交わる拳
海原区にある始まりの地の近くには、高見原タワーがある。
高さ250m、高見原の開発初期に建てられた電波塔である。
今では高見原の森海(誠一が見た高見原の森を上から見た物を指す)を眺める観光スポットになっている。
その森海を眺める地上155mの展望台の上に彼、七瀬桂二はいた。
高さから来る強風を避けるためか、彼はうつぶせで遠くにある廃墟を双眼鏡で覗いている。
そんな彼の背後に浮き出る様に影が現れた。
思いの外に強い海風、しかし影は揺らぎもせず桂二にユックリと近づく。
「桂二」
強風の中でも良く響く声で呟く影に、桂二は腰に手を当て慌てて振り返るが、影を見た瞬間に肩を落とす。
「脅かさないでくださいよ隊長」
月は中天、されど雲に包まれていた。
雲が風に流れ薄闇がはれ、月明かりが影に降り注ぐと金色の髪が夜に浮かぶ。
月明かりに浮かぶ顔、十人いれば十人とも親しみ易いと言う容貌を男はしていた。
口元は胡散臭さげに愉しそうに笑っている人の悪そうな雰囲気を持ちながら疑いを持たせない。
そんな相反した雰囲気をした男を桂二は一人しかしらない。
それが彼が隊長と呼ぶ男だった。
「そんなに驚くな」
「驚きますよ、一応侵入者防止にトラップを張ってあったんですから。しかし………見物ですか?」
モチロンとニカッと笑うと、隊長は桂二の隣に座る。
「で? 状況は?」
「今、桜坂の剣士が敗れて顔を曝した所です」
「………ふん、天子の奴が敗れたか」
「知ってらっしゃったのですか?」
「ああ、アイツの師は友達だからな。聞いた事ないか? ファントム・ミストと呼ばれる剣士の名を」
名を聞いた桂二が息を飲む。
聞いた事も何も、世界最強の一人と数えられるトップクラスの能力者のなかでも最高ランクの危険人物。
白銀のレインコートを羽織り、テロリストや裏稼業の人物や拠点を『単身』で潰す化け物。
「………どおりで桜坂の剣士が異常に強いはずですよ」
「だが、今回の相手には負けたな………さて、今度の対戦カードは?」
「正義の変態VS水龍です」
皮肉げな喋りで言うと桂二は、再び双眼鏡を覗いた。
高見原市 海原区 某所 始まりの地 廃墟
霧衣は爆ぜて身体を護る物はない。
相手のスピードは天子のスピードを上回っていて、彼女はそれに対抗するべく無理をして身体を酷使してしまった。
そのせいで天子の足は震え出し、高速戦闘に耐える事が出来ない。
彼女の目の前で構える変態は戦いを決定づけるため、ユックリと近づいて来いた。
こうなったら近づいて来たところで禁じ手を使うしかないかと、天子が間合いを計りながら考えていたその時。
「すまないな、本当は俺が先約だ」
「えっ!! ウヒャー!!」
天子は襟首を掴まれ、後ろにおもいっきり投げられる。
放物線を大きく描き10m近く投げ飛ばされた天子が見たのは、袖が大きく膨らんだ黒のウインドブレーカーの背中。
頭には角が生えている鱗柄のマスク、前回乱入してきた『水龍』。
「ちょっと、あなたっ」
学校では上げない様な怒声を出す瞬間、天子の口を後ろから塞がれる。
目だけを動かすと後ろには、逃げられない様に天子組み付く彩がいた。
「ようやく捕まえた。あなたには聞きたい事がいっぱいあるの」
捕まってしまったと諦めながら天子は、木刀をコンクリートに突き立てるとその場に座る。
「あらっ? 素直ね」
「顔も見られた上に、逃げられそうにないからね。それに、」
二人とも水龍の背に目を向ける。
中肉中背と、そこまでは大きくはない身体。
しかし纏う雰囲気は、伝説上の龍を思わせる圧倒的なプレッシャーを含んでいる。
「決着も見たいわね〜」
天子はいつもの口調で呟いた。
「さて、パッションレッド。果たし合いに来てもらって、一応感謝しよう。一つ、聞いても良いか、正義の味方?」
「なんだ?」
「この間の続きだ、お前の正義は破綻しているのは気付いているか?」
水龍の言葉に、何を今更と言わんがばかりにマスクに隠された口を歪ませるパッションレッド。
「正義なんてモノは人それぞれ、人は立ち位置次第で悪にも正義にもなれる。君の言いたいのはそれだろう?」
「解ってるならばなぜだ?」
「それは、ぼ………私の疑問でもある。君は何故『戦う』?」
「俺は俺の目的がある、目的の為ならば総てを打ち崩す。それが悪と呼ばれてしまうとしても、俺は覚悟がある」
「ふう、君はもっと正義感のある人間だと思っていたが?」
「それは趣味で正義の味方をやってる貴様と一緒にするな………俺は、世の全ての理不尽を総て打ち崩す事を目的だ」
「ある意味で正義を貫いている訳だ。成る程、ますます仲間になってほしいね」
「ふざけろ、貴様の正義は秩序なき混沌の正義だ」
二人はそれきり黙り睨み合い、そして構える。
水龍は半身となり、軽く腰を落とす。
拳は中心線、目線より少し下。
対してパッションレッドはボクシングスタイル、右の拳を顔の前に左の拳を脇を締めて構える。
ドッシリと構えた水龍は、足首を使いジリジリと間合いを詰め。
パッションレッドはアウトボクサーの様に軽快なステップを踏む様に跳んで待ち構えていた。
「今回は最初からフルスロットルだ!!」
「っ!!!!」
ワンステップからの大きなバックステップ、それに反応した水龍はたたらをを踏む。
彼の作戦の主軸をカウンターと感じたパッションレッドは、相手の攻撃のタイミングを外す為に一歩だけ踏み込むと同時にバックステップを踏んだのだ。
思惑は的中、水龍はバランスを崩して体制を整えようとしている。
パッションレッドは好機とばかりに腰に付けているポーチから小瓶を取り出し、右手に叩き付け割った。
「パッションストライクパワー!!」
どういう仕掛けか解らないが、割れた小瓶からこぼれた紅い液体がパッションレッドの腕に纏わり付き形を形成していく。
「パッション!! スラッシュ!! ストライク!!」
踏み込みと同時に背中が爆発し、一気に加速するとパッションレッドは水龍へと飛び込み『短剣』状に変化した右拳を打ち付け。
「っっ水龍!!」
打ち付けつけた拳が轟音と共に炸裂した。