表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変わる世界  作者: オピオイド
66/90

剣と杖再び

日本の西部に位置する高見原は、地方都市の一つ。

きちんとした都市開発によって商業区・居住区・行政区と分かれている。

高見区はその中でも行政区に分類されてはいるが、行政の性質上商業区も混じっている。

その中心が高見原駅の横にあるビルディング街だ。

上空から見れば、森で出来た緑の絨毯からビルが突き出た様に見える。

地上から見れば緑の屋根なのだが。


「ん?」

「あー、どうした?」

「なんか………音が聞こえないか?」


ビルディング街の間にある道路を歩くサラリーマン風の男が、何かに気付いた様に空を仰ぐ。

空は緑に覆われているので何も見えないが、何かの音が聞こえた気がしたのでそちらを向いただけだった。


「音ー? んなの聞こえねーぞ。第一これだけ緑が深いと音が響かねーだろ? 酒の飲み過ぎで幻聴でも聞こえだしたか? 気のせいだ空耳、空耳」

「いや俺もそう思うんだけどな………」


金属の様な何かが打ち合わされる、甲高い音が聞こえたような気が男はしていた。

男は昔から色々な幻聴紛いの音はよく聞いていたから、多分そうかもしれないと考える。

大体聞こえている場所は、ビルとビルが開いた何もない空中。

一緒に飲んでいた同僚は何も聞こえていないから、いつもの幻聴かと男は納得する。


「それよりよー楼閣町に行こーぜ、楼閣町。営業の吉田に綺麗なネーチャンがいる所聞いたんだぜ」

「マジか?」

「おうよ、マジマジ。何か最近入ったらしくてなー尻の線がエロ………」


同僚の話に耳を傾け歩きながら、男はもう一度空を見る。

やっぱりまだ聞こえる気がしたが、空耳だろうと断じてから去っていく。

若い女性の声が、空から聞こえるなんてそれこそ空耳だと思いながら。




高見区ビルディング街




夜が更ければ町の灯は落ちる。

それはどんな場所でも見られる現象だが、歓楽街などの例外もある。

しかしこのビルディング街は例外にも漏れず、午後九時までは所々灯っていた灯も落ち、楼閣町から来る光を反射する以外は闇に包まれていた。

その中のビルの屋上、正確には『ビルとビルの間を網の様に繋ぐワイヤー』の上でそれは行われていた。


「っっ!!」

「ーっ!!」


男同士の戦いとは違い、雄叫びなどはない静かで流れる様な呼気。

あるのは黒塗りの木刀と、昆と呼ぶにはやや短い杖が激しく打ち鳴らされる音だけだった。

四つのビルの屋上から伸びる蜘蛛の巣の如く張り巡らせた太さ直径約5cmのワイヤーロープ、その上で彩と天子は戦っていた。

下半身は綱渡りとは違い地面に立っているのと変わらない動きで、上半身は嵐とまごう如く互いの得物を振るっていた。

足場が太いワイヤーロープと言えども、強風が吹く地上数十メートルの場所と考えれば、何も知らない他人から見れば驚愕を通り越して自身の常識を疑うレベルである。

その不安定な足場を考慮した戦いで、天子は横に払う薙ぎ払いを主体に木刀を振るっていた。

励起法を使った強烈な横薙ぎは、当たれば転落は必至。

高見原の森を縫うように、不安定な枝々を駆けていた桜坂の剣士として採った戦略だった。

しかし相手も『サトリ』と呼ばれる強力な能力者、しかも相手も能力者戦闘の祖たる『神道流』の業を使う。

天子の思い通りには行かなかった。

何より厄介なのは、杖と言う厄介な武器。

近間では剣の様に、間合いを遠間に開けば槍の様に防御には楯の様に、はたまた昆の様にと目まぐるしく彩は杖の用途を変えている。

その為に打ち込んでは捌かれる、打ち込まれて避けると言う千日手めいた戦いが、かれこれ40分近く続いていた。

突然、バチンと激しい音と共に二人は跳び、互いに間合いを開ける。

彩は同じロープ、天子は隣に平行に走ったロープの上に。


「やっぱりやるわね……流石、桜坂の剣士。以前戦ったとは比べものにならない程、打ち込みが鋭く速い」

「何言ってんの。私の攻撃をことごとく防いでる癖に」


天子は目深に被ったレインコートのフード下から、呆れた様に溜め息を吐きながら彩を睨みつける。

対する彩も睨み合っているかと思うが、天子は彼女の表情が見えない。

何故ならば彩の顔には口周りだけが素肌が出た、上半分の能面が装着されていたからだ。

天子は知らないだろうが、それは泥眼でいがんと呼ばれる能楽の演目に使われる女面。

神霊を現す面のせいか、天子は彩の表情を窺う事は出来なかった。


「だから………此処からは、ギアを上げるよ? ついて来れるかな?」

「手加減無用よ」

「なら、」


トンッと軽い音とは反した大きな跳躍で、天子は彩と同じロープの上に飛び乗る。


「先生から無闇矢鱈に使うなって言われた技を………使わせてもらう」


天子の口調が、柔らかな喋り方から平淡ものへと変わる。

それを皮切りに天子の構えも変わる、剣先を地へと向ける下段の構えから肘を引いた中段。

彩はその構えを見た瞬間、背中を少し曲げ杖を構える。


『状況を考えれば、この戦いでは落下を考慮した場合薙ぎ払いが攻撃範囲と言う意味では有利だけど………多分あの構えは突きを絡めて来る気だ』


彩は気付いていた。

天子の戦いを見たのは、対峙した戦いを含めて今回で三回目。

特にパッションレッドとの戦いで彩は、天子が奥の手を持っているのを感じていた。

パッションレッドとの戦いで誠一が示した通り、強力な防御には一点突破が有効打になる。

そんな当たり前の事に、高見原で戦い続けた天子が『突き技』に気付かないはずがない。

理由は色々あるからだろうが、恐らく外した場合の隙の大きさと殺傷力の違いだろう。

励起法を使った突き。

同じ能力者であれども防御を突き破るだろう、木刀と言えかなり危険な技だ。


「………覚悟はいい?」

「そんなのは元よりよ、気にしないで全力で来なさい!!」


お互い見える口元に笑み浮かべながら、二人は緊張感を引き上げていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ