師達の語らい
「があっ」
今の桂二よりまだ少し若々しい声が、サイファ学園都市にある『要人警護・警備専門コース』の実技区画の空間に薄まる様に消える。
数キロある戦闘服の装備が、重力に引かれるがまま桂二は吐瀉しながら倒れた。
「いい加減理解したか? 人はただ人のままでは能力者には勝てない、自明の理だ」
滝のような汗をかき自らの吐瀉物の上に倒れ伏す桂二の前には、ティースプーン片手に困った顔で佇む金髪碧眼の青年がいる。
ゼェゼェと整わない息、酸っぱい吐瀉物の臭いの中で桂二は自分の無力さを感じ取っていた。
半年前に助けて貰い、助けてくれた相手の強さと合理性と『情報収集能力の高さ』に弟子入りを決めた桂二だったが、にべもなく断られた。
曰く、『歳が若い』『力がない』等など。
最後に『ここにはもう近付くな』と言われて放逐される。
しかし桂二は食らい付いた、何度も何度も。
それに根負けしたのか、相手が折れた。
それからは激動の一年だった、特別入隊と言う形で地獄にいた方がましの様な訓練に組み込まれたり、情報に関する勉強を詰め込まれたり。
そしてこの場所で倒れ伏していた。
自分の実力と、能力者との実力差を知るために模擬戦闘を行ったのだ。
結果、惨敗なんて言葉なんて生温い程の負けっぷり。
何故ならば桂二は自動小銃や拳銃・ナイフ・爆薬等の完全装備で、相手は桂二を馬鹿にしたかの様な、普段着にティースプーン。
それで負けたのだ。
銃弾をスプーンで軌道を尽く反らされ、罠を張れば無傷で通過、挙げ句ナイフは肌を通らず傷一つつかずに小さなスプーンに叩き切られると言う常識外の状況で、三時間近く遊ばれたのだ。
惨敗どころか、勝負にも戦いにもならない。
「とまあ、この様に上位能力者は軍隊の装備を身につけていても勝てない相手だ。やろうと思えば一国を一人で落とせる………理解したかな? 桂二。理解してもらえた所で、もう一度一年前の質問をしよう。すべて忘れ、日常に戻る気はあるか?」
時間をかけた説得。
それが一年間桂二を鍛え上げた青年、第三大隊の長『三剣 風文』の考えだった。
確かに今のまま能力者が多数いる戦場に出れば、確実に死んでしまうと桂二は考えた。
しかし、桂二にはこの言葉には二つの意味があると、酸素が少なくボンヤリと霞がかる脳で考える。
一つは本気で心配して、今ならばまだ引き返せると言う意味。
一年間同じ隊の仲間と訓練した先輩方から聞いた風文隊長の話を聞く限り、有能かつとても性格が悪く敵に容赦なく暴虐の限りを尽くす人間だ。
しかしその反面、仲間や弱い者にはとても優しく、口では悪態はついているがとても気を使う人らしい。
桂二は情報に対してはとても有能だが、若く弱い普通の人間だった。
だからこそ彼は、桂二を鍛え上げ強くした上で彼を叩きのめした。
ある種の絶望感と限界を教えるために。
それが一つの意味、桂二自身に諦めさせる事に繋がる。
もう一つは桂二の直感、一年の積み重ねでなんとなく解る。
だからこそ息切れで喋れない口を無理矢理動かし、桂二は意志を伝える。
「ハッハハッ、出来まっせんっっ。おっ俺にはやりたい事がっ、あります」
桂二は風文の言葉を拒絶し、拒絶された本人は満足げに頷いた。
「良い答えだ桂二。私を満足させる言葉を言ったのは人間では君が初めてだ。戦いの様な人生を生きる上で、人間・能力者問わず必要なのはやり遂げる意志。私は今の君の言葉にそれを感じた。合格だ。君の本気の意志に対して、私は能力者としてではなく『呪禁導士』として君に力を与えよう!!」
現在
「クックックッ」
ソファーに深く座った風文が、くぐもった笑い声を上げる。
何時もならば端正ながらもとても人好きする優しい笑顔を浮かべているのだが、今の彼は百人いれば百人とも『悪人だ』と言うほどの悪い顔をしていた。
「楽しそうね?」
「ああ、楽しいさ。まだ未熟な宝石の原石でもないただの路傍の石が、磨いたら輝き始めたんだ。楽しくて堪らないね」
「あんたの楽しそうな顔は相変わらず悪どいわ。持ってる能力を考慮したら、そこら辺の悪党の方が可愛いわよ」
「失敬な」
桂二の分身達がいた風文の周りよりやや後、何もない空間が揺れる様に歪めると濃紺の色が浮かび上がる。
小さな人影、髪をポニーテールにまとめた濃紺の作務衣姿。
「帰ってたのか? 思惟」
「あんたの依頼通り、中南米にあった二つの人身売買組織を潰して来たわ。まあ、鈍った感覚を取り戻すにしては簡単に過ぎたけど? ………むしろ、帰ってきたらビックリしたわよ。弟子があんたの所の隊員と戦ってるから」
白いノッペリとした仮面から聞こえる声が、色々な感情を含めて非難する。
それは当然で、彼女が育て上げた誠一が高見原を少し出る前には確かに戦いに巻き込まれた雰囲気ではあったが、急いで依頼を終わらせて帰ってみれば裏世界の象徴みたいな風文の下で戦っているのだから。
思惟はとても面白くない。
不機嫌さを隠さない彼女に、風文から返った答えは素直な否定だった。
「俺の意志じゃあない」
「違うっての?」
「ああ。あれはうちの桂二が友達について行く為に、自分の持つ力を見せて認めさせる戦いさ」
「ふぅん。男の子のプライドか、可愛いわね」
そうこの戦いは桂二が友達の為について行く事を認めさせる戦いであるが、彼自身を友達に認めさせる為の戦いでもある。
「まぁ話を聞いていたら『確かに自分は守られる脆弱な人間です。しかし、俺は一介の情報屋で第一線で戦っている戦闘者としてのプライドもあります』って言われてな。普段ならば許可しないんだが、許可してしまったよ」
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「学生時代の、あんたと葵を思い出したのよ。あんたも『戦う者としてお前を越える』とか言っちゃって、よく葵と戦ってたじゃない? あの子はあんたにソックリよ」
「青い時代の若気のいたりだっ!! まったく………」
珍しくやり込めた事に思惟は仮面の下で笑い、風文は苦い顔。
ふと戦いに目を移せば、二人の戦いは拮抗していた。
誠一こと水龍の攻撃を尽く連携で崩し、避けては攻撃を繰り返していく桂二と桂二の式達。
見た感じではあるが、実のところ攻めあぐねてるのは攻撃を繰り返してる桂二達だった。
攻撃は入っているがナイフを投げれば刺さらない、局所に蹴りを入れてもダンプカーのタイヤを蹴ったかの様にびくともしない、槍を突き入れたら逆に槍が折れる始末。
数年前に風文相手に戦った程の絶望感はないが、それでもダメージ所か傷一つ与えられない。
そんな状況だった。
「………まあ、桂二の根気が先に尽きるわな。お前の所の弟子はまだ完全に本気じゃあないからなぁ」
「あら、解ってるじゃない?」
「お前とも付き合い長いからなー。お前の弟子は防御に対して何のアクションを起こしていない、そろそろかな?」
風文がそう言った時だった、戦いの流れが変わる。