外話 岩長姫
この話は現在連載中の『カモメは遥か水平線を見る』のある一部分につながる外伝です。
変わる世界には今の所関係ないのでなんら影響のないものです。
高見原。
古くは高天原より天降りしニニギ命がクジフル岳より大地を見渡した時に目を止めた場所と言われる土地の一つだ。
ニニギ命が高き場所より見し原、を縮めて高見原。
安直というか何と言うかは、人それぞれ。
それ故に、この町にはニニギ命の縁のモノが多いとも言える。
例えば町の中心部にはニニギ命の一夜婚の相手であるコノハナサクヤ姫を奉る神社が桜町繁華街の中央にデンと構えてある。
その反対側の大きな岩山を切り開いた桜区唯一の住宅街の真ん中には、同じくニニギ命に醜悪だから妻には出来ないと言われ実家に帰されたイワナガ姫が奉られている神社が荘厳に建っている。
この話は、その醜悪と呼ばれ家に帰されたイワナガ姫を奉る神社での噂。
桜区石上町 石上神社。
「だからさ、チョットだけだってさ」
深夜遅く、繁華街の中心にあるコノハナサクヤを奉る咲夜神社とは違い、住宅街の中心しかも深い森に囲まれたこの神社には人の姿はおろか気配すらも無かった、林の中でいちゃつく二人を除いて。
「駄目よ。こんな場所で出来ないってば」
「こんな場所って?」
「ここ神社の境内よ、解ってる? こういう神聖な場所で、そういう淫らな行いはしちゃいけないの。お婆ちゃんが昔から言ってたんだから」
「はあ?」
のしかかりながらも呆れ返る男を、やんわりと押し退けつつ語る女の顔は真面目だった。
確かに、境内は神聖な気に満ちていた、それ以前に誰かが興味津々で誰かが見ていると言う感覚もある。
女は少なからずとも、それを感じ嫌がっているのもあったのだろう。
祖母の名前を出して男を拒否する。
「お前16にもなって、まだそういうの信じてる訳?」
「何よ、信じちゃ可笑しい?」
「いや、そういう訳じゃなくてよ。そういう事信じてるお前も、可愛いな~と。クリスマスの時にサンタさんを信じている子供みたいに」
「口が上手いわね…。隣のクラスの吉村英子にも同じ事口説いたんじゃないでしょうね?」
女の剣幕に取り繕う様な言葉をいったのが火に油、いや薮蛇だった。
「なっ何で、そこに吉村の名前が出るんだよ」
「その胸に聞いて見れば? 特に三日前の夕方位?」
「グッ。」
その時の事は何も言えないし弁明も出来ないのか男は、はだけた服をそのままに固まる。
そんな男を横目に身体をするりと抜け出し服を整えつつ手を洗う場所まで行く、ふと横にある神様の説明がされている立て札に自然に目が行った。
暗い中でも読めるように蛍光灯が付けられているのでよく読める。
「イワナガ姫。コノハナサクヤ姫と共にニニギ命に嫁いだが顔が醜悪と言われ山の神に帰された神様。しかし、繁栄と短命を司るコノハナサクヤ姫と対象的で不変と長命を司る・・・か。酷い話よね。」
「何が?」
「これよ、これ。ニニギ命って酷いよね。顔ぐらい何だって言うのさ。」
「あ? でも普通そうじゃねぇ? 顔の酷い女じゃ勃ちも悪いって。俺の友達なんてヤル時はバックからか、枕被せてやってるらしいぜ~」
「ほんっと馬鹿じゃない」
一言で切り捨てる。
女に取って、その系統の話は過去の古傷を掘り返す様な辛い話だった。
イワナガヒメの話ではないが彼女自身も『顔が気にいらない。』と言う理由で、昔好きだった先輩に振られている。
だからと言う訳だけでは無いが、きっと彼女は苛立っていたのだろう、いや昔の本当に好きだった先輩を思い出したのかもしれない。
思わず、一緒に居る男の先日の一件に腹が立ち、脅かす様に言ってしまった。
「神様お願いします。今一緒にいる浮気者に天罰を!!」
「おい!! ちょっと待てよ、誰が浮気者だよ」
ザワッ
風が吹く、境内の木々を大きく揺らす程の強い風が。その風に後押しされたのか、関を切ったように怒り出す。
「はっ!! この間見たんだから、隣のクラスの吉村と仲よさ気にファーストフードに入る所を!!」
「ばっ違うよ、アレは。」
「アレは何よアレは、いつだってアンタはそう他の女の子とヤル事ばっかり!! 神様お願い!! この馬鹿に天罰を。」
「オッオイ!!」
彼女は、言ってしまった後に後悔した。心にも無い事を言ったから、そして誰も居ない筈の境内に声が聞こえたからだ。
『叶えて遣わす』
「へ?」
「うっうわわわ!!?!?!」
男は指差しながら狼狽交じりの叫び声を上げる、その指の先には・・・。
「嘘」
黒い漆黒のザンバラ髪、白い白い抜けるように白い肌をした少女が神殿の前に慄然と居た。
一瞬、幽霊かと思ったがそれは間違いだと女は思った。
昔、祖母から聞いた話を思い出したのだ。
『神社とは神域、神のおわそう場所、悪いモノは一切入れん場所なんじゃ』
とすれば目の前に居る少女は神様なんだろうか?
だがそれは違うだろうと女は思った、この神社の立て札をに書いてある。
『コノハナサクヤ姫と共にニニギ命に嫁いだが顔が醜悪と言われ山の神に帰された神様。』と、目の前の少女は醜くは無い、寧ろ顔立ちが整い過ぎて怖いぐらいだ。
「え? わっわっわっ!!??」
突然、後に居た男の叫び声が上がり一瞬で掻き消える。
「え!?」
振り返ると、そこには誰も居なかった。
影も形も無い、逃げる足音も無い、男は一瞬で消えた。
言葉どおり、煙の様に。
『願いは叶えた、敬うが良い』
再度響く声、神殿の方を見ても誰も居ない。
「えっ何!?」
周りを見るが誰も居ない。身体が一瞬で冷える、背中に流れる汗をジトリとシャツが吸った。
「ねえ、ふざけていないで出て来てよ!! 居るんでしょう、ねえ!!」
男の意趣返しの悪ふざけかと一瞬思ったが、誰も居ない本当に居ない。
ゴウッ
風が吹き木々が怪しく揺れる、汗でにじんだ頬をなでる風が纏わり付く。余りの状況思考が付いて行けない、女はその場を逃げようと思った。しかし、時はすでに遅かった周囲の様子が変わっている。
後に誰か居る、女は戦慄した。
背後の神殿ではなく彼女自身の真後ろに、息遣いは感じない、しかし確実に誰かが居る。
何故気付かなかったのだろう、この気配はズット居た、私たち二人がこの神社に来た時からズット見ていた。
「その対価、如何なるものか」
後ろを振り返る事も出来ずに固まっていると耳元に声がかかった。
境内に響いていた声とは違う声、耳元に囁く様な声。
女の意識はそこで途絶えた。