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変わる世界  作者: オピオイド
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試験…それから

打ち込んだ拳は跳ね上げられ誠一の師である時枝ときえだ 思惟しいの背中が、下から突き上げるように誠一の胸を打った。


「ガッ!?」


誠一は胸を貫く衝撃に、止まりそうになる身体を叱咤しつつ拳を正中線に戻し身体の急所を隠す。


「甘い。」


3メートル近く吹き飛ばされながら誠一は、胸に走る激痛に耐えながら腰を落とし構える。

それに対して誠一のおおよそ目の前3メートルにいる思惟は、手を顎に当てながら満足そうに頷いていた。


「私の誘いに無策で打ち込んだ事は減点。けれど、軽く打った私の『水震』がその程度で終わっているのは、まあ及第点という所かな?」


『軽く打った』で3メートル近く、『その程度』でこの威力の何処から突っ込んで良いのか解らないと、今まで何度も繰り返してきた声に出来ない呟きを飲み込み、息を整えて身体に巡る『意志』を統一させる。





高見原市 桜区石上町 『石上神社』公園

午後20時30分





身体に入ったダメージが大分消えてきた所で思惟を見ると、彼女は笑っていた。

蔑むとかそう言う様な笑い顔ではなくて、何処かしら満足そうな笑み。


「…ふふふ、そうそう。身体の意思を統一させ、身体が持つ己の力の方向性を作り上げなさい。それが氣法術の上位法術『励起』よ。無意識でも出来る様になってきたわね、練り上げ方がごく自然に出来てる。」


満足そうに笑う思惟に、誠一は少し嬉しくなってくる。

誠一が思惟から武術の手解きを受けて六年近くになる。

一番最初は憧れであった。

当時、小学生だった誠一が『ある事件』に巻き込まれた時、瞬く間に犯人グループを倒した思惟を見てから『自分も強くなりたい』そう思ってからである。

その光景を見た誠一は、弟子はとらないと言って頑固に断っていた思惟を粘りに粘り半年に渡って頭を下げて入門。

それから三年基本のみを毎日何百回と繰り返し身体を作り上げ、そしてさらに三年身体に技術を叩き込み今特殊な練功まで至った。

憧れの目標に近づいたとは思わないが、形にはなってきたと誠一は嬉しくなってきた。


「私が教えることは大体一通り教えたわね。後は基礎練習と『励起』を中心にやれば自ずと力がつくわ…さて。」


途端、誠一の浮き足立った足に震えが走る。

いや、足だけではなく背筋が一瞬にして凍りついたような冷たささえも感じていた。

思惟を見ると身体の側面をこちらに向けて立っている。

ただそれだけなのに空気を介し今にも押しつぶされそうな、とんでもない圧迫感を感じさせていた。

これが思惟さんの『励起』かと誠一は、負けない様に腹に力を入れ耐える。


「少し本気を出すわ。打ち込んできなさい上手く出来たら空手で言うところの免許皆伝とはいかないけど、師範代ぐらいだと認めてあげる。」


いきなりのテスト、突然だった。

こう言う事は何日も前に言っておくべきなんじゃないのかと誠一は内心悲鳴を上げながらも、『励起』を行い身体のギアを一段階あげる。

いきなりの事で不満もあるし、本気の思惟を見たこともないので彼女の力の一片を見られるので喜ばしくもとても恐怖心もある。

それ以上に誠一は自分が今どれだけのものなのかを、確認するにはよかった。

だから…。


「胸を借りるつもりでいきます。」

「…ん?意外と肝が据わってるわね?」

「今までどれだけ自分が思惟さんの技を受けてるかわかってます? でも、それ以上に俺が何処まで強くなったか知りたいし…貴女に見てもらいたい。」

「解ったわ、きなさい。」


そこまで言われたら女…じゃなくって師匠冥利に尽きるわと緩む口元を見せないように思惟は、ゆっくりと誠一へと歩き出す。

誠一から見て約1メートル20、それ位の距離からゆっくりと彼を中心にして左回りに回り始める。

正中線が一切ぶれず、緩急が一切ない流れるような足運び、体術『流水』。

誠一も使う徹底的に自分の身体に叩き込まれた動きの完成系に、誠一は初めて技の恐ろしさに気付く。

左拳を出して構える自分の構えに対し、自分を中心に左回りに移動されると攻撃にしろ防御にしろやり難いのだ。

しかし、そんなことは言ってられない。

思惟の動きのタイミングに合わせて拳を打ち込む。


「フッ!!」


撃つのは左拳、それも牽制とかではなく一撃で終わらせる程の勢いをつけたものだ。

作戦はなにも無い、ただ誠一の今持てる全てを籠めた一撃。

思惟と誠一の間では技量は大きく差がある。

それが思惟がいくら手を抜いていたとしても、それは天と地ほど間が開いている筈だと誠一は考えていた。

だからこその小手先も技などない、全力の一撃。

己が師に見てもらう今最高の一撃を。


「!!」


しかし、そんな真摯な一撃すらも思惟は簡単に受け流してしまう。

やや下方に打ち込んだ拳を下に流される。

それを感じるより早く、誠一は防御など考えない二撃目を放つ。

下に受け流された力をそのままに、足に流し踏み込む…それからの集約した中段撃ち。


「グッ!?」

「やめ…気が変わった。」


しかし、二撃目も簡単に受け流された今度は上へ、下から一撃が来ると誠一が身構えた瞬間。

突然、気の抜けた様に思惟が誠一の脇腹へと手を当てている状態で止めたのだ。


「ちょっ…思惟さん!?」

「少し早かったみたいね。また次回しましょう。」


それを言ったっきり思惟は取り付く島も無く、日本酒の入った徳利片手に神社の本殿のいつものスペースの方へと戻って行ってしまった。

正直な話、誠一としては肩透かしを食らったと言うより狐に抓まれたと言うのが正確だろうか。

文句を言おうとも、思惟は何故か不機嫌に酒を飲んでいる。

無駄だと悟り誠一は肩を落としながら、暫く休み誠一は家への道を帰って行った。







「おやおや…いいんですか?」


誠一が帰り暫くした後。

神社の本殿の縁側で、徳利片手に手酌で酒を飲んでいた思惟は突然掛けられた声に動じず酒を飲み続ける。

黙って飲み続ける思惟に、痺れを切らしたように神社の奥の森から人影が現れる。

森の闇に溶ける様な漆黒のスーツ、長い黒髪を一つにまとめ黒い髭を蓄えた壮年の男性。

その目は苛ついているのか少し揺らめいている。


「あなたは私達が途中から観察していることに気付き、彼に打ち込むはずの手を止めたのは知っています。しかし、何故彼を…!!」


男性が何かに気付き突然飛び退る。

飛び退いた男がいたであろうその場所から少し離れた木には、3本の鉄の棒が深々と刺さっていた。

おそらくは思惟が投げたであろうソレは、ノーモーションでいつ投げたかも解らない恐ろしい早業。


「神速の呪釘打ち、本家の忍者より早いとは…いやはや一度見ていなければ死んでいました。」


鉄の棒―男曰く釘―が刺さった木に寄りかかりながら、男は冷や汗をあからさまに拭きなが口上を述べる。


「しかしながら、私とあなたは初対面だ。ここは自己紹介といきましょう、私の名前は各務雲進かがみ うんしん能力者狩部隊『ハウンド』の主任をしています、よろしく。」



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