辻占
夕方の『トラスト』。
その一番奥のボックス席で四人、誠一・桂二・彩・天子は顔を付き合わせて話し合っていた。
「まあ、ほとんど振り出しに戻ったわよね」
「だよな。彩さんのお姉さんの事は灯さんの方が知ってて、蒼羽さんに聞いても解らないし」
「悪かったわね。でもどうする? 解った事にしても話聞いていたら手詰まりっポイし、あと仲間に入るから私の事は天子でいいよ〜」
天子が誠一に名前で呼んでと言うと、彩が微妙な顔で彼女を見る。
誠一達が学校から帰って見れば、二人はこんな感じだった。
友達の様な、ライバルの様な競い合う様な。
誠一は二人が戦ったのを知っているので、恐らくはその関係だろうと高をくくる。
「それについては私から方針を変えたいと思うの、今まで姉さんの消息を追ってたけど………少しやめたい」
「どうして!?」
「………姉さん、今どこに居るか生きているかも解らない。でも、話を聞いていて思った事があったの。姉さんは何がしたかったのかって。そう思うと、姉さんと会うためにあえて別の事をしようと思う」
「別の事?」
「桃山に敵対する」
その場の全員に緊張が走る。
無理もない事だ。
相手にしようと言うのが日本全国、特に高見原に影響力の強い大企業の上に、裏でも私設の軍隊じみたモノを持ってる組織に敵対しようと言うのだから。
しかし、それも一瞬の事でだった。
「お姉さんの事は諦めるのかい」
「違うわよ。ちゃんと聞いてた? 『会うため』私は敵対するの。姉さんは人を実験動物の様に扱う桃山に対して、解放するために反乱を起こしたって」
「なるほど、同じ様に行動した方が出会う確率が上がるって事か」
最後まで聞かずに理解した桂二に、彩は頷く。
桂二が言った通り、奈緒美が最後にやったのは実験台になっていた子供達を組織して、桃山に対し反逆した事だ。
彩はそれに目を付けた。
姉が今でも桃山と戦っているならば、同じ様に桃山相手に戦っていれば出会える可能性が高い。
「それと、あいつらのやってる事が許せない」
滲み出る様な彩の静かな怒り。
握った拳が真っ白くなるほど、彩の手は握りしめられている。
「私の個人的な怒りだけど、だけどあいつらだけはっ!!」
「彩さん」
深い怒りで俯いていた彩の顔が跳ね上がる。
気付けば声をかけた誠一だけではなく、天子や桂二も怒りの感情を湛えた目をしていた。
その想いは彩だけではないと、語りかける様に。
「皆、同じだよ。だから、一緒に戦おう。最初の約束だ」
「ああ、そうさ。彩さんの想いは解ってるさ。俺の情報は必要だろ?」
「この町で戦っていたのは私が先なんだよ? むしろ私が手伝って欲しいんだからね」
周りの励ます眼差しに彩は少し涙ぐむと、小さな声で「ありがとう」と返した。
「とーこーろーでー」
「うわっ!?」
「まっ円さん!?」
シンミリしていた空気をぶち壊すが如く、どこか緩みきった尚且つ寝起きの様な声が響く。
驚いた誠一と桂二が振り返れば、寝癖まじりの長い髪に黒ぶち眼鏡の奥の寝ぼけ眼を不敵に光らした女性――金崎円――が猫背気味に立っていた。
「円さんいつの間に!?」
「ふふーん、最初からよ!! 貴方達が集まる前からそこに寝ていたのよ!!」
「あー何と言うか、果てしなくダメっぷりが出てますが?」
桂二が驚き聞けば、返ってきた答えは飲食店的にはどうなんだろうと頭を捻る返答だった。
見れば近くのボックス席の椅子の上に、タオルケットが丸まっている。
恐らくそこで寝ていたのだろう、注意深く見ればペットボトルやノートパソコンもあり生活臭も漂っている。
「えーっと、何かが終わる前に何とかした方が良いですよ?」
「誠一君に哀れみの目を向けられたーってか何故に疑問形ー!? せっかく私の能力で今後の指針を占ってあげようと思ったのにこの仕打ちは何故にー!?」
生活空間から目を反らしながら誠一が言うと、傷付いたと円が騒ぎだす。
この喫茶店では何時もの光景ではあるが、今の状況としては些か看過できない上に発言に問題があった。
「ちょっと円さん? 占うって」
「誠一君ちょっと。あのね、円さんの能力はレアなんだよ? 『ドラゴンフライ』って常時発動型の能力で、限局的な未来予測能力らしいの」
桂二が円を宥めていると、天子が誠一の近くに寄ってきて制服の袖をチョイチョイと引っ張ると、耳打ちをしてくる。
「未来予測?」
「そうそう、何でも『過去から伝わる量子の確率を基に、未来予測する能力』らしいんだけど………私達の能力とは完全に畑違いだから理解しづらくって良く解らないのよ」
その話はつい先ほど桂二とやったばかりだ、と誠一は偶然に驚く。
円の能力『ドラゴンフライ』は空間内の構成要素から現在の情報を読み取り、そこから未来像を予測演算し微分していく能力である。
能力の対象が自分自身の身体や、空間内の波や飛散している脳波を読み取る能力とは一線を画しているので、普通の能力者と比べレア度が特に高い。
「でも、問題があるって聞いてる。確か『神がサイコロふりすぎて、確定に負担が大きい』って」
「どういう事だ?」
「次の瞬間に起こる確率が無限大に近いからよ」
「ちょっ、彩さん何で怒ってるの!?」
突然彩が会話に、形の良い柳眉を逆立てて入ってくる。
何故怒られるか解らない誠一は、目を白黒させて慌てる。
それに、「近すぎ」と一言吐き捨てると話を続ける。
「私も読心系未来像予測の能力を持ってるから解るわ。世界って馬鹿みたいに曖昧で『偶然』の産物なのよ。未来は不確定にして曖昧、私達は無限大にまで広がる確率を一つづつ手繰り寄せているだけ」
「彩ちゃん、何言ってるか解らないよ」
「解りやすく言えば、例えば机の上に水滴があるでしょ?」
見れば机の上には水滴がある。
彩はそれを指差していた。
「さて問題です。この水滴は次の瞬間にはどうなるでしょう?」
「それは………」
答えようとして、誠一は口ごもる。
次の瞬間何が起こると言われても、解らないと言うしかないのだ。
選択肢が多過ぎて。
「答えられないでしょう。そう言う事なのよ、私達が見えてる世界は。次の瞬間に水滴はどうなるか? 右に動くかも知れない、左に動くかも知れない。もしかして上や下かも? それとも潰れて広がったり、蒸発して小さくなるかも? はたまた」
彩は持っていた紙のナプキンで、水滴をさっと拭き取った。
「私に拭き取られるかも知れないし、放って置かれるかも? そう考えるとほら、事象を細分化すると無限大に近くなる」
「それって、大変じゃない?」
「大変よ? 私達の目に映る世界は、無限大近くまで可能性を提示しそれを確率の高いモノに微分するんだから。私は対人だし未来予測はあまりしないから負担は少ないけど、未来予測が主の能力者は負担は予測出来ない」
だから負担を軽減するために何時も寝ているのかもねと、彩はそこで締める。
誠一は何時もちゃらんぽらんでだらし無い円に、そんな理由があったのかと今までの彼女にだらし無いと思っていたので心で謝罪した。
それが解ったのか、桂二と漫才の様に話していた円が慌てて誠一の方をみた。
「ちょっと誠一君、そんな目をしないで、べっ別にそうじゃなくて!?」
「誠一、多分この人のだらし無いのは素だ。負担があるのは確かだろうが、一日中寝てるのと身嗜みは関係ない」
慌てる円と断言する桂二。
言われて見れば、ボサボサの髪や誰かのヨレヨレのワイシャツにジーンズと言う姿だが、肌の艶や血色や目の色はとても健康的だった。
「要するに性格だ」
呆れた桂二の声に、円は恥ずかしそうに身を縮める。
なんか色々と台なしだった。