男には理解できない女性同士の話
文字数がいつもより多いもので、少々遅くなりました。
申し訳ありません。
では、本編をお楽しみください。
高見原政令都市、森に包まれた町は100万を超える人口を賄うには土地いささか乱雑過ぎた。
はっきりと言えば木が邪魔で人がいる場所がなくなっている訳だが、都市開発が始まった当初からの『自然融和』の理念があるために開発がうまく行っていない。
人口が集中している場所では、その様な問題は普通の事で、土地を確保するのも共通する。
方法は簡潔で大体が上下に拡げる、要は地下かビルを建てる事だ。
しかしながら。簡単な解決策があってもそれを実行するのは難しい。
何故ならば、その原因も木で建機が入る隙間が無いなどの理由がそれだ。
その問題を解消するべく考え出したのが、葉脈の様に伸びる幹線道路。
町の中心を通す様に作られた三車線道路をまず作り、そこから二車線道路を森を最小限に切り崩しながら蜘蛛の巣の様に張り巡らす様に作ったのだ。
その開発当初は森の至る所が人工物に取って代わっていたが、数年経った今では空から見れば誠一が見た風景の様に緑の絨毯の様に見えている。
だがそんな中でも緑に覆われて居ない場所が数箇所ある。
それは中洲の楼閣町であり、海原区の開発前線基地であり、高見区の商業区域にあるビルディング街でもある。
誠一と桂二の決闘の少し前。高見区産屋通りビルディング街の近くにある高見原駅駅前広場。
高見原開発の中でも一番最初に作られたのが、高見原駅。
駅の上には今風のデザインで建てられた駅ビルがそびえ立ち、駅前のロータリーは四階建ての草花が咲き乱れた吹き抜けの空中庭園となっている。
外観の雄大さと森の中にある庭園の光景から、古代バビロンにあったとされる架空の空中庭園から名をとって『セミラミス』と言う愛称がある。
そのセミラミスの四階にある、吹き抜けを見下ろせるベンチに彼女達はいた。
一人はジーンズのパンツにパーカーとあまりパッとしない服だが、ショートに切り揃えた髪とやや吊り目がち猫の様な目、愛くるしい笑顔を時たま見せているのが周りの目を引いている。
もう一人は花柄の刺繍が入った薄手のシャツに赤いスカートにニーソックスを合わせたおっとり系の女の子で、首筋に流された長い黒髪にやや眦の下がった目、柔らかな笑顔を絶やさない姿に周囲の男性は庇護欲を掻き立てていた。
言わずもがなの二人、読心の『折紙彩』と桜坂の剣士『蒼羽天子』の二人である。
二人はお互いにクレープやジュースを買って、楽しそうに話していた。
普段は強烈な戦闘力や誠一の異常さに霞んで見えないが、二人は十分美少女に分類できる。
そんな眉目麗しい二人が夜も更けたムーディーな場所に居れば、ナンパの一つや二つ受けそうなのだが、不思議と二人の周りは空白地帯になっていた。
神域結界とか儀式結界とか、そう言うものを二人は使用している訳ではない。
彼女達の楽しそうな会話の内容が問題だったりする。
「励起法のエネルギーを漫画みたく偏らせたり、集中する事でパワーアップ出来ないかなぁって思ったんだけどなぁ」
「無理よ。漫画みたく足し算や掛け算みたいな強化方法なら出来るんでしょうけど、残念ながら私達が使う励起法は生物学的階位変換『乗数強化』だからね。指数のlogで表記すると整数に近い値が出るから忘れがちだけど、logの数値のほんの少しの差が致命的」
「確か………身体の基本的な数値を最初に持ってくるだっけ?」
「貴女ね、剣術だけじゃなくて頭の方も鍛えなさい?」
「解ってるよぉ………」
ハァと目の前で口を尖らせ顔を逸らす彼女の未来を案じ溜め息を吐く彩は、傍らに置いた飲み物に口をつけながらナンパ男達が近寄って来なくなった事に苦笑した。
生化学や運動生理学、物理学や数学など混ざった、あまりにも高等な話をしている二人の会話に入るのは至難の技だ。
会話が上手く人心を掴むナンパ師と言えども、教養が高くなければ無理だったり。
その証拠に彼女らの周囲には、撃沈して自信喪失したり男のプライドを砕かれた者達がベンチでうなだれている。
少しは話を聞いてやるべきだったかと、ほんの少しだけの仏心を出しながら彩は話を続けた。
「例えば表示的に考えて? 膝から下の励起法の出力を身体全体の出力の3から4に上げたとする、これは実際可能。膝から下の筋力はミオシンとアクチンフィラメントの牽引力が励起法によって飛躍的に引き上がるわね。ただ問題は励起法の出力の差」
「………あ〜、私今解った〜」
「そう乗数強化だから問題なのよ。基本的な筋力を10として考えると出力3は10の3乗だから1000、出力4は10の4乗だから10000。肉体的な条件やコンディションで基本値は変動するから、此処まで綺麗な数字じゃないけど下手したら膝から下と上との出力が一桁違ったりするわ」
「それ、かなりマズイんじゃ………?」
「………ええ、一回足がちぎれかけたわ」
今度は天子が目を見開き凝視して、彩が顔を逸らす番だった。
励起法の偏りや集中は、能力者であれば誰でも考えるもので、励起法が使えれば一度はやる事である。
しかしながら、普通は出来ない上に誰も使わない。
何故ならば励起法の集中をする場合には、集中力と時間が必要になるからだ。
励起法を使う場面を考えると解るのだが、能力者の戦闘は大体が高速戦闘なので隙が出来る。
戦闘に関しては欠陥技術の上に、習得に難しいと言う点で普通は使わない。
そして彩が言った問題もある。
あまり習得出来ないはずの励起法の偏移は、彩自身の才能によって出来る様になった。
しかし出来る様になってからが問題だった。
五年前のあくる日、彩は励起法にバリエーションが出来ないかと自己鍛練をしていた時に思い付いた励起法の偏位を練習し、完成させた。
その結果は本人が言った通り、膝から下がちぎれかけ重傷を負うと言うもの。
「師匠から『励起法は全身均等に行うのが一番効率が良い』って言われてたのをスッカリ忘れてたのがまずかったわ。踏み込みした瞬間に、蹴り足の後ろ側の筋肉がブチンッて………」
「ちょっ聞きたくないよー!!」
あまりのグロい話に、思わず想像してしまった天子が耳を塞ぐ。
そんな話を30分程続けた頃だろうか、彩がふと話を変える。
「誠一達もそろそろかな?」
「そうね………、ねえ彩ちゃん」
「ん? 何?」
「今更だけどさ、何で」
「何でって、私達が戦うこと?」
「うん」
誠一と桂二の決闘すると言う話、その直後に彩が言ったのだ『私も白黒決着をつけたい』と。
「正直驚いたかな? いきなりだった事もあったけど、一番感じたのは何でって事。今から一緒に戦うって矢先だったから尚更」
「フフッ、あなたに敵意を持っているからじゃないわよ? 戦いを共にするには力量の把握が必要だから」
「ほえっそれだけ?」
「白黒つけたいってのも確かよ。目的は果たされたけど、あの日の決着つけさせてもらうわ」
「あっはははは……」
闘志あふれる眼光に、天子は乾いた笑いしかでなかった。
「それと、けじめよ」
「けじめ?」
「そう。今日………私久しぶりに遊んだわ。ここに来るまで私の毎日は鍛練ばっかりだった」
私もそうだったと天子も同意するように頷く。
「姉さんを探す為に、力をつける鍛練に明け暮れ。この町にきて、誠一君に出会って色々な事にがあって、事態が動き出した。そんな時に、思っちゃったの。欲が出たってのもあるかな? 今だってそうよ、貴女もそうじゃない?」
ああと何かを納得したかの様に、天子も頷く。
「同い年だものね?」
「うん…普通に友達を作って、遊んで、学校に行って皆と過ごす。そんな当たり前の日常が欲しくなった」
「でも、それだったら……」
「だから、」
私達もう友達じゃないの?と続けようとした天子の言葉を遮る様に、彩は立ち上がり天子と向き合い言葉を継ぐ。
「私は貴女と決着をつける。何もわだかまりのない関係を作るため」
ああと、言葉にならない何かが天子の胸に走る。
彼女達二人の間には色々なしがらみがあった。
それは対立だったり、被害者と加害者の家族の様な感覚に近い。
天子自身は彩自身には関係ないと思っているが、立場としては許せない気持ちもある。
そんなしがらみを断ち切る為の提案だったのだろう、と天子は理解した。
友達になる為の戦い。
そう考えると天子には戦うしかないなと感じてしまい、彼女の思いに笑顔した。
友達になりたいのは自分だって同じ思いで、しがらみがあるのも確かなのだから。
総てを断ち切る、その為に。
「それじゃあやりましょうか?」
「ええ、私達は私達の戦場へと」
天子も立ち上がり、彩を伴いオフィス街へと消えていった。