入る前の光景は普通ならば無くなる。
高見原は森だらけなので、あまり変わらないと考えらる人も居られるかも知れない。
が、根本的な所で勘違いしていると思う、元々森の中にあった『寒村』だったのだ。
元の光景の方が少ないのはもとより、人が手を加えた建築物はいまでは数える程しかない。
そんな古い建物の一つは思惟の営む鍼灸院、高見原が開発される前から高見原村の人間の健康を見続けてきた老舗だ。
家の作りは今では珍しい平屋の武家屋敷の作り、敷地も広く庭も広い。
しかし武家屋敷の作りをしてはいても、庭は日本庭園の作りはしていなかった。
広大と言って良い程の青々とした芝生、その所々に突き立てられた大小様々な用途不明な柱が屋敷との景観を木っ端微塵に粉砕していた。
その木っ端微塵な屋敷の縁側で、彩と天子はくつろいでいた。
いや寛いでいたのは彩だけで、天子は少し嫌そうな表情をして庭で繰り広げられている散打(組み稽古の事)を見ている。
「普通、奥義クラスの技は人に見せない様にするんじゃない?」
「普通ならば、だな。あいつの使う『護天八龍』は遥か古代、秦の始皇帝が求めた、不老不死の仙薬を探しに出た徐福についた護衛の拳士が使っていた技だ。当時の日本は今の高見原以上に危険な能力者達がいる場所で、その中で生き抜き更に磨かれた術理だからこそ意味があるのかもな」
「何で当たり前の顔をして、何時の間にかにいるんですか? 風文さん?」
天子が顔をしかめていた理由。
それは縁側から見える畳敷き居間、その中央にあるちゃぶ台でお茶漬けを啜る一組の男女の一人、三剣風文その人であった。
「なんで朝から当たり前の様にいて、朝ご飯を食べてるんですか!?」
「それは間違っているぞ天子、正確には『朝食を食べている私達の前に君達が来た』だ。そうだろう? 日向」
「ふぁい?」
茶碗片手に説明する風文、彼に話を振られた女性は御飯を頬張りながら返事をかえす。
紺のスカートのビジネススーツに身を包んだ二十代の女性だった。
大きな瞳に活発な印象を与える顔付き、長い髪を頭の後ろで銀のバレッタで纏めた女性『日向 明日香』である。
「失礼……確かに私達が先に来ていたよ? ここにある料理は私と風文さんが作っているからね」
「えっ風文さんもっ⁉」
「意外そうに言うな、料理くらい出来るわ」
意外そうに言う彩に風文はお茶漬けをかき込みながら憮然と応える。
「我々第三大隊の理念は『広く深く、何でもあり』だ。隊員一人一人が何かしらのスペシャリストにして、何でも出来る様に仕込んでる。だからこそ上に立つ俺としては何でも出来る奴じゃないとな」
「責任感?」
「妙な所でマジメだ………」
とある場所では悪辣が服を着た様だと言われる厄介な人間と言われている風文、意外な一面を持っていたようだ。
「ええい、目を丸くして見るな‼ 俺より見るものがあるだろうが‼」
「えっ、ああっ!? あまりにも意外な事実にスッカリ忘れてたっっ‼」
場の全員が気づくと、一斉に誠一と思惟の散打に目をやった。
二人の散打は始まってから約二十分程、最初は映画のスローモーションの様なユックリとした動きだったが、今は何がなんだか分からない事になっていた。
「スゴッ、何あれ?」
天子が呟き彩が目を凝らす。
それは芸術的な動きだった。
誠一の動きは激しく風切る音をたてるパワー溢れる剛の動き、思惟の動きは壊れものを扱うかの様な柔らかな動き。
二人の動きは対象的で、とても美しく見えた。
それは対象的に見えた二人の共通点でもあった。
ちょいと長くなったので前後編に分けます。
重ね重ね申し訳ございません。