戦術儀式
予定より四日程遅れました。
色々と調べる事が多い割には使えなかった事があった今回、マトメきれているかどうか………正直不安な回です。
おかしな所があれば御指摘、御感想お待ちしていませ。
「何だあれは」
「新しい鬼人病の感染者か?」
「暴走体!? いや、能力者か!? にしても神域結界が感じられない………」
「全員落ち着け!!」
動揺する隊をウィリアムは一喝して落ち着かせると、彼自身は苦い顔をしていた。
何度も言うようだが、能力者が能力を使う前提条件には『神域結界』がある。
大なり小なりと差は色々あるが、これは絶対の前提条件。
『辰学院』の重金教授のレポートによれば、励起法から発生する力場を利用し、神域結界とは波動の性質を持ったエネルギーフィールドの一種。
一定範囲内の『存在』を、支配下におく能力者共通の力だ。
しかし、隊員達の前に立つのっぺら坊には神域結界の残滓すらなく、あるのは口もなく声が響くと言う異様な現象のみ。
隊員達は全員が能力者であるがため、神域結界を感じられない不可思議な事象に動揺が走る。
だがウィリアムにはそれが何かは解っていた。
「落ち着け!! ただの儀式だ!!」
「しかし、性能の割に儀式特有の微弱な励起法の波動を感じられません!?」
「それは能力者が儀式を使った場合だ!! 相手は………多分ただの人だ」
ウィリアムは口ごもった。
儀式には色々な形態や種類がある。
見た目は世間一般で言う所の『魔法』に近いが、内容はどちらかと言えばPCに近い。
儀式と言う仮想領域内で、自然法則の一部を同時起動し術を発現するのが通説だ。
だから儀式は知っていれば、誰でも使える技術的な術。
しかし誰もが簡単に使えない、落とし穴がある。
原因は習得の難しさと、電源である。
短期発動型の儀式はともかく持続型儀式は習得の難しさは努力すれば何とかなる(事実、桂二は学業どころか実生活が疎かになるほど隊長にしごかれた)が、問題は電源・エネルギー源だ。
人の一日の基礎代謝はどれくらいか知っているだろうか?
成人男性の基礎代謝は約1500キロカロリー、ワット毎時換算で17455ワット毎時、ジュール換算で6280200ジュールになる。
これだけでは意味が解らないので携帯電話のリチウム電池を引き合いに出すと、携帯の電池は2.9ワット毎時で比較すると人体から産生されるエネルギーはとんでもない量となるのが解りやすいだろう。(携帯の電池を見てください、計算の方はウェブ計算機使いました)
しかも能力者は励起法を使いエネルギー効率等を乗数強化をかけれる為に、人が発するエネルギー量とは比にならない物になる。
それが問題なのだ。
元は能力者が使う儀式は能力者が発するエネルギーを使うのを基礎となっている、それはエネルギー消費がとんでもなく高く燃費が悪いと言うことに繋がるのだ。
その結果、儀式を使うには大量のエネルギーを使うため、高度な儀式は能力者でなければ起動するのに単独の人間では起動するには無理となる。
だからこそ能力者以外では動かすのが困難な筈なのに目の前にある事実に隊員達の戸惑いであり、小隊が混乱するのを解っていたからこそウィリアムが口ごもる訳でもあった。
だが、そんな愚痴を言っている場合ではないと声もなく呟くと、ウィリアムは再び引き金に指をかける。
「貴様………」
「隊長!?」
永井が殺気立ったウィリアムの現状から理解出来ない突然の行動に驚いて声を上げるが、振り返って見れば彼が拳銃を持つ逆の手が『撤退』の合図を形作っていた。
永井はそれを見ると、素早く足を踏み鳴らし『隊長の発砲と同時に撤退』のリズムをとる。
撤退の音を聞き自動小銃を構えた姿は変わらないが、全員の空気が変わったのを確認するとウィリアムは不敵な笑みで口を開く。
「さて大人しく吐いてもらおうか? 誰が本物かは解らないが、貴様らのどちらかが本物だ?」
「はっ白々しいね。今回の出動の速さや、判断力の高さ………そこは凄いわ」
「貴様、ふざけるな」
「いやいや、これは褒めてるんだって………だから、これは忠告だ。『この部屋から出ない方がいい』ぜ?」
「なん……だと?」
一瞬何の事か解らなかった、しかし次の瞬間ウィリアムは引き金をひいていた。
「っと危ない、式神って解って容赦無く撃つか…やるね、おっさん」
「っっ撤退中止!! この場で迎え撃つ!!」
『式神』と言う単語を聞くやいなや、ウィリアムは怒号で撤退中止命令をだす。
彼は十数年前に一度、ヨーロッパのとある場所で式神を使う儀式使いと戦っていた。
一体一体はそこまでは強くない、しかし相手は人の型をした紙を使い大量の兵隊を作りだし物量戦を仕掛けてきた。
当時彼は能力者の戦闘者としては駆け出しで、ベテランの能力者と六人でチームを組んでヨーロッパ方面では名うての傭兵だったが、結果は惨敗。
ウィリアム以外の五人が死傷すると言う悪夢の様な、惨憺たる結果。
ウィリアムはその光景を瞬時に思い出し、此処が地下三階の袋小路と言う状況の不利を逆手にとり迎撃を選択した。
「ヒュー、流石っ。だけど失敗さ」
「っっ、貴様っ!?」
見れば顔の無い男が、燃えていた。
隣に立つ龍のマスクを被っていた男も同様に、全身から赤い炎を噴き上げて煌々と燃えていた。
「何だそれは!?」
「刃を禁ずれば切れなくなるし、足を禁ずれば動かなくなる。………建物を禁ずれば、どうなるんだろうな?」
松明の様に燃える男の言葉を聞きながら、ウィリアムは自身を震わせる激しい鳴動を感じていた。
保養所から20Km程離れた場所に、鏡山と言う山がある。
標高695mの頂上部は牧場があり、草原が広がっておりバラグライダー等のスポーツが盛んな場所である。
昼間であればスポーツをやったりピクニック客で賑わっているのだが、深夜2時という時間は閑散としていた。
遠くに高見原の楼閣町の夜景が見えるので、車で行くデートスポットとしても有名だったが今夜は誰ひとり一台すら居なかった。
居るのは高見原を見下ろす斜面に作られた『護摩檀』の前に立った神官男と、その後ろに座る戦闘服姿の人物が二人。
神官服の男が護摩檀の前にある祭壇に置いていた、人形の紙を火に投げ入れたその時だった。
「………お前、何してる?」
「何ってお前、うった式を焼いて消してるんだ」
「そう言う事を聞いているんじゃない。桂二、お前は俺と決闘するって言ってたな?」
彼等の後ろから現れたのはウィリアム達が見た龍の頭を模した仮面、言わずと知れた水龍こと誠一。
それに応えるのは、保養所と違った服(神官服)を着た桂二だった。
「してたじゃないか、途中で邪魔されたが」
「………いや聞きたい事が違う!! 今! 此処に居る!! お前は何時からいるんだと聞いてるんだ!!!」
「いつから? そりゃあ最初からだが?」
さも当然とばかりの顔をする桂二に、誠一はガックリとその場で項垂れた。
そう、桂二は最初からこの山の上に陣取り、20Km離れた保養所に式神を打ちずっと遠隔操作していたのだ。
「さっ最初から………騙された………」
「騙されたって人聞き悪い、こんなの戦術の一つだぜ? 大体、能力者相手に生身でガチンコは無謀を通り越して自殺だって」
夜だと言うのに朗らかに語る神官服の桂二に対して、誠一の背中はしてやられた感満載で煤けていた。
遥か向こう、大きな建造物が煙を上げながら崩れているのが、その背中を際立たせていた。