雷を制する二人
天子が竜巻と称した剣の嵐。
その中は、暴風雨の叩き付ける様な無数の雨の如き剣刃が吹き荒れていた。
かと言っても刃を合わせる様な動きは少なく、漫画やアニメの様な鍔ぜり合いはない。
なぜならば刃を合わせると、刃が潰れ切れ味が下がるので合わせられないのが普通だからだ。
とは言え、迫る剣を弾く様なシチュエーションになる可能性は零ではないので、剣刃の竜巻の中で時たま稲光の様な火花と音が鳴り響く。
剣がぶつかる激しい音は金属同士がぶつかる甲高い音なのだろうが余りにも激しい為、その音はまさに雷鳴と言わんがばかりの轟音。
そんな猛々しい剣風と轟雷鳴り響く嵐の中、二人の様子は対照的にあった。
白銀のレインコートの男――霧島葵――は淡々と剣刃を捌き、漆黒のレインコートの人物は畏怖と驚愕の最中にあった。
「凄い凄い凄いっ!! 何これ!!」
「………基本だ。里の子供達の遊びであるだろうに」
「えっああっ!! 石弾きかっ!!」
剣刃のスピードと手数を緩めないまま、普通に会話する二人。
会話の中で驚く漆黒のレインコートの人物に、葵はヤレヤレと溜め息をついた。
霧島流の鍛練は生活に密接している。
それは生活の中に技が入り込んでいるの証左だが、今回は『石弾き』の説明以外は省かせて貰う。
『石弾き』とは霧島一族の住む、集落の子供達がやる遊びの一つだ。
遊びに必要な物は石と木の棒。
遊び方は簡単、細い木の棒で石を弾くだけなのだが、ルールが難しい。
石を弾く時にジャストミートせずに弾き上げ、交代に打ち上げ競うと言う超難易度なもの。
実際試してみると解るのだが、小さな石に当てる事すら難しい上に、かすらせて打ち上げるのは普通に無理だ。
ましては続けるのは、神業の如くである。
しかし、霧島一族の子供達はそのような遊びを普通に行う。
その結果が今の状況に繋がる。
漆黒のレインコートの人物の打ち込みを、葵は見切り刀の鎬の部分を認識出来ないスピードで当てて弾いているのだ。
「凄い!! 石弾きにそんな意味があったって初めて知った!!」
「初めて………普通は実戦を通じて解るんだが?」「今までノリで戦ってた!!」
その時の彼の心情はフードで隠れて表情からは解らないが、後にこの事を語る彼の顔はとても残念なものを見る様に語った所から考えてもらおう。
「………」
「ちょっと!! 何でそんなに残念そうなのよ!!」
「何でって、なあ?」
「私に聞くなー!!」
この激しい剣風の中、葵の顔がどうやら見えていたらしく、漆黒のレインコートのフードの下からプリプリと怒っていた。
「励起法の深度と霧島一族の反射神経、戦闘センスのみで戦ってるのか………お前は」
「そうよ!! だってしょうがないじゃない教えてくれる人なんて、皆いなくなったんだもの!!」
「居場所を戦いに求めたか………それもまた間違いではないが、それでは後進に抜かれるぞ?」
「私達霧島に敵う相手なんて!!」
「そうでもないさ」
唐突に止む剣風、同時に葵は音もなく後ろに跳躍する。
今までの苛烈な打ち合いから引かれアレッと思った瞬間、葵のレインコートの陰から一回り小さな人影が飛び出す。
「ムッ!?」
右手に木刀ではなく、白刃を携えた同じ黒のレインコートを着る少女。
「圧倒されたのをもう忘れたの!? 退きなさい!!」
「そうはいかないわ。私達の力を侮られたままじゃ、退けないわ?」
「むぅっ!!」
切り付けてくる天子に気をとられた次の瞬間、逆方向から声が聞こえた。
見れば間合いに踏み込んでいる、泥眼の面をつけた彩がいた。
「無駄よっ!!」
それを確認してから二人を迎撃する為に、先程と同じ様に剣を振るう。
しかし、その攻撃は二人に受け止められる。
「なっ!?」
今さっきまで圧倒していた筈なのに、受けきられ漆黒のレインコートの人物に驚愕と動揺が走る。
だがそれは一瞬の事で、何事も無かったかの様に切り結び始める。
「さっきまでと違う励起波動。でも周波は余り変わらないって事は、神器か!!」
「いかにも!! 戦闘センスや経験がないなら地力を上回るしかないでしょ!!」
「私としては裏技っぽくて、あんまりやりたくないんだけどな〜二人がかりなんて特に。だけど………ちっぽけだけど、私にも剣士としての意地とプライドてのがあるからっ!!」
「チッ、複数神器の共鳴現象で励起法の出力が上がって、わずかに地力が私を上回ってるっ!!」
いかに戦いのセンスが天才的で戦闘経験が豊富でも、地力が僅かに上回る能力者二人による攻撃は手に余るらしい。
しかも、二人の戦い方がそれに拍車をかけていた。
前話で説明した通り、二人の見える領域は違っている。
そこで二人はある策を取った。
それは作業の分担化。
剣の軌道が見える天子が剣を抑え、動きが見える彩が速さの基本たる体捌きを封じ込めるという単純な物。
しかしこの作戦は当たった、速度を大きく殺され剣刃は封じられる。
軒並み動きが悪くなった所で天子が手数を増やして攻撃し、反撃しようとすると彩が動きを封じ込める様に動く。
「クッ、こんな短時間でっ」
「だから言ったろうに。力だけでは負けるぞ?」
「煩いっ……っ!?」
葵の呟きに反応したその時、天子の刃が漆黒のレインコートのフードを跳ね上げる。
天子の手には手応えは無かったが、一級の神器に触れた『霧衣』が風に吹かれた霧の様に消える。
「えっ!?」
「………女。いや、私達と歳は一緒位か?」
フードの下から現れたのは、漆黒のレインコートと同じ濡れ羽の如く黒く艶のある長い髪をポニーテールにした、少し幼さを持った女性の顔だった。
彩は驚かなかった、声質や身体から女性だと解っていたし、何よりも自身が女性。
しかし天子は驚き動きが止まる。
フードの下から現れた顔は、男女の差等があったが自分の剣の師と瓜二つだったから。
「お前の顔を見るのも久しいな。数年ぶりか、双葉」
「私の生き方に口を出さないで!! 兄さんっ!!」